麻生太郎副総理が、延命治療について「不適切な発言」があったとして撤回したようです。
確かに、公人としては配慮に欠けるかなと思いますし、「個人の人生観」を述べたと言っても「後から取って付けた言い訳」にしか聞こえないように思います。
発言に対しての是非は別として、このヤフーニュースに対して、閲覧者のコメントが
「尊厳死くらい認めてやれ」とか「延命治療そのものを反対しているわけではない」とのコメントが多く、マスコミをむしろ批判する声に「そう思う」と一票を投じている人が多いことに、注目すべきではないかと思います。
人それぞれ、「人生観」は違います。
意識不明になって、もう二度と目を覚ますことがないとしても、精一杯の治療をして欲しい・・・という人もいるでしょうし、「苦しみ」だけを和らげてもらったら延命しないで欲しい・・・という人もいるでしょう。
その背景には、「生命や人生」に対する考えだけではなく、「家族」に迷惑をかけたくないとか、反対に「出来るだけ生きていないと年金が・・・」という人も正直、世の中には存在します。
しかし、延命治療をするかどうか、自分自身で「人生観」や「希望」として意思表示しておくことは大事だと思います。
その決断が突然にやってきたとき、家族が決断しなければならないことは、どれだけ難しく辛いことになろうかと思います。
周りのこと、お金のことなど、延命治療をするかどうかは、色んな面で悩みます。
延命治療によって、元気だった妻が先に逝ってしまったことさえ知らずに植物状態になっている人も知っています。
でも、自分の「人生」の最期の希望は書き留めておくべくだと思います。
ただ、私自身も難しいな~と思います。
「意識不明や植物状態なら延命しないでください」
と書き留めたとしても、意識不明や植物状態が、本当に何も感じない「ただ寝ている」ような状態なのか、痛みやしんどさが分かる状態なのか、それは体験してみないと分からないですから。亡くなった祖父母に「いや、意識不明の時も、みんなの声は聞こえてたよ」なんて言われたら少し延命治療を希望するかも知れませんし、「めちゃくちゃしんどい、だけは分かった」なんて言われた延命治療拒絶と書くでしょう。
こればっかりは、誰にも聞けないのが、また悩みの種です。
このようなことも含め、2月2日にはセミナーでお話していきたいと思います。