帰納と演繹と19世紀の経済学者 | 秋山のブログ

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菅原氏の文章で、実に面白いものを見つけた。新古典派経済学が、古典力学を模すことになる理由、経緯が分かるのである。

 

菅原氏の『「1つの理論」で、すべてを説明するという技法』という演繹法の理解が、何だかかなり変なので、帰納法と演繹法の説明をしておこう。

○帰納法とは、様々な事実、事例をまとめて、傾向や法則などを導く方法である。

○演繹法とは、前提となる事実から、必然的な結論を導き出す方法である。

すなわちそのページで引用されている倫理の教科書の記述の通りだ。ベーコンが帰納法を推奨したことに対して、デカルトが演繹法を推奨している。

おそらく菅原氏は演繹法が優れているという趣旨で引用したのだと思うが、そうだとすればそれは間違っているだろう。演繹の前提のなる事実、『だれにとっても疑うことのできない真理』は、データを集めたり実験するなどして帰納法によって裏付けられた正しい可能性が相当に高いことであるのに過ぎない。帰納法がしばしば誤りを生むのと同様、演繹法も思考過程で様々な誤りをしばしば起こすし、前提の事実が蔑ろにされていることもしばしばである。現実として、帰納法と演繹法は臨機応変に組み合わされて使用されており、どちらも間違わないように注意しながら、主張したい事象の正確性を上げていく努力をしていく以上の話は何もない。

 

さて本文に戻るが、ニュートン物理学が『「天体の運行」を、「将来にわたって解き明かす」ことを成し遂げ』たとしている。しかし事実は若干違う。天体の運行に関して将来にわたって天動説の天文学者がケプラー以前に解き明かしており、その頃は地動説の天文学者よりも未来予想に関して正確であった。ケプラーが軌道を楕円とすることで、地動説も正確となった。正確さが優り、支持する傍証が増えれば、人間の感覚以外は不自然な天動説が衰退するのは必然であろう。ニュートンがおこなったのは、ケプラーが分からなかった、何が天体にそのような運動をさせているのかというかということを、地上における重力の観察結果と完全に合致することを示すことによって、証明してみせたことである。ニュートンは、すなわち地上での実験のデータや、天体観測のデータから、数式を導き出したのであって、メインは帰納法なのである。

 

『経済学の「需要と均衡」理論』はニュートン力学の影響だというが、経済学はニュートンの方法論の一番重要な部分を学んでいない。需要と均衡によって均衡価格に収束するというのは、近年になってヴァーノン・スミスが実験によってやっと証明したもので、それまでは実験も観察もされずに用いられ続けてきた(ついでに言えばこの実験はトークンという債券のようなものを交換する時のみ成立するもので、トークンを例えばマグカップのようなモノに変えるだけで成立しなくなる)。もちろん労働市場などの他の市場も債券を交換する市場と同じように成立する理由はないのである。まして社会全体が均衡する保証などどこにもない。これはむしろ間違った演繹法の使い方そのものである。

 

菅原氏がワルラスの一般均衡に関して否定的であることはいいことだが、その理由は全くおかしなものだ。『ニュートンの物理学には致命的な欠陥が』あって、相互作用が誤差扱いできないマクロの全体社会では、『ニュートン物理学の応用の範囲を超えて』いるので、一般均衡は『どんぶり勘定』だという。

多体問題は、単に数学的に難しくて手計算で解を出せないだけであって、ニュートンの理論に問題はない。そもそも需要と均衡を惑星の運動のように根本的な理論だと、実証もなく決めつけていることこそが問題である(類比の誤り)。そしてどんぶり勘定という表現は、大凡の構造は間違っていないということも意味しているのである。誤差の大きさは実証が一致しない言い訳にはなるかもしれないが、構造自体が正しいということを示す根拠にはまったくならない(未知論証)。

 

その次にあるフェルマーの原理から、経済学における需給均衡に繋がるというのは、無理筋もいいところだろう。フェルマーの原理は、帰納法で見つけた光の性質に過ぎない(光の速度は計れないので直接的な証明はなかったと思われる)。

しかしフェルマーの原理発見当時の様子を調べてみれば、あたかも光が意思を持っているかのような神秘性から、神学的な意義を考えた人もいたようだ。その当時は「あらゆるものの動きが力学で説明できる」とか、「自然法則はある量を最大にするような形で実現する」とかの信仰が、科学分野においてもあったわけでそれは仕方ないことかもしれない。歴史的に経済学が、需要と供給の理論、最大化を考えたのはまさにこの頃である。

フェルマーの原理発見を受けて、他のものでも同じような現象があるのではないかという考えから、様々探索がおこなわれたらしい。その探索の結果、最小作用の原理が発見され、解析力学におけるラグランジアンの発明(発見としないのはこれは単なる最大を求める上手い方法だからである)に繋がったようだ。しかしフェルマーの原理が万物に通用する根源的な原理であるなどという話では全くないのである。

 

DSGEが『運動方程式で経済の動向を表そう』としているなどという話はなさそうだ(最大化を前提としているので、その計算においてラグランジアンは利用されている)。DSGEの専門家のスライドを見てもそんな話は出てこない。

 

菅原氏がDSGEの計算の様子をみてだろう、解析力学の成果の経済学への導入だと考えた発想は実に面白かった。