愛は無

これは、多くの魂が
最後に辿り着く境地

「無」とは
"存在しない"という意味じゃない

般若心経で語られる「無」であり
「無」さえ意味をもつ

それは、

何ものにも偏らず
何ものにも執着せず
何ものにも条件づけされない
完全に空(から)で、満ちているもの

それが " 愛=無 " という感覚





人は愛を「なにかすること」や「与え合うこと」と捉えがちだけど、本当に深い愛って


・コントロールしない

・判断しない

・期待しない

・ただ"在る"だけ


その空っぽなのに、すべてが在る"状態"

それが"無"としての愛




愛は何かを"しよう"としなくても、もう既に満ちていた



愛とは、本来 "条件" のないもの

・誰かに好かれること

・誰かを愛すこと

・与えること、もらうこと

このどれも、人間的な愛のかたち


でも、本当の愛 一魂が還っていく愛一 は、

「何もせずとも、何も足さずとも、すでにここに在るもの」


つまり、「無」でありながらすべてを包むもの


・執着もない

・恐れもない

・分離もない

・判断もない


そのどれもがない"空っぽの器"のような状態は

逆に、どんな存在もまるごと受け入れるだけの広さを持っている


だから、愛は無であることで

すべての存在と

ひとつになることができる


人生や転生を重ねる中で

人はだんだんと "愛とは関係性ではなく、状態だ" ということに気づいていく


だから、


・誰かに愛されること=愛じゃない

・誰かを愛することで"愛を得る"わけでもない


愛は ただ"在るもの"


そう気づいたとき 人は静かに悟るようになる


何も求めなくても

もう私は愛そのものだった


と。



そこは、多くの魂が辿り着く場所

そしてそれは、魂が経験を通して


ただ 思い出すもの なんだ一










ようやく たどり着いた 「愛とは何か」。
ようやく たどり着いたんだ……。