「松山千春『旅路』に思うこと~松山千春 全作品解説416」S3454

 

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◇更新履歴

V1.0:2015.12.08 初稿

V1.1:2023.05.29 追記及び所有CDアルバム画像の掲載、オフィシャル動画・音源のリンク等

V1.2:2024.01.10 追記

 

■「旅路」編曲者:飛澤宏元

1986年10月10日リリースの22枚目のアナログシングル

 

◇松山千春選曲ベスト&リメイクアルバム『季節の旅人~春・夏・秋・冬~』のDISC3(秋)の9曲

 

◆レコーディングミュージシャン(後日、追記)

01. ベース:

02. ドラムス:

03. ギター(AG):

04. ギター(EG):

05. トランペット:

06. トロンボーン:

07. ティナー・サックス: 

08. コンガ: 

09. プログラミング: 

10 キーボード:

 

◆所有シングルレコード


◆2024.1.10 夢野旅人

2024年1月7日放送「松山千春ON THE RADIO」。

放送の冒頭から、2024年1月1日、16時10分頃に発生した能登半島地震に触れ、輪島、石川、富山など北陸への思い、御見舞いなどを語りました。

 

そして、一曲目に富山県高岡のホテルで書いた「人生の空から」をかけました。

また、2018年9月6日 北海道胆振東部地震に触れ自身が体験した話を交え、被災、避難されている方々へのエールを送り2曲目「です。」がかかりました。


その後、2024年1月2日午後6時頃、羽田空港で新千歳空港から向かっていた日本航空516便が、着陸した直後に海上保安庁の航空機と衝突した事故に触れた後、「敢然・漠然・茫然」がかかりました。


CM明け、2023年大晦日に放送された紅白歌合戦についてCMまたぎで語り、

放送翌日が成人の日ということで、新成人にエールを送り「旅路」がかかりました。


----

ま、明日が成人の日。 

俺たちのときはな、1月15日か。

成人式!ってな、ちゃんとやったけどな。


今は、18で成人扱いだから、18歳でやるところもあるらしいし、また二十歳の集いみたいなかたちでな、やってる所のほうが、そういう自治体のほうが多いと聞いてますけど。


ま、とりあえず大人扱いされるわけだから、しっかり頑張ってな、自分の夢だとか、希望叶えられるように、またこの日本に貢献できるような、そんな大人になってもらいたいなと思います。


2024年・令和6年、今年もまた「松山千春ON THE RADIO」よろしくお願いいたします。最後の曲になりました。聴いて頂きありがとうございました。

松山千春「旅路」。


◆夢野旅人 2023.5.28

2022年春のツアーで「旅路」が本編ラストで歌われた。1986年秋、1993年初頭、2004年秋などのツアーで歌われているが、レギュラーで本編ラストで歌われたのは1990年初頭の厚生年金ツアー以来。ツアーでの演奏としては2013年秋のオオラス(イレギュラー)以来。

 

何よりリリース後、リクエストは除いてコンサートで歌われていたのは秋冬。春に「旅路」が歌われたことが印象的でした。

 

そして2001年の松山SAGAでの千春のコメントを思い出した。その中で、人生という「旅路」。当時千春は45歳、自分の旅路は確実に半分は過ぎたと述べている。

あれから22年、千春は67歳。

 

千春と自分の残りの旅路はあとどれくらいなのだろう。

 

時の流れが運命なら

変えることなど誰も出来ない

 

夢 すべては悔いなき日々を

歩いて下さい思いのまま

 

人と生まれたはかなさを

嘆くことなど出来ないだから

 

届けて下さい伝えて下さい

私の心の旅路ははるか

 

1986年8月8日。

北海道厚生年金会館での 「10th memorial concert」で、最後に歌った弾き語りの「旅路」。

 

千春が30歳、自分が10代のときに聴いたこの曲も、自分たちと共に月日を重ね、意味合いもかわり深味が増していた。

 

