【私の書くラブレターは常に脅迫文の様相を呈するんだが……。】
ライトノベルみたいな変なタイトルにしてみたんですけど。
ブログのテーマ別の分類は「ダイエットご飯」です。
美容と健康っていうか。それを求めるが故の心の歪みっていうか。
ハッシュタグに摂食障害をつけました。
だからこの文章は、一方的な私の思いやりで構成されています。
世の中への愛情です。
「健康な人が摂食障害に陥る過程、その精神状態の、なりゆきとはこうなのではないか? 」
を、順を追って説明したものです。
けっこうリアリティはあると思います。自分のダイエットの体験を踏まえて、よく考えて書いた内容ですから。
20kg痩せたので。役には立つと思う。
ただし、ものすごく長文です。
何故これを書いたかというとコメント返信のためです。
あすけんというダイエットアプリがあるんですけど、そのアプリのユーザーでかなり優秀な女の人がいて。
画像を見ると素晴らしいスタイルで人柄もよいのですが。
この文章はそこでいただいたコメントへの返信として用意していたんですけど……。
長すぎるので自分で没にしました!
無理でしょう。
これ送られたら怖くない?
一個人宛てでだよ?
私は怖い。
こんなものを返信したらそのお姉さんに嫌われちゃうよ!!
そうなったら嫌だなあ〜と思って。
だから自分のブログで書きます。
私はいつも人に対しての思いやりが行き過ぎてこうなっているのですよ。
(だからこんなタイトルになりました)
私の書くラブレターは常に脅迫文の様相を呈するんだが……。
どうしていっつもこうなるの?
いくら他の人のためになるからって、返信されて読める量じゃないよ!!
加減ってものがあるだろうと。
そのあすけんユーザーのお姉さんはこの文章を宛てられた対象者なんですけど、他に読めそうな人は誰かいるかな? と考えても、真に優秀な人って数人しか思い浮かばないから。
これはダイエット成功者に向けてのメッセージなんですよ。
「痩せられない」って言ってる人は対象外です。
読もうとしても意味がわからないんじゃないかな? 分かればありがたいとは思うんですけど。
ごく一部の人だと思うんですよね。
他になかなかこの視点から書くブロガーさんを見かけないので自分で書いてみました。
まだ世の中に無いと思うんだ。たぶん。
価値観が突き抜けてないと書けないと思うんだ。
最後までやり切った人にしか分からないよ。
本文冒頭から変な始まり方なのでもう、読めそうか読めなさそうかは数行で分かると思うけど。
冒頭一行目が心にスッと入ってこなかったら読み進めてもだめです。
冒頭一行目だけで判断してください。
それでじゅうぶんです。
それくらいの文章。
だから貴重といえば貴重です。
この文章をアメーバブログにもコピーペーストして置いておきます。
以下は本文! ↓
――――――――
ダイエットって「意外と簡単だな」と感じる人は結構います。
真の成功者は全然自慢しないので目立たないだけです。
痩せられない人ばかりが目立つのはダイエットサプリなどなどの色々な広告のせいです。
「計画して実行!」
っていうのが楽しい人にとっては、精神的に気持ちいい行為です。
毎日きちんと生活してる感じがして、自分が立派な人間に思えるから。
お金がなくても出来ますから、掃除やら部屋の片付けやらに徹底的にハマる人の快感に似ているというか…。
小さい子供にとっての「よくできました!」じゃあないけど。
自尊心を持ちたいんだけどうまく持てない人の、心の隙間を埋める行為としてもかなり使えます。
この快感が意外と罠だと思うんです。
ダイエットで痩せすぎてしまった人が全員そうってわけじゃないけど、副作用みたいなものがあって。
痩せた事によって偶然発生してしまったいい方向の副作用でもあるけど。
とにかく快感を生むんですよ。
摂食障害の話を読むと「万能感」と表記されています。
思い通りにならない自分の肉体を支配してコントロールしている感じ。
「万能感」というもの。
「自分はできるんだ! 」という感覚。
「認められたい」とか「褒められたい」とか、「愛されたい」とか「尊敬されたい」とかっていう欲求が、他の分野で何一つ満たせない場合。
人間関係などで極限まで追い詰められていて現在不幸な場合。
ダイエットで成功した過去の爽快感が忘れられなくて、ついついやりすぎてしまうんです。
失敗の連続だった人が人生にプライドを保つための行為としてこの「万能感」を求めてしまうわけです。
この理屈は分かるでしょうか?
挑戦者の9割くらいが失敗するものを、自分は(「自分だけは」って映る。視野が狭くなっている状態だから特に)上手く出来たっていう自信が、低い自己評価を高く上げるためにこの上なく有効だから。
一見いい事のように思えますが、行き過ぎると明らかに罠です。
大変恐ろしいことです。
難しい言葉ですけど「清貧(せいひん)」なんていう言葉がありますよね?
