体育を見学しなきゃいけないといわれている小学生が、体操服を着て見学をするとどうなるか?
そもそも、小学校まで片道15分かけて歩いて通っていましたし、遅れそうになったときは、速足で歩いていくこともありました。
それに「中休み」という少し長めの休憩時間になると、時々、外でブランコなどを楽しんでいました。なぜ、体育の時間になるとマット運動や鉄棒までを見学しなきゃいけないのか?という感じもします。
担任の先生は「出来るところだけ、やったらいいから」と言っていましたが、確かに出来ることはあります。
しかし、一方で幼稚園を含めると5年間ほども「体育」「運動」をしていないのです。
すでに5年生では、周りは運動神経の良し悪しも出来上がってきており、私にとっては、「見学」がコンフォートゾーンでもあるのです。
そんな中でも、クラスメイトは私ができるまで待っていてくれたりしました。全員です。
さて、秋の運動会前になると徒競走の練習が始まります
さすがに、このころも走ることは控えていました。
が、担任の先生は「歩いてゴールしたらいい」と組み合わせのメンバーにも私を含めました
こうなると、クラスメイトだけでなく、学年全体を、いや全校生徒を私が100メートルゴールするまで待たせなきゃいけません
私としては、それは避けたいので
「ちょっとのことで人間、死なないだろう。走って、具合が悪くなったらそれまでのこと」
と決心していました。
運動会当日。
ピストルの音が鳴って、走るのは初めてでした。
遅れてはいけない・・・と必死で走りました。
結果は8人中1位でした
この日、母をはじめ、運動会に来ていた家族はビックリしたそうです。
「走って大丈夫なの
」とビックリしたのではなく、「1位」に
そして、1,2年生の時の担任の先生は、その姿に涙したと後から聞きました。
私は、この日を境に体育の授業はプールを除いてすべてに参加することにしました。
中でもマラソンは一番好きでした。
だって、マラソンは1位を取らなくても、一生懸命、完走することに意味がある
と信じていましたから。もちろん、最後にゴールするのは嫌なので、いつも真ん中よりやや後にはゴールできるように頑張っていました。
私はこうして、体育デビューを5年生にして果たすとともに、それから少しずつですが元気になっていきました。
肺には、いつ結核になってもおかしくない・・・という状況は抱えていたようですが、大人になってから聞いたので、知らぬが仏です。
そして、医者に通院する回数も減っていきました。
明日で5,6年生の話は最終回です。