悔いない日々を歩こう。

そう思った初めて春に聴いた「旅路」でした。

 

◇2001年3月 松山SAGAでの「旅路」解説

とにもかくにも、この曲。プロレスではないけども、因縁渦巻く場外乱闘が炸裂した作品だった。その背景を説明すると、こうなる。 86年のことだ。

 

日本テレビから年末ドラマの主題歌を作ってくれませんか、と依頼がきたのだ。詳しく話を聞いてみると、これが「五稜郭」をテーマにした年末番組らしい。そうなるとだ。俺も真剣に検討せざるをえない。

 

なにせ函館の「五稜郭」といえば、箱館戦争で榎本武揚らがたてこもり、維新政府と交戦した平城である。その歴史を主軸とした時代劇ドラマというのだから、これはもう俺が曲を書かねばなるまいと思ったのだ。で、作ったのがこの「旅路」なわけだ。

 

だが、その後。話が思いもよらぬ方向へとねじ曲がっていく。日本テレビがこんなことを言ってきたのである。 「正式に「旅路」が「五稜郭」の主題歌になるのですから、番組のプロモーションも兼ねて、うちの局の歌番組に出てください」。

 

こうなると、ちょっと待てだ。 俺は「五稜郭」の主題歌を作ると約束はしたけども、番組の宣伝のために歌番組を含めた他の番組にも出演してもいいですよ、とは一言も言っていない。承諾もしていない。それよりもなによりも、それとこれとでは話の筋がまったく違うではないか、と申し述べたのだ。結局、お互いに妥協点が見つけられず、ああだこうだと騒ぎになり、テーマソングそのものの話がなかったことに。 

 

いやはや、当時のことを思い返すと気分が悪くなる。 

 

話を変えよう。さて、「旅路」は今、どこらへんまで突き進んでいるのだろうか。単純に考えれば半分以上はきたかな、とは思っている。俺も45歳。たぶん、倍の90歳までは生きられまい。

 

そう考えていくと、確実に半分は過ぎたことになる。だから俺も、これからはあとどのくらい生きていられるのだろうか、ということを意識する時代に入っていくはずだ。 

 

ところで、そういう意味でも感心してしまうのだが、なにはともあれ、お年寄りの方々は凄い。若い連中は、自分があと何年生きられるかなどと、これっぽちも考えたことがないだろうけども、お年寄りは常にあと何年かな、と意識しながら生きている。そう思いながら生きていくというのは、いや、本当にとてつもないパワーだ。

 

そう思うにつけ、残念でならないのは、そのパワーを若い連中に向けてのメッセージに変えることもできるのに、なにひとつ発言をぶつけてこないことである。例えば、こんな発言をお年寄りには期待しているのだ。 「自分たちは、もうすぐくたばらなきゃいけないとわかっているのに、それでも一生懸命生きているんだぞ。なのに、まだまだ命が輝いているお前たちが自ら死を選んだりするのはどういうわけだ!」。お年寄りには、そんなメッセージをどんどん俺たちに投げ掛けていただきたい。

 

人生という名の「旅路」を何十年も先に歩いているあなた方が勇気を持って、後ろを向いている人間たちに向かい、生きていくために必要な言葉を投げ掛けてほしいと願っている。 

 

◆夢野旅人 2015.12.8

(1) 初演

ライブリポートと重複しますが、初演は、記念すべき10年目の1986年8月8日。

北海道厚生年金会館での 「10th memorial concert」 

 

2回目のアンコール。

 

俺はちょっと(感極まり)

歌えないかも知れないけど

そのときはみんな歌ってくれな

 

と、その日、2度目となる「旅立ち」。

 

言葉通り、涙ぐみ歌えなくなった千春を客席の斉唱が包み込んで幕が下りた。

 

そして3回目のアンコールにこたえて幕が上がる。

ステージには千春ひとり。

 

