元旦は、半年振りに実家へ行きました。
実家といえど、元々住んでいた家は姉が住んでいるので、隣の祖母の家へ。
私のよく拝見させていただくブロガーさんが、ご家族の1人を、『スパイス』と表現されていました。
うん!これだ!
私にとって、姉は『スパイス!』
まさにこの表現がマッチします。
元旦も、スパイス炸裂でした。
元旦といえば、祖母の家に、親戚一同 総勢20人程集まる、賑やかな会でした。
『でした』というのも、一昨年、柱である祖父が亡くなり、葬儀の前に、姉と叔母が言い合いになったのを機に、この会もなくなってしまいました。
したがって、祖母の家に集まるのは、(祖母、母、姉、姉の子供達)私達家族だけとなりました。
寂しいですが、せっかく行ったのだから、楽しみたい、くつろぎたいと思いました。
しかし、『スパイス』は年々キツくなっていくように感じます。
私は、年末に行ったお寺で、素敵な墓地を、見つけました。
ただただ素敵で、この気持ちを話したかっただけなんです。
私:「こんな素敵なお墓があったんだ〜。終活したくなっちゃったよ〜。」
姉:「墓の世話する人の事も考えなよねっ!!」
母:「私は最後、こんなふうに過ごしたいな〜」
姉:「あんたがどうしたいなんて考える必要ありません!決めるのは私です!」
やっぱり私には帰る所は無い・・・と思いました。
話す隙を与えない『スパイス』に、私はほとほと疲れてしまったのです。
私は結婚するまで、おじいちゃん、おばあちゃんっこでした。姉は隣の祖父母の家に、めったに顔を出さない子でした。
おじいちゃん、おばあちゃんは私に犬を与えてくれました。
犬の死を電話連絡してくれたのは姉でした。
祖父の最後を私が立ち会うか会わないか、判断を下したのは姉でした。
祖父の死を知らせてくれたのは姉でした。
私は、今まで姉の言うことは絶対で、言われた通りに動いてきたのです。
姉は頭のいい人です。私は決して頭は良く無い。むしろバカなのでしょう。
正月の集まりの帰りの車内、私の頬に涙が流れました。
大好きな祖母の死に目にも会えないだろうな。
母が看病を必要としたとき、母の意思は発することなく、施設になるのか、家で看るのか・・・。家で看るという選択肢など、そもそもあるのだろうか。
介護の手助けをしたいと思っても、安易に手を差し伸べることはできないだろうな。
そもそも、母の死に目にも、会えるのだろうか。
そんな事を考えていました。
私にはやっぱり帰る実家などない。
でも、『スパイス』あっての私なんですよね。
『スパイス』だけでは、みんな胃もたれしてしまう。
わたしがそこへ、『甘味料』を入れよう。
車でたった15分の実家ですが、祖父が亡くなった一昨年から、遠く 遠く離れた実家となってしまったように感じます。
足を運ぶたびに胃もたれを起こしてしまうので、なかなか帰ることはできませんが、
帰った時には、わたしは『甘味料役』になろう。『スパイス』にやられて、涙が流れても、『甘味料』を入れ続けて、鍋(実家)の中をまろやかにしよう。
みんな違う顔
みんなそれぞれの考え
みんな違う力量
みんな違って 1つの丸になる
きっとね
難しいことは分からないけど、
私、2017年は『甘味料』になり続けます

長文、お読みいただきありがとうございました。
2017年も、よろしくお願いいたします。