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ツレが弁護士になりまして

アラフォーで妻子持ちの公平が、長年務めた会社を退職してまで挑んだ司法試験に見事突破した、までは良かったのだが、その先にあったものは・・・

机と椅子しかない殺風景な小さな部屋の中で知恵はボーっと座っていた。

いつもは毛羽立った上着に膝の抜けたジーンズ姿の知恵だが、今日はニットアンサンブルにスカート姿と小奇麗な格好をしている。


突然ドアが開いた。

「お待たせしました。息子さん、受かってましたよ」

白髪混じりのキビキビとしたその男性は、左手に持った資料を見ながらぶっきら棒に言った。


さっきまで気の抜けたような締まりのない知恵の顔に一気に力が入り、目が大きく開いた。

「あ、そうですか、受かってましたか」

知恵は関心なさそうにそっけなく言った。

だが、その口元は、緩みそうになるのを必死に堪えている、そんな感じでピクピク動いていた。


「でも、川本先生にもう見てもらえなくなると思うと、すごく寂しいです。うちの子、先生のこととても気に入っていたし、先生のお陰でやる気になってきたところで・・」

ぐだぐだと話し出した知恵を遮るように川本は言った。

「私は、淳は、開布中に入って頭の良い連中の中で埋もれるより、もっとランクを下げて品山中くらいでトップにいた方が本人は気分が良いと感じて、成績も伸びると思いますよ。

淳はそういうタイプだと思います。」

少しイライラした口調で、川本は知恵の目を射るように見ながら言った。


開布中と言えば、誰もが知ってる中学受験の最高峰である。

淳の通う進学塾には、開布中を狙うトップクラスの子供たちの中から、更に選抜試験で選りすぐった子供しか通う事ができない特別クラスがあった。

同じ学校を目指す優秀な子供達同士で切磋琢磨させ、一流の講師陣による一流の授業を受けさせ、確実に開布中に合格させるというものだ。

これによって、塾の評価があがり、入塾希望者が増えて、優秀な子供が入ってくる、そしてまたその優秀な子を開布中に合格させて、を繰り返すことによって塾が儲かわけだ。


塾としては、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる方式で、開布中を受けることを進めるのが本流だが、川本は違った。

開布中から2ランクも下の品山中を受けたらどうか、と勧めてきたのだ。

「え?品山中?」

知恵は言葉に詰まった。

「開布特別クラスに通ったら、私は、淳が潰れると思いますよ」

「そんなに厳しいんですか?」

消え入りそうな声で知恵は聞いた。

「授業も難しいけど、それより、開布特別クラスに通ったからって、開布中に受かるとは限りません。現に、去年、うちの校舎から開布特別クラスに通った子がいたけど、開布中落ちましたよ」

川本は得意気に言った。


川本が勤める日四研は、40年以上も続く中学受験の老舗進学塾である。

知恵が子供のころは、日四研の入塾希望者が多すぎて簡単に日四研には通う事が出来ず、日四研に入るための塾があったほど人気塾であった。

ちょうど、一億総中流意識が定着し、団魂世代ジュニアが中学受験を迎えた時代に日四研も最盛期を迎えたのであろう。

川本は、その時期に大学を卒業して一般企業に就職したが、上司とそりが合わず2年で退職。

東南アジアを1ヶ月ほどフラフラした後に、大学時代に塾講師のアルバイトをした経験を活かして、最盛期の日四研に入社したのだ。

それ以来、25年間、日四研の講師一筋の人生である。

何度か校舎長に昇格できるチャンスもあったが、川本は現場に拘った。

子供たちに直接教えて、子供の希望する学校に自分の力で合格させてやりたい、本当はそんな熱血野郎である。

ただ、国語の教師でありながら、その表現は少々不器用で、時として保護者を混乱させる。


「そうですか・・では、家に帰ってみんなで相談してみます。通うか通わないかの回答はいつまでですか?」

と聞いたものの、知恵は川本の返事が耳に入らなかった。