1982年の真駒内、最後に歌われたのは新曲の「夢の旅人」だった。

 

この日も、ラストは出来たばかりの新曲で、弾き語りで歌い始めた。

 

もし貴方が生きていくなら 

私もどこかで生きています

貴方の愛した山が見えたら

私の思いは風に伝える

 

ギターの音色と千春の歌声が相俟って、歌詞がすっーと沁み入った。

自分たちへのアンサーソングだと思った。

 

アンコールの「旅立ち」も良かったけれど、自分はこの新曲一曲を聴きに来た、この一曲で充分とさえ思った。

 

その曲が「旅路」だった。

 

当時は、VTR映像はないので会場の緞帳が使われていました。 北海道厚生年金会館の緞帳には寄贈した雪印乳業の企業名が刺繍されていた。 今でも、その文字と、歌い終わって幕が降りていく光景は鮮明に記憶に残っています。 

 

その印象が強すぎたことで、

レコードの「旅路」はあの日、弾き語りで聴いた質感と違っていた。

 

何より10周年の8月8日。

札幌厚生年金会館といライブへの思い入れがありすぎたのでしょう。

 

同年秋に本編ラストで歌われたものの心底、琴線に届かなかった。

 

その後1990年初頭や94年秋、96年秋などで聴くも、その思いは拭いきれませんでした。

 

その呪縛から解放されたのは18年後。

コーラスの西川光子が参加しての2004年秋のツアー「冬がやってきた」。

 

演奏された「旅路」で、やっと納得ができたものでした。

 

(2)年末ドラマ主題歌となるはずであった「旅路」

「旅路」は、86年の日本テレビ系列で放送の年末時代劇、北海道五稜郭が舞台となる「白虎隊」の主題歌として話がまとまりかけた。 

 

しかし、日本テレビ側が「ドラマの主題歌となるのだから、番組の宣伝も兼ねて、いくつかの番組に出演してくれますよね」といった打診あった。

 

それに対して、千春は、俺は「白虎隊」の主題歌を作ると約束はしたが、番組の宣伝のために歌番組を含めた他の番組にも出演してもいいとは一言も言っていない。

承諾もしていない。

 

何よりも、それとこれとでは話の筋がまったく違うと回答して話は流れた。

 

ちなみに主題歌は、堀内孝雄の「愛しき日々」となる。このドラマが、シリーズ最高の視聴率で「愛しき日々」も大ヒットとなった。

 

(3) 10年間のファンへの感謝を綴った「旅路」

1986年秋 デビュー10周年コンサートツアー「旅路」 。 このツアーで「旅路」は、「生きがい」の後に本編ラストで歌われている。

 

そのツアーで千春は、

 

「旅路」という曲が

書くことができて嬉しかった

それまで自分を応援してくれた

みんなへの感謝の意を

綴ることができた

 

そう語っています。

 

もうあれから来年2016年で30年、40周年。

この30年間を振りかえりながら、このレビューを纏めていて、千春の純粋な想いは、何一つ変わっていないと改めて思います。

 

◆歌詞及びオフシャル動画・音源

終わりのない長き旅路と 

貴方の瞳が語りかける 

もし貴方が生きてゆくなら 

私もどこかで生きています 

 

時の流れが運命なら 

変えることなど誰も出来ない 

貴方の愛した空が見えたら

私の想いは風に届ける 

 

夢 すべては悔いなき日々を 

歩いて下さい思いのまま 

もし貴方が生きてゆくなら 

私もどこかで生きています 

 

人と生まれたはかなさを 

嘆くことなど出来ないだから 

貴方の愛した山が見えたら 

私の想いは風に伝える 

 

届けて下さい伝えて下さい 

私の心の旅路ははるか

 

◆D. 1985-1987 松山千春全作品(解説)に思うこと~松山千春 全作品解説4~ インデックス4 (1985~1987)

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