母との海外旅行から帰ってきました。
朝、7時前に関空に到着し、私は午後から研修があったので8時に母と別れました。
この5日間、アンコールワットの数々の遺跡、カンボジアの村の生活の様子、子供たちなどを見るとともに、母のこともいろいろと考えさせられました。
叔母や義母の方が年上ですが、「まあ、まだ大丈夫だろう」と思っていた母が一番、体調がよくないのでは?と改めて感じたこの旅行でした。
時間やタイミングがなかったとはいえ、もう少し元気な時だったら、もっと楽しめたんだろうな・・・と思います。まあ、結構ハードなスケジュールで私も疲れてしまい、ホテルではあまり母とはしゃべれませんでした
疲れ果てて母の方が先に一度寝してしまうので、「このまま寝たら風呂に入れなくなるから、起きるのを待ってバスタブに湯を足そう」とか思い、母が一度、目を覚ますまで待つこと2時間・・・。5分だけ・・・と横になってから随分、待ったりする毎日でした。
それに、帰りは疲れていたのでしょうねえ・・・。荷物はなかなかパッキングできない様子で、手伝ってなるべくコンパクトにしました
きっと私が幼児のころは、リュックとかポシェットにハンカチやティッシュを入れて用意して持たせてくれた母も、今は結構、さっぱり?なところもあります。
それに、最近はメニエル病の気もあるので、発病しないかと気になりました。
本人は前向きで5年パスポートを私に預け、有効期限までの間に韓国くらいいは行けるかな?と話ていましたが・・・
またこの海外旅行のことは少しだけ触れて行きますが、想像以上に「親」は「子供に心配をかけまい」とするところがあると思います。
そして、たまの帰省や電話、メールではよほどでない限り、「具合が悪い」と言わない。
むしろ、「薬をいっぱい飲んでいる」とか「あちこち痛い」とか言ってる叔母たちや義母の方が「まし」な状態なんじゃないかな?とさえ思います。
母は、私が子供のころから「アンタに依存する気はない」と話しおり、その通りに老後を送ろうとしています。しかし、体は確実にこちらが、気づいてやらなければならない状態に来ている。
独り言で「ああ、しんど~」と言っているのが聞こえるのに、「お母さんは大丈夫やから」などと言っている人ほど怪しい。
娘でなくても、誰かが気付いてやれる、誰かが少し手を差し伸べてやれる環境や制度が必要ではないでしょうか?