貧しい事がまるで清らかなものであるかのような。
無私無欲が美徳であるかのような。
欲求が少ない事を善とする思想なんですけど。
これを現代風に簡単に言うと、
「がっつかない自分って素敵」
みたいなイメージです。
清貧を美徳としてダイエットにハマって、食欲を抑えてる自分が大好きで、がっついてる人達を見下して自分の中だけで気持ちよくなる感じ。
部屋の片付けに例えると断捨離のようなスッキリ感なのかな?
確かに気持ちいいよね!
体脂肪も余分な荷物として片付けてしまおうというのだから。
持ってる事を批判的に見たりして。
「清貧」が分かんなかったら辞書を引いてみてください。
意味はこんな感じで出てきますよ。
――――――――
大辞林 第三版の解説
せいひん【清貧】
富を求めず、正しいおこないをしていて貧しいこと。 「 -に甘んじる」
――――――――
そもそも現代の資本主義社会では「富」と「正しい行い」は両立しますので、清貧が美徳だった時代はやや昔だろうなと思います。
話が一時的にダイエットから脱線しますが、
基本的に私利私欲を追求して、私腹を肥やしてばかりの人達。
なおかつ慈善活動を全く行わない大富豪の方々が、世の中を大いに席巻してくれない事には、それに対抗する清貧という価値観はまず発生しないと思うので。
やっぱり清貧が美徳だった時代はやや昔だろうなと思います。
「現代でもそうだよ! 」って言われるとちょっと言い返しづらくなって話が逸れるので、「清貧」は古いよねーって事で話を進めます。
元のダイエットの話の続き。
「自分の人生が不幸すぎるためにダイエットにハマる価値観」に話を戻します。
極端に不幸な人というのは滅多にいないだろうから、なかなか共感は出来ないかもしれないけど、心の仕組みとしては上記のようなこんな感じでした。
要するに「うまくいかないとダイエットやってスッキリしたくなる」ってこと。
「頑張った自分は偉い!」って思いたいっていうこと。
ちゃんと心のメカニズムが解明されているので、
自分の命を守るためにもぜひ摂食障害の専門のホームページには目を通してからダイエットを始めてほしいです!
病院のホームページとか摂食障害の人のブログなんかを読むと、私がここに書いているのと似たような話が重たい言葉で載ってはいますが、
本当に命に関わる話だから軽くは読めないので、覚悟して開かないと読む側の心も大変しんどいです。
重たい話なんだけど、痩せ終わったはずなのにまだ軽くなりたい人には、本当に読んでおいてほしい話ばかりです。
現在全く不幸ではない人の場合。
清貧とかどうでもいい人。そんなもの知らないっていう人。
人間関係その他は絶好調の人で、不幸以外の理由があるとしたら。
何もかもが全てが絶好調すぎる事も摂食障害の誘因になるよ!
これも知っていただきたい。
みんな人生の途中ですから、それぞれに何か目標があるでしょう?
(そんなに大きなものでなくてもいい。小さな目標さえ全然無いって人はいないと思うんですけど)
自分の本来の専門分野で高い目標があり「努力して成功しないといけない」というプレッシャーが強い人の場合。
あるいは理想が高すぎて(真面目な完璧主義者に多い)「努力したのに成功出来なかった」という挫折感が既にある人の場合、ダイエットに依存してしまいがちになります。
そこから摂食障害に繋がりやすいです。
心の隙間の穴埋めです。
絶好調だからそのまま行きたいんだよね!
でも何にでも勝利と敗北があるから、戦い続けることが人生じゃないですか?
「順調に勝ち進んできたのに、どうしてここで上手くいかないんだー! 」って。
全力を尽くして燃え尽きたとき。
そして素直に勝者に賞賛を送れない場合。
その苦しさ。
その苦しさの穴を何で埋めますか?
そんなに急速には大人の精神は獲得できないからね。
じゃあどうする?
