宗教について考えてみた。
最初に宗教を始めた人は自分の考えや修行、実学(自分で経験したこと)からの人生教訓として悟りを開いたんだと思う。
人がぶち当たる壁を乗り越え易い様に知識を広げたい。
「物事をいろんな角度からみると、生き易いですよ。」って。人に貢献したい気持ちから始まったのが宗教なんじゃないかな?むしろ宗教って概念すら無かったかも、周りがこの人はすごい!為になること話すからこの教えを広めようってなったのかも。
そう考えるとこっちの宗教は正しくて、相手は間違ってるってのはおかしい。元々は人間なんだから、いろんな考えがあって然り。
全身全霊を捧げて宗教を信仰してるからそうなるのか?神様という存在が絶対だからか?
それはさておき
僕は仏、神様は人の中に居るという考え。
これも真実では無いかもしれないけど、こういう考えが素敵だと思う。我即神成(私の中に神が居ます)、人類即神成(人の中に神が居ます)、この考えはオーストラリアにいった時に日本人の方から教わった。
子どもにも年寄りにも障害を持った方にも、全ての人に神様は宿て居ますよ。だから、下でも無く、一つの大きな存在で大切なんですよ。という教え。
このことは僕の人生ですごく役に立ってる。周りの人を大切にできる考え。
自分はなんの宗教にも属してないけど、いろんな宗教のいいとこをとって生活に役立てればいいと思う。
宗教を介してお金が動いたり、権力が動くのは、宗教を道具として扱ってるんじゃないかな。
自分は宗教をもしやるならタイ仏教のようにお金のいらない宗教がいいと思う。
そんなことを考える今日この頃です。
だから、宗教戦争をしてるのは本末転倒。宗教を始めようとした人はそんなことは求めて無かったはず。かなり想像ですけど(笑)