おはようございます
みちです
昨晩の予報でも言われていた通り
今日はとても風が強い
庭の土や野菜たちは雪に覆われているから
乾かなくて済むかな、どうかな?
植物たちは本当に強い
そこにはおそらく
『抵抗がない』『抵抗をしない』というのも
関係があるのでは?
昨日TVで大場さんという方が考案した
【江戸走り】というものを拝見したがあれも
極力抵抗のない、消耗や疲労を最小限に抑えた
身体の使い方なのだと思うた
これの続きを書く
会場の席に着いて印象的だったのは空席の数だった
全体の一割に満たないのでは?といった印象で
公演10分、5分前になってもそれは変わることなく
お隣の方とお話をしていたのだが
「…5時から…ですよね?」「で…ですよね…?」
2人してドギマギ周囲を見渡す
時間は間違っておらず開演
反対隣の方が
前のめりになって観覧しているのが目に入り
私の身体にも食い入るような動きが来たが
それに気付き背もたれにどっしりともたれ座った
そしてそれらを観るというよりかは全身で浴びた
まるで吹き出るシャワーのように
噴き上げる噴水のように放たれたそれらを全身に
みぞおち胸の辺りでドク ドク ドクと三回鳴った
内側から大きな鼓動のような動き
その後は震えや
ヴァイブレーションのようなもの振動
舞台から感じるものに加え
その日その時その場から感じられるもの
その落とされた現実という
目の前、観ている、見ているもの
思考もぐるぐる
怒濤の如く押し寄せる波、返る波
途中休憩が入り喉の渇きを潤しての後半
私の場合前半の印象が強く
後半は熱気よりも冷静さの方が強かった
講演後にロビーで出演者の方々の紹介と挨拶があり
目の前で会うとまた感極まるものがあったが
これは高揚感や高騰感さらには効力感…
「あれ?」とも思うがそれにも近い印象だった
目の前で起こる現実のそれと
身体に来るそれとを同時に感じた
その日その時その場の自分の器で感じられた
それを書いている今の段階では
今となり気付いたことをも含まれる
会場で出てきた単語
『がらんどう』と『舞い上がる』
の意味は後に調べ…なるほど、そういうことか。と
会場を後に準備してきた携帯用のダウンに
上からでも羽織れる薄めダウンの巻きスカート
毛糸の帽子に手袋、腹巻きもつけたが
外に出てみたらそれほど寒くないことに気が付いた
が、着込んでしまったのだから仕方あるまい…
そのままトコトコ足早に歩いていると
目の前に信号待ちをしておられる男性が1人…
見ると、お席が隣でお話していた方だった

再び、話しながら駅近まで
夕飯を取るというその彼とバイバイし
コンビニで缶チューハイを選び
上田電鉄に乗ってガタンゴトン別所温泉へ
旅館に着き受付を済ませお宿のお部屋に入ったのは
9時頃だったか?事前に買っておいた
あんかけ焼きそばと岡山葡萄の缶チューハイで
冬季オリンピックを流しながらようやくまったり
素泊まりとかあんまりしたことないけれど
こういうのも悪くない
もちろん豪勢な食事も良いけれど
夜遅くに入ったときなどはこんなんでしっぽり
そしてゆっくりお湯に浸かって2度、3度と
館内はとても静かに落ち着いて
飾られている絵画や骨董品なども趣があり
温泉のお湯や露天風呂の作りなんかもとても♡
暖簾の手前にロビー待合のような場所があり
板長お手製
一番出しのみを使ったお味噌汁がスタンバイ
鰹出汁のしっかりとしたお味にどハマりし
お湯上がる度に飲んだった


湯上がりのお味噌汁などはじめての体験だ
翌朝のご飯だけはお願いした
お宿の朝ご飯てなぜにこんなに美味しいのだろう♡
夜は適当に済ませ
近くに居酒屋さんなどあればそういう選択もOKで
朝ご飯だけ付ける旅もありね
これまでホテルの時ならそうすることもあったけど
温泉宿でこういう泊まり方は珍しかった
いや、お宿の夕ご飯はもちろん捨てがたいが
メインでもあるしそりゃ勿論無論
しつこいくらいに頷くけれど

別所温泉駅までは送迎もあり
歩く時間がなかったのでお願いした
しかし温泉街でもあり見所も様々あったので
時間があるのなら見て歩くのも楽しいかと思った
駅前のおはぎ屋さんに行きたかったのだけれど
今回は温泉を優先して時間たっぷり味わったので
おはぎ屋さんはまた今度
駅までは送ってくれた女中さんに
「また来ます」告げ
本当にまた来たいと思わずにはいられない町だった
上田しかり別所温泉しかり
山好きなので長野には何度でもいろんな場所や
名所に足を運んでみたい
夫とも母や妹ともいろんなところ旅したい
はじめて観た舞台の感想はというと
「凄かった
」もあれば「こんなもんか…」
もあり舞台以上に
そこに落とされた現実の方が凄まじいと感じた
その日その時その場で感じるすべてが混ざり
重なる
こんな大きなホールに一割満たない観客での公演
(私が肌で感じた印象での数にはなるけれど…)
全体へと流れるストーリー
目で追っていく視界に映る人の表現
息を呑むよな瞬間あり身体の感覚
さまざま移りゆく演出の数々に音の流れメロディー
思考もガンガン入っては抜けまた入ってはして
本当にいろんな解釈が入れ替わり立ち替わり
わたしから奏でられる動きや
「やっちまったなぁ〜」と思うような行動も
↑これはもう完全に私個人の突発的行動に…
パァ〜っと赤面するような瞬間🙇顔から火
目まぐるしく押し寄せる解釈はその日の夜も
翌朝目覚めてからと、帰路の中で、翌日、また翌日
観念の移り変わりが目まぐるしい数日だった
代わる代わるの変化も素直に楽しんだ
けっこうけっこう卑劣なことが来たかと思えば
機転が利いた鮮やかで明瞭な思考が飛んできたり
かと思えばという風に
さまざま目まぐるしく駆け巡り過ぎて行った
どんなエンターテインメントも舞台や映画もだけど
それを感じるのはこの身体
『身体って凄いな…』純粋に真剣にそう思った
『なんでこんなものがあるのだろう?』
人間これが当たり前思うているけれど
そもそもどうして…
舞台しかり温泉しかり旅しかり
あぁ、わたしはこれ担当なのだなと
これまでだってずっとこの子と供に生きてきたし
これからだってこの子と供に生きていく
生きているのだ
なと
昨日の雪上がりレインブーツで走っていると

小さい頃からの私が全部ここに
これまでのわたしの全部がここに詰まっていて
全部が今ここに『ある』『いる』んだなと
だから、もし話したくなったらどんな自分とも
私が、わたしと、会話出来る
そうか一人でも充分面白いんじゃん
て
そういうこと
かて
みんながその担当さんで
地球は担当さんたちで溢れてる


素晴らしきかな
うん♡とても。とても素晴らしき
そう、クマだって何も人間を襲いたいわけじゃない
わたしもそう思うしクマを悪者にするなかれ
ただ全てを問題に見立てたいという
そういう見方もあるしそういう時期もあるのだろう
わたし自身もそういうときを経てきたわけで
なにに気付くかは人それぞれで
ただ皆が皆その機会を与えられている
皆に『今』があり
『現実』という『結果』を見る機会が与えられてる
なにに気付きどんな解釈をつけるかは
人それぞれだ
在る解釈に気付き置き換えるのも人それぞれで
面白い世界の面白い時代に生まれたもんさね…
おしまい





