もっと自分を評価してもいい | パニック妻 パニックmama の奮闘記

パニック妻 パニックmama の奮闘記

パニック障害から20年。妻になり、10歳と6歳のママになる。格闘人生をいつか ゆっくり じんわりと書いていきたい・・・。書くのも怖いのよ。
ひとまず、安らぎの『庭いじり』や、『癒しの空間造り』を日記がてら書くことから始めてみようと思います。

パニック障害発症から16年。二児のmamaちぃーこです。

本日も、大学心理相談室へ行ってきました。

私は小さい頃からずっと、『姉は頭が良くてしっかりしている。私はバカ。』そう思って生きてきました。

足の悪い祖母が、車椅子で「隣の部屋に行きたい」というので、連れて行ってあげようとしましたが、扉の5センチほどの段差に引っかかってしまいました。
テコの原理を使って、ヒョイッ!と持ち上がるかと思っていたのに、体臭37キロの私では、逆に私がぶら下がり状態。
たまたまそこに姉がきて、お願いすると、ヒョイッ!と、いとも簡単に。
そしていつもの口ぶりで、「なにやってんのぉえー!」と。
やっぱりダメだな〜、何やっても私ってダメだな〜、と思ったのを思い出しました。

祖父が亡くなる2日前、祖父は私に『氷を口に入れて欲しい』といいました。私は家を出た人間なので、母が留守の代わりに姉に了承を得ようと思い、伝えました。姉は『母が戻るまで放っておきな!』と言いました。
母が留守な事を伝え、『ごめんね。待っとってね。』と。
その後、もう一度祖父が頼んできました。でも、やはり姉の許可が降りなかったので、その旨を伝えると、祖父は振り絞る声で、『お前でもできる!』といいました。
3度目、祖父が私に『もってきてくれ』といいました。
私は元歯科衛生士。多種多様な患者さんの口腔内を見てきた。誤嚥の恐さも知ってる。私が氷を口に入れた事で、死を早める危険性も絶対ないとは言えない。
でも、姉よ、ごめんなさい。私はじいちゃんが『欲しい!お前でもできる!』というのだから、私、やるよ。
3度目、祖父に言われて、私は祖父の欲しがっていた氷をあげました。水で濡らして小さくし、顔を横に向けて頬にそっといれました。祖父は笑顔でグーサインをしてくれました。
祖父との触れ合いはこれが最後になってしまいました。

私は姉の心の中をこの様に読んでいました⏩『私のせいで誤嚥を起こして、もし死を早めたとしたら、私が苦しむ事になる。だから、私に氷を入れさせないのだと。私の事まで考えての言葉だと。』

大学の先生はこう言いました。
おそらく、そこまでは考えていないだろうと。

でもやっぱりダメダメです。車椅子ひとつ押してあげられない。できない人間です。

それでもね、大学の先生は言ってくれました。
『人と比較する事が良いことではないけれど、実家のお姉さんをみていて、自分はこんなに家族4人を大切にしている、子供をこれだけ立派に育ててきてる!そうは思わない?』と。

そうだよね。
夫も子供も、笑顔で、自信に満ち溢れているお母さんが好きだよね。
自分はダメな人間だなんて思っているお母さん、嫌だよね。

こんな私の子供達、私が目を赤くして心理相談を終えると、『泣いてるの?どんな話ししてきた?』と心配してくれる。

当たり前か母ちゃんが泣いてたら、心配しちゃうよね。

「おおじの(祖父)の話が出てきたから、久しぶりに寂しくなって、泣いちゃった」って言っておきましたが。

子供達よ!優しい子に育ってくれてありがとう
そして、ちぃーこさんよ!その子供達を育ててきたのは、わたくしよっ!


いずれくるであろう母の介護では、可か不可かは関係なく、母の心の声を聞いてあげたい・・・
そう願いたいけど、実家で私の声を発する事はできないだろう。

実家へいったら、私はお地蔵さん。

実家との付き合い方も、まだまだ課題が残りそうです。

長文お読みいただき、ありがとうございました。