【2.私の書くラブレターは常に脅迫文の様相を呈するんだが……。】


1.からの続きです。こちらは後半の文章。


――――――――




普通の人の普通のダイエットは、マイナスのものをゼロに戻すだけの行為ですから。


不健康を健康にしたらそこで一旦区切りがつくのです。


病院に慢性疾患で通う人が通わなくていいようになることと同じですよね? 

入り浸って病院の待合室で昼も夜も語り明かして永遠に過ごしたいのかというと、脱出できるものならしたくないですか? 


だいたいの人が「健康でありさえすれば人生は万々歳で自分は最高に満足だ」なんて思ってないでしょうから。


ある程度若い人は特に。


10年や20年かかりそうな壮大な夢があってもいいはず。

思い通りに叶わなくったって人間の価値は一定だからね。


何回かの挫折くらいじゃあ人間の価値は揺るがないんだ! 増えもせず減りもしない。上りも下りもしませんよ。


挫折は特別なことではない。


肥満を解消して取り戻した健康を生かして、仕事や趣味や恋や子育てや、元々の人生で当然やる予定だった事をそれぞれに再開すればいいんです。


本当それだけの話。

なにも難しくない話。


(ボディービルダーとか、スポーツのインストラクターとかモデルとか、体が重要な人はマイナスからゼロを超えて、プラスの価値をも創造できると思うんですけど。


普通の一般人はまた別だろうと思うんです。

体を使う仕事を目指したいと希望したならまた後で切り替えればいい)


毎日コツコツやるものではあるけど、慣れたらそんなに力を入れてやるべきではないというか。


慣れた事に全力を尽くさなければいけないというのも、それはなんなんだというか。


実のところそんなに力は要らないよね?


無駄な力が入っているのならそれは、「痩せたい」以外の別の理由が潜んでないかな? と。


ダイエットにかこつけて何か大事な他のことを後回しにしている。


その大変な力のいるメインの作業を、何とかしてやらないための、やらない事を正当化するための言い訳に使ってるんじゃないの? とかね。


私にはそう思えるんです。






ここで具体例をいくつか挙げます。


例えば典型的なのは失恋とか。多いです。


仕事や勉強は全てが自分次第ですけど、相手がいる場合は自分次第じゃありませんから。


相手の気持ちがありますから。


想いを寄せる人の気まぐれでこっちの気分は一喜一憂するものです。

それが恋愛と呼ばれるものですから。


そう簡単にはやり方が確立出来ません。


万人に共通の成功パターンなんかも存在しない。


そんな複雑怪奇な失恋のダメージを上手く処理しきれずに、

「とにかく痩せて綺麗になりさえすれば私はあの男を見返したのだから幸せなはずだ」

なんて言い始めるのはよくある話です。


すごい乱暴な片付け方だなと思うし、なんでそれで気が済むのか私には全然分かりませんが。


またこれも典型的な話ですがライバルの女の子に勉強か仕事で負けた場合。

「とにかく彼女よりスリムでスタイルのいい私は勝っているはずだ」

なんて言い始めるのはよくある話です。


仲良しグループの中で並んで写真を撮るときに自分が一番綺麗だっていう優越感を持ちたいとかも、よくある話です。


本当にどこにでもある話ですよ。


インスタ映えもそうだけど。


あれも本来持っていた自尊心をどこかで失って、それを穴埋めしているたったそれだけの行為。


代償行為なんですよ。


本来の目的から注意を逸らしたいからやる事です。


自分専用のゴールから視線を逸らして、およそ前っぽい方向へがむしゃらに走っているというだけ。


進んでいるのかぐるぐる回っているだけなのか、本人にはもう判断出来ない。


走りたいならゴールからは目を逸らしてはいけません。

コースアウトしてどこへ行くつもりでしょうか? 


目を逸らしたいのなら安全に立ち止まりませんか? 


方角を確認して目的地と到着時刻を確認してから、もう一度進み始めるのが物事の道理だと私は思います。


自己満足のためならば人は何だってやるのだろうか? と思えるくらいにSNSは一大産業になりましたよね。


私が今やっているアメーバブログ、これもね。


人と比べるのは確かに面白いし、競い合って伸びる事もある。


心から楽しめてるうちはいいんですけど、強迫観念のようにしてまで頑張らなくていいのです。


競ってみても伸びない事もありますから。

人それぞれじゃないですか? 


