No.98-K
バレンタインデー。
いつもなら、全部断ってた。
今年は、断らずに受け取ってる。
まあ、いつも断ってるから、みんな俺が受け取らないと知ってて、そんなに数は多くないけどな。
まりもに、どういう心境の変化?って聞かれる。
「ヒミツ」
まりもに上手く説明なんて出来ないから、そう答える。
俺、思ったんだ。こうしてくれるチョコ、大なり小なり、くれる人の思いがこもってるって。
今までなら、それが鬱陶しかったんだけど。
今は違う。
思いに応える事は出来ないけど、気持ちだけは、受け取ろうって。
人を想うことの、切なさ、温かさ、そんな感情を知ったら、今までみたいに無視は出来なかった。
人が俺のこと、どう思おうと、関係ないって、そう考えてたけど、今までは。
こんな俺にでも、チョコを渡してやろうって、そう思ってくれるんなら、その気持ちだけは、ちゃんと受け止めたい、そう今は思う。
応えては、やれないけど。
俺は、今も昔も、まりもだけの俺だから。
大倉も、チョコ、持って来た。
しかも・・・10円チョコ?
「なんだ、これ?」
「たっくさん配らなきゃいけないんだもん、そんな高いの買ってられません!」
「だったら、べつに要らない。」
「葉月先輩には、お世話になってますから、無視出来ないもん。」
お世話になってる・・・って言うくらいなら、10円チョコは、ないんじゃないか?
「私からだったら、10円の義理チョコでも、嬉しい!って人、たっくさんいるんですから。ほら、私って、博愛主義だから・・・そういうの、無視できないんですよねえ・・・」
そう言って、俺には特別だといって、チョコを、5個、置いてった。
ふつうは、1個なんですよ!と、恩着せがましく・・・
俺、やっぱり、あいつには勝てない。
藤井と姫条が、遠慮のカケラもなく、大声で笑う。
「葉月ちゃんに、10円チョコ持ってくるやなんて、あの子、勇者やなあ・・・。噂されとるほどラブラブとちゃうやん。」
「うん、葉月にそんな安物チョコ渡すなんて、あの子くらいだろうね?」
「大倉と俺は、ただの知り合いってだけ。」
「ああ、ああ。見てたら、よーうわかったわ。」
まりもも、くすくす笑ってる。
「私も・・・香織ちゃんから、もらっちゃった・・・・。」
それ・・・普通の板チョコみたいだな?
俺、大倉のランキング付けでは、まりもより、下?なんだろ、たぶん。
「あれ~?マリーのほうが、高いチョコもらってんじゃん!」
藤井が、素っ頓狂な声を上げる。
「ああ、大倉、まりもに懐いてるからな。」
そこで、みんな爆笑する。
何が可笑しいんだか。
平和な・・・バレンタインデーだったな。
けど、まりもは、俺にチョコを渡してくれた。
今年は、みんなに上げる義理はナシだって、藤井が言ってたから・・・これ、期待していいんだよな?
お前の気持ちだって。
指輪は・・・もう少しで、仕上がる。
No.98-M
受験前だって言っても、女の子にとってバレンタインデーは外せない一大行事だ。
今年は、みんなで上げる義理チョコは、ナシだからね、って、なつみんが言う。
「本命チョコのみ!」
「姫条は・・・またどうせ、たくさんもらうんじゃないの?」
ちょっと、イジワル言ってみる。
なつみんは、ふわんと笑う。
「まあ、まどかのは、しかたないんじゃないの?自分の彼氏がモテないってのも、なんだし。本命チョコじゃなきゃ、べつにかまわないよ。」
「余裕だね?」
「うん。あたし、今幸せで、細かいことなんて気になんないよ。」
それよりも・・・と、なつみんは声を潜める。
「マリー、あんたさ、最近、葉月とどうよ?」
「べつに・・・普通だよ?」
「なんかさ、ちょっと雰囲気変わったみたいだよね?」
なつみんは、探るような眼をする。
どうなんだろう?
