正規分布夢想では目的を指向する活動が物事や物が存在出来る理由であ
るということを説明した。その活動は目的を中心とした正規分布が完成す
るまで続くことになる。物は作者が完成と認めた時点で完成となるが、人
の構造は核が経験を通じて自分自身を創造するという構造であるので、正
規分布の要素は無限大ということと併せて、永遠に続き完成して止まると
いうことは無い。正規分布が未完(欠けがある)の間は動的である。

 ゼロ浪漫では、ゼロは満ち足りて静止している状態を指すと定義したが、
その結果、数字は極小から始まり無限大を超えてゼロに至るということに
なった。ゼロに至って静止する。ゼロは満ち足りているが故に外部に対し
て何の反応も示さない。この定義によりゼロによる除算が可能となった。
ゼロの掛け算や割り算はゼロ(無出力)になる。
ゼロ浪漫の数字の並びの世界は宇宙の成り立ちを見ているような気持にな
る。この数字の世界をそのまま適用すれば、極小のビッグバンに始まった
とされる宇宙の歴史は永遠に継続するということになる、夢物語に過ぎな
いが...。

 病とは存在物だろうか?正規分布夢想では存在物は目的を指向した活動
によって存在するものと説明しているので、病にはそのような側面が無い
から存在物ではない。病は身体の変化であるから存続できない。では何故
この世が病と呼ばれる現象に溢れているのだろうか?
現代社会を見渡すと多くの役立つものが人によって作られてきた。人間社
会は人の創造力の賜物である。しかしその創造力は便利さというプラスの
面にしか働かないのだろうか?プラスとかマイナスというよりも、創造力
には力があると考えた方がよい。思い込みも実現してしまう。そういえば
自然は人間社会のゴタゴタと無関係に整然としているよな。まあ、確信は
無いのでこの辺で止めておく。