そこで「ダイエットをやろう」っていう人が少なからずいるんですよ。
何で戦って何で負けたのか、その内容も影響はしますけど。
負けず嫌いの典型的な思考で、自分に厳しくして出直そうとするタイプ。
「ここでダイエットやろう! 」って思います。
不自然に思えるかもしれないけど。
後で具体例をいくつか挙げます。
(客観的な数値がじゅうぶん軽くて、他の人からは痩せて見えるのに、それでも本人は)
「無性にダイエットがやりたくなる」
「なぜかわからないけどやめられない」
「痩せていく過程の自分が好きだったから」
「計画を立てて実行していくと、自分が価値のある人間になったみたいで気持ちがいい」
複雑な心理状態です。
ちょっとしたトリックみたいな……ね。
あら不思議〜っていう、それくらいの軽さでダークサイドに落ちます。
そもそもダイエットなんてものは、全然出来ていなくてもその人は価値ある人間に違いないんです。
人生で一回目のダイエットを経験する前は、かつては絶対に自分の価値を信じていたはずなんです。
一度全力で頑張って成果を上げた人っていうのは「出来ない」っていう情けない部分を持った自分を、もう認められなくなっているんです。
許せなくなっちゃう。
だって完璧主義なんだもん。
この状態になった場合はどうやって自分を救うかと言ったら、正当な意味での自尊心を取り戻す事が最重要です。
奢りではなくて正当な意味での自尊心です。
(自尊心という言葉は本来は悪い意味ではありません。
悪い意味に使われているものは時代による価値観の変遷か、または誤用です)
そして自尊心を取り戻したら、元々挑戦しようとしていた分野にもう一度逃げずに立ち向かうことです。
それが一番健全なので。
むやみにダイエットだけに逃げ込まない事。
もちろんやっててもいい。
やっててもいいけど、ダイエットだけを人生の全てにするなって事。
病気の治療を人生の全てにしてしまうことと、同じくらいに不自然な事になるから。
罹る前の人生の目標を全部投げ出すほどの大ごとではないはず。
大ごとにしない方がいいよってことです。
本来の目標で失敗しても再挑戦しようと試みることです。
またはその計画だけでも立てる事。
「やろうかな?」という気持ちだけでも持つこと。
あるいは一時的に全く他の事を始めて、気分転換を上手にすること。
あるいは二足の草鞋を楽しむ事。
大きな挫折感があって逃げてる途中の人にこんな事を言うのは矛盾してると思うんですけど。
後からでもいいからぼちぼちやってください。
ぼちぼち、っていうのが大事です。
摂食障害に陥らないためには、ここが本当に分岐点なので。
ここの選択肢を間違うと金銭なら百万円単位で、時間は5年とか10年とかそのくらいで。
かなり膨大に損をするので。
重症の摂食障害からの回復って、だいたいそのくらいはかかるものです。
信じられない話ですけど。事実そうなんです。
精神というものは一箇所が崩れるとさまざまな依存症を併発していきます。
お医者さんが全部なんとかしてくれるなんてことは、当てにならないですから。
結局は全部が自分なので。
最初からならないのが一番いいでしょう?
摂食障害になって回復してその道のりが感動的な物語として描かれて、救われた人達は過去に何人もいました。
そういう作品ももちろんたくさんありますけど。
でも苦しんでますからね!
とてつもなく。
読めばわかると思うんですけど。
本だからブログだから軽く読めて閉じれば終わってしまうけど。
読者は第三者だから物語から離れる事が出来るけど。当事者はそうはいかないぞ。
人生は本のようには閉じられないんだぞ。
自分の背中に裏表紙なんかついてないからな。
回復した実例があるからって罹っていいわけじゃないです。
そっち側の紆余曲折は、経由してこない方が断然いいと思います。
これを言う人ってどこにも居なくないですか?
冷酷な発言だから避けられているのかな?
しかしこれを言わないと、助かる者も助からなくないですか?
そうは言っても冷酷すぎるのかな?
ここの分岐点さえ意識できていれば、病気をまあまあ予防出来ますから。
絶対ではないけど。効果はゼロではないと思う。
罹っても発症しにくい。
何か読んでおけば思考回路に免疫も出来る。
あるいは摂食障害予備軍とか摂食障害気味とか、そのくらいでなんとか防げると思うんです。
なんとか!
全員に防いでほしいんです!
実際に見てわかるほどに痩せ細ってなくても、上記のような完璧主義者の心理状態に陥った時も同じく注意が必要です。
(拒食症と過食症を同時に持っている場合は標準体型でも既に発症している場合があります。
なおかつ体型の変化が無いので、気持ちの中だけで苦しんでいて身近な人に気付いてもらえない。心配もしてもらえないし、助けてもらいにくい……というパターンも)
本当にここの分岐点さえ問題なくクリアしてもらえれば、もっと先の未来を見られて楽しいよ!!
だからぜひ!
自分の人生にその日が来たら兆候を見逃さないでほしいのです!!
せめて少しずつでも挫折感を癒して回復して、また本来の目的へ。
「どうやれば上手くいくのかな? 」
って考え始めること。
最終的にには立ち直らねばならないのですから、そもそも最初から倒れない事。
その方が効率がいいから。
私のこの発言もなかなかに完璧主義で、人間としてはちょっと温かみに欠けるんですけど。
倒れなければ起き上がる動作をショートカットできますし。
とにかく楽しい作戦を練ろうって、心が明るい方向へ動く事をやる事。
ゆるーい前向きさ加減から、人生の続きをまた始めればいいと思うんです。
そうなるとだんだん本当に楽しくなってきて、ダイエットなんかの価値は下がるというか。
体型なんかどうでもよくなる!
適当〜にものを食べて、体重も量ったりはからなかったりになるし。
全てを雑にできるようになります!!
(この「雑」という感覚が分からないらしいんですよ罹っちゃった人は。「てきとーにやれ! 」って言われてもなかなか出来ない)
ダイエットは手抜きで、有り余る力を他の事に使えるようにになる。
すると、他の何かの能力が自然にアップします。
人生の大半を占めるものがダイエットになってしまってはいけないと思うんです。