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ツレが弁護士になりまして

アラフォーで妻子持ちの公平が、長年務めた会社を退職してまで挑んだ司法試験に見事突破した、までは良かったのだが、その先にあったものは・・・

公平が関西大学に通っていたころは、バブル最盛期。

大学内を歩く女子大生はワンレン、ボディコン、頭から足の先までブランド尽くめ。

男子学生は、シャネル5番の香水をプンプン漂わせる女子大生のケツを、親に買ってもらった高級車で追っかける。

女子学生はそんなアッシー君を何人も抱えながら、結婚相手として三高男(高学歴、高収入、高身長)を探し続ける、そんな図式であった。

好景気に沸いていた時代、誰もが大量に入ってきた金を湯水の如く使い、またそれがずっと続くと信じていた。


公平もそんな華やかな学生生活に憧れてはいたが、ジミな生活をしていた。

決して、苦学生ではない。単なるズボラ学生だ。

ズボラ学生で居られるのもバブル期の親あってのことであり、派手な学生の陰に公平のようなズボラ学生も大量にいた時代でもあった。

徹マンに明け暮れて、食事すらろくにとらない。

眠たくて朝起きれず昼夜逆転の生活になるため、1年生で取るべき一般教養の授業を4年になっても受け続けている。

アルバイトをするが、3K(キツイ、キタナイ、キケン)の仕事は避け、それでも直ぐ疲れたと長続きせず、親から小遣いをもらう。

ゼミもなるべく苦労しなくて済むものを選ぶ。

特に何の夢も希望も持たず、ただ、誰もが聞いたことがある大手企業に就職出来ればいい、そのためにダブりさ

えしなければいい、そんな考えであった。


そんなズボラ学生でもバブル最盛期の就職は楽勝であった。

今では考えられないが企業側から接待攻撃を受けて入社した年次である。

内定組は、連日研修と称して学生を軟禁状態にされ、他社に引き抜かれないように学生を囲い込んだ。

公平も例に漏れず、良い思いをしてお望みの東証一部上場の大正生命という大手企業に就職できた。

もちろん面接では、意欲的な学生生活をおくってきた、と答えてのことではあるが。

企業もまだまだ好景気が続くと信じて、大量に新人を雇い入れた時期であった。


今から8年前まで、公平はにその大正生命に勤務するサラリーマンであった。

8年前、公平は38歳。

大手企業の38歳といえば、係長か、早ければ課長になっている年齢だ。

だが、公平は、当時の言葉で言うなら、いわゆる”窓際族”であった。