べつに、何がどうと言うこともないんだろう。
言葉にしては、何も言ってないし、言われてない。
ただ・・・今年の桜も一緒に見よう、そう約束しただけだ。
そう約束したってことは、卒業してからも一緒にいよう・・・そういう事だと、私は思ってるけど。
それが、友達としてなのか、別の意味が有るのかまでは・・・正直わからない。
でも、指切りした時の珪くんの表情に、私と同じ想いを感じた、と思った。
私の、自惚れで・・・なければ。
「マリー、チョコ、渡すの?」
「渡す。」
そう、チョコは珪くんに渡したい。
私の高校生活の総括みたいなもんかもしれないな。
今の私は、ひどく素直だ。
渡したいから、渡す。それだけ。
もう、あれこれ考え込んで、ぐるぐるなんかしない。
そう思い定めると、物事は、なんて単純なんだろう。
私は、珪くんが好き。
だから、チョコを渡したい。
それだけのことなんだ。
受け取ってもらえるか、そうでないかは、あまり問題じゃないような気がしてくる。
いや、やっぱり、問題は問題だけど。
でも・・・きっと珪くんは受け取ってくれると、思ってる。
あの、指きりが、私を強気にしてくれてる。
「マリー、あたし・・・やっぱり、葉月、あんたのこと、想ってる気がしてる。前とは違って、独占欲とか、見せないけど・・・あいつ、変わったよ。どこがどうって、上手く言えないけどさ。あの美少女とも、けっきょく進展してないみたいだし。」
「うん・・・そうだったら・・・いいと思ってる。」
「マリーから、コクっちゃえば?」
なつみん・・・自分が幸せだから、私のことがよけいに気になるんだろうな。
私は、首を横に振る。
珪くんからは・・・言葉ではないけれど、なにかもっと大事なもの、受け取ったんだ。
あの・・・指切りを。
私の独りよがりかもしれない。
でも、私は信じたい。信じてる。
「さあ、チョコ、買いに行こう!」
「どうする?あたし、手作りにしたいんだけど。」
「一緒に、頑張る?」
「だね。そうしよ。」
なつみんと作ったチョコは、少し不恰好で、でも、想いはいっぱい詰まってると思う。
今年のバレンタイン、珪くんはいつものように、チョコをお断りしてなかった。
どういう心境の変化?って聞いてみた。
「ヒミツ」
って言葉が返ってきただけだけど。
「はい、私からも。」
そう言って渡すと、あっさりと受け取ってくれる。
「サンキュ。・・・これは、ちゃんと喰うから。」
って言葉付きで。
そんなふうに、淡々と終わったバレンタインデー。
私は、チョコを渡せたことだけで、満足だった。
No.97-K
終業式、姫条のやつ、喜色満面といった顔してる。
藤井とね・・・似合い、だな。
藤井も、そう思って見るせいか・・・なんか、女っぽく感じた。
苦い思いさせてくれたけど・・・俺の本音を思い知らせてくれたやつらだ。
少しは感謝しとくか。
俺は、まだ自分自身を許せたわけじゃない。
けど、姫条の家の灯りが消えたときの、絶望感。
あれだけは、忘れられない。
あんな思い・・・したくない。
俺には、やっぱり・・・まりもが必要だ。
もう1度、手を伸ばして、自分にとって大切なものを望んでも、いいよな。
クリスマスの夜は、俺に小さな自信をくれた。
まりもも、俺のこと、まだ少しは想ってくれてるんじゃないか・・・という。
もう、迷わない。
手始めに、まりもを初詣に誘うんだ。
それから・・・またデイトに誘おう。
受験前だから、そんなに浮かれてもいられないだろうけど。
少しくらいなら・・・いいよな。
息抜きも必要だ。
特に、まりもは頑張りすぎるやつだから・・・
初詣。
晴れ着姿のまりもは、やっぱり可愛くて。
神社はやっぱり混んでいて。
「手、掴まってろ。」
差し出した俺の手を、ためらい無くまりもが取る。
「お前、はぐれそうだもんな。」
そんなこと言ったのは、嬉しかった照れ隠し。
俺、初詣に来たって、祈ったことなんか、無かった。
けど、初めて、心から祈る。願いを込めて。
まりもと、結ばれますように・・・と。
かなり、真剣に祈ったんだ。
気づくと、まりもが、俺の顔、覗き込んでた。
あんまり近くに顔が有ったので、どぎまぎした。
だから、言う。
「おみくじ、引くんだろ?」
まりも、やけに気合、入ってる。
