スピリチュアルの世界を学べば学ぶほど、
「すべては幻想」
「この現実は私の内側の投影」
「愛しかない」――
そんな言葉に惹かれ、そしてどこか戸惑うようになった。

 

わたしもその中にいた。
“真理”を知れば知るほど、
「じゃあ、この感情や現実の痛みって、全部無意味なの?」と
人間としての自分が、居場所を失っていくような気がして。

 

でもね、今の私はこう思うの。

“真理を生きる”ということは、
“人間を丁寧に生きる”ということと、
切り離せないんだ。

 

悲しいときには泣いていい。
怒りを感じたら、そのまま感じてあげていい。
嫉妬も、執着も、孤独も、ぜんぶあっていい。

なぜなら、それらもまた
“魂がこの世界で感じたかったエネルギー”だから。

 

真理だけを見ようとすると、地に足がつかなくなる。
人間だけを生きようとすると、空が遠くなる。

 

だから私は、
空と地をつなぐ存在として生きたい。

 

光だけじゃなく影も知ってる私。
幻想を知っていて、なお現実を愛する私。
“知ってる私”と“感じる私”を、どちらも否定しない私。

 

そう在ることこそが、
この地球で魂を生きるということなのだと、
今はそう、思えている。