ここまで考えると、さて自分はどうなんだ? と、内省が出来ると思うんです。


ここまで書けば誰だって少しは何かに引っかかるものなんですけど。


僕は私は、どこかで意地っ張りになってないですか? と。


BMI22もしくは、BMI18.5は分岐点です。

自分にもう一度問いかけるチャンスだし。


これからどこを目指すんだ? って。

よく考えた方がいいです。


体重が軽ければそれでいいのですか? それは一体何のために? って。


不純な動機が見つかったら一回立ち止まりましょう。


これは本人にしか出来ない事ですから。

必ず各自でやるのです。手ぬかりなく行うのです。


カウンセラーにいちいち見抜いてもらうのは時間もお金も無駄だし、そんな優秀なカウンセラーはそもそも滅多にいません。


自分で考えれば分かる事。


本当に心も体も幸せな人はダイエットの力は抜けています。


脱力系でなんとなーく器用にスルッとやって、得意になって周囲に言いふらすわけでもない。


周囲が嫌な気分になったり疲れてしまうのが分かってるから絶対やらないものです。


成功者の中でもこの分岐点をどう乗り超えるかでさらに細分化されると思います。


成功者の中の成功者になってしまうと、一番気持ちが楽だと思いますよ。


ゆっるゆるーで、のほほ〜んと生きてる人が究極のダイエット成功者です。


私は全く苦労しなかったわけじゃないけど、小さな頑張りを今までは楽めたし、今のところは毎日次の場面を楽しみにしていられる。


目標達成の短い瞬間だけしか楽しめない人は、何が人生の醍醐味なのかを全然わかってないです。


成功と失敗を繰り返す。

再挑戦する権利を放棄しない。

自分の価値は認めるしかない。


(「自分なんかダメなやつ」っていつまでも言い続けていること自体が実は楽です。

人生の目標に再挑戦する権利を行使しないで済むから。

実際にダメかダメじゃないかの、結果を先送りに出来る。

これはこれでまた長い話になるんだけど)


上がったり下がったりする調子を、途中経過をも含めて楽しめる余裕があること。


今日を楽しんで明日を楽しみに待つこと。


そんな領域が最高の到達点です。

その人にしか出来ない体験を得られる。


その人が体験しなければ全く何も存在しなかった事になるものを、価値あるものとして体験し記憶に残す事が出来る。


宝物だと思いませんか? 

富とは何ですか? 

金銭? 

本当に? 


金銭を支払ってでも得たかったものが本当の富ではないの? 

違うというのなら、じゃあ何のために貯金してるの? 


何のためにならお金に換算した私達のポテンシャルを使い果たせるというの? 


命って削れていってるんです。

24時間ずつひとかけらずつ。

酸蝕歯のエナメル質のように。

私達人間は不可逆の存在です。

まるでハンプティ・ダンプティのようです。






目的を見失うとダイエットというものをきっかけにして、うっかりと時間と金の浪費をやりかねない。


だから用心深く進めてくださいねという話です。


リバウンドもね。代謝の停滞もやるだけ無駄でしょう?

無駄なことはやらないで。

敢えてやるなら手ぶらで帰らないこと。

何かを見つけて帰ってこよう。


他の誰のためでもなく、その人のためだけに用意された最高のハッピーエンドが一人一人にあります。


本当にあるんです。


この話は難しいと思うので、暇なときによく考えてみると何かがつかめるかな? 


あるいは、何もつかめないかも! 


私の文章はいつでもこんな感じ。


これでお話は終わりです。

長いですよね? 


お疲れ様でした。

私も疲れました。


私のアイパッドの電池もお疲れ様でした。

面白いと思ったから書いたんだけど。


私は考える事そのものが面白いのでいいんだけど。


押し付けるつもりはありません。


意味がありそうだなーと思ったら適当に拾って持ってって使って。


思想なんてそんなものです。

偉そうなものではありません。

ありがたみもあるんだか無いんだが。


現代の思想家は本を書き残さないのかもしれませんね。


ピカピカ光る画面の電子文字に乗っかって、そこらじゅうにとっ散らかっているようです。


読んでくれてどうもありがとう。