大吉が出たと、大喜びした。
その手放しの喜びように、俺も顔がほころぶ。
「良かったな。」
そう言うと、まりもは胸元に大事そうに、大吉のおみくじをしまいこんだ。
そんな仕草が、可愛いというより、もう大人の女のような気がしてどきりとする。
「なあ・・・もうすぐ、卒業だな。」
「そうだね・・・3年間、早かった。」
「だな。・・・いろんなこと、あったけど・・・」
そこまで言って・・・俺は胸が一杯になって、何も言えなかった。
3年間の思い出が、目まぐるしく頭に浮かんでは消え去ってゆく。
俺の高校生活は・・・まりも無しには考えられなかった。
いや、卒業してからだって、きっとそうなんだ。
まりもに、依存してしまうのは、いけない。
それは、よくわかってる。
同じ事を繰り返せば、俺はまたこいつを失うはめになるだろう。
けど・・・俺の愛せるのは・・・まりもしか考えられない。
あの時も思った。
俺にとって、まりもはずーっと絵本の姫なんだって。
前と同じ愛しかたは、しない。
苦しいほどまりもを求めて、俺もまりもも、傷ついてしまうような。
俺は、たぶん、出来ると思う。
自分自身の足で、しっかりと立って、そして、まりもに支えてもらうんでもなく、俺がまりもを守るんでもない。
そんな一方的な関係じゃなくて。
2人で、手を繋いで、転びそうになったときには、その手を強く引いて、転ばないようにする、互いに。
時には、2人で一緒に転んだりもするかも。
それでも、手だけは離さないでいる。
そんなふうに、まりもと生きていけたなら・・・・
俺は、もっと強くなれるような気がする。たぶん。
まりもに、まだ時間はあるか?と聞く。
これから・・・デイトしよう。
どこでもいいから。
そうだ、この時期なら、森林公園なんか、静かで、いいかもな。
思ったとおり、凧揚げをする親子連れがいるくらいで、森林公園は人気がなかった。
春は桜で夢のようになる並木道も、寒々としたものだ。
「冬の並木って、寒々しいな・・・あんまり好きじゃない。」
そう、口に出していた。・・・実感。
「そう?私は、好きだよ。」
まりもは、意外にもそんな言葉を返してきた。
「冬の木が好きなやつなんて、いない・・・。お前、やっぱり変わってる。」
そしたら、まりもは、何の気負いも無い淡々とした調子で言ったんだ。
「でも、冬の木って、太陽がどんなに大切かを、1番よく知ってる・・・そんな気がしない?」
「なんでだ?」
「冬の木は、冬の寒さや辛さを1番良く知ってるでしょ・・・だから、だよ。」
力説って感じじゃなかった。
なんでもない、ごく当たり前のように、まりもは話してた。
だからこそ、俺は感動した。
俺・・・冬の木だったんだな。
だから・・・まりもがどんなに大切で、かけがえのない存在かが、身に染みていたんだ。
そうだな。お前はこんな他人から見たら、つまらない冬の裸木にまで、そんなやさしい視線を向ける。
俺、立ち止まって、まりもに向き直った。
この気持ちだけは、伝えたい・・・・。
「なあ、俺、お前に言ったこと、あったか?」
「へ?なにを・・・?」
まりもは、俺をこんなに感動させたなんて、みじんも思っちゃいないんだろ。
そんなとこも、まりもらしい。
「お前のそういうとこ・・・嫌いじゃない。なんか救われた気持ちになる。・・・サンキュ。」
ほんとは、好きなんだ、って言いたかったけど・・・まだ、言えない、今は。
俺は、並木を見上げた。
春には、この木に見事に桜が咲き誇るはずだ。
去年の桜は・・・まりもと見た。
その時、思ったんだよな。
来年も2人で見られるだろうか・・・って。
もしかしたら、お前は、俺じゃない他の誰かと、この桜を見上げてるんじゃないか、と。
「今年の桜も・・・お前と見られるんだろうか。」
頭で思っただけのはずが、声に出てしまって、俺自身が、驚いた。
「今年も・・・きっと一緒に見られるよ。」
まりもが、当たり前のように、そう答えてくれる。
俺、まりもを見た。
お前、そう思ってくれるんだな?
信じていいんだな?
俺は、まりもの前に、小指を出す。
「約束。」
まりもは、小さく息を飲んで、うなづいた。
「約束。」
2人、指切りをした、その指に・・・・まりもがいつか言ってた、『赤い糸』が、幻となって見えたような気がした。