思いがけず九州大会予選を通過し、
国体カヌーワイルドウォーター競技に
出場した私ですが、、
競技中にハプニングがありました。
前回のブログはこちら
1000m競技でバランスを崩して
転覆してしまったのです。
なんとかパドルを使って
体を起こそうとましたが、
体が上がりません。
ロール(艇と体を使って起き上がる方法)
を試みようと川の中で粘っている間に、
川底の大きな石に頭が当ってしまいました
(ヘルメットは被っていました)。
この時、当たったというより、
石で頭を揺さぶるように殴れらた感じの
衝撃でした。
ロールしても起き上がれないことを
確信した私は、艇から体を抜き、
艇とともに泳ぎ、
なんとか川岸までたどり着きました。
競技ルールでは、艇から降りても、
もう一度乗り込むことができれば、
競技を続けれることになっていました。
私の体は、
競技続行に向かって
動いていました。
それなのに、それなのに、、
たくさんの人が寄ってきて
「ダメダメ」と叫ぶではないですか。
最後まで走りきりたい
という気持ち一心でした。
「絶対、最後まで行く」
そう決めていたのです。
しかし、あっという間に
救護タンカーの上に乗せられていました。
緊張と興奮でアドレナリンが出て、
痛くもなんともなかったのですが、
額から流血し、顔が腫れて
お岩さん状態でした(後からわかった、笑)。
救急車で病院に運ばれ、
額を3針縫う治療で終わりました。
治療が終わった後、
急に悔しさが込みあげ
涙が出てきたことを覚えています。
初めての国体は
無念のまま終わりました。
頼まれて選手になったわけですが、
やるからにはベストを尽くしたかった。
翌年の国体は、
会場がホームグラウンドの
熊本県人吉の球磨川ということもあり、
今度は自ら希望して予選に出て、
出場しました。
2回目の国体は、
1年間の練習のお陰で
500m、1000m競技ともに完走し、
自分なりのベストな成績で競技を終えました。
この経験から、
私が得たかったことは何かと考えたとき、
「できる」ということを知りたかった
のだと思います。
「やればできる」
諦めずに進んだ先に「できる」自分がいる
ことを知りたかったのでしょう。
この経験は、
34歳で看護大学へ入学する
伏線だったように思います。
国体に出たジャンプ台が
次にやってきた
人生のチャレンジのジャンプ台を
超えさせてくれました。
損得勘定や期待といった
コントロールを手放して、
やりたかったらやってみる。
やることで見えてくる世界があります。
34歳で看護大学に入り、
看護師になったのは38歳。
どんな経験も
無駄なことは何ひとつなく、
すべては今のためにあると思っています。
心の声を聞いて、
まずは素直にやってみる。
諦めずに進み続けた先に
見えてくるものがあります。
勇気をもって、
行動を起こしていきましょう。
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