長野五輪は1998年のことでした | 遠征中毒患者日誌byすみだちひろ

遠征中毒患者日誌byすみだちひろ

誰かに気遣うこともなく、疲れたらすぐ休んで、食事の場所も決めず、風を抜けて気ままに走る。週末は、思いのままに、わがままに。


篠ノ井駅からバスで約10分、南長野運動公園。
長野五輪の開会式、閉会式だった場所は野球場(オリンピックスタジアム)として生まれ変わった。
その隣には小さな球技場があった。
長野県内で活動する複数クラブが試合を行っていたが、
その中の一つAC長野パルセイロがJリーグ参入を目指すことに。
2015年、上から見るとアルファベット「U」の字に見える二階建てスタンドを備えた、
Jリーグ基準のスタジアムが完成した。

メイン、バック、ホームゴール裏は二階建て。
一方、アウェイゴール裏は一層のみ。
日照と風の通り道を確保する為らしい。
このスタンド構造の為、アウェイゴール裏スタンドに座ると、
屋根上に設置された大型映像を見ることができないという、
なんとも意外な形での「アウェイの洗礼」が。
今日は対福島、混雑もなくゆったり観戦できそうだけど、
松本との信州ダービーになったら全面戦争モードなんだろうな。