インフレ率と失業率のトレードオフ | 秋山のブログ

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「スタンフォード大学で一番人気の経済学入門マクロ編」から。

第7章は、インフレ率と失業率の関係、すなわちフィリップス曲線に関する話である。この2つはトレードオフの関係にあるとされている。そしてどちらも行き過ぎない調度良い状態が望ましいとしている。しかしこの話もまた誤謬を含んでいる。
まず指摘すべきことは、これらが本当に求めるべきものかという点である。失業率は確かに、純粋に低い方がよいものと思われる。しかし、以前書いたようにインフレの抑制はそうではない。ミクロの視点では確かに物価は上がらない方がよいだろう。しかし全体を俯瞰すればそれは必ずしも正しくない。
また、本当にトレードオフかどうかも確かではない。トレードオフである根拠はフィリップス曲線である。しかしフリードマンやら新古典派の主張を尊重するのであれば、長期ではフィリップス曲線は成り立たないという話なのではないのか。つまり新古典派の立場を重視するこの本は矛盾しているということだ。

まず、もともとのフィリップス曲線は、賃金上昇率と失業率の関係だ。求人が盛んであれば賃金に上昇圧力がかかるのは当然のことで、もちろんこれは現実と一致した。考えられる関係としては、失業率(労働者の需要)が原因であり、賃金上昇率が結果である。であれば、この事実は政策等に役立たないだろう。そこで同じようなデータはないかとインフレ率と失業率を調べたところ、同じように負の相関が見られた。そこで単純にもトレードオフの関係にあり、どちらかを下げればもう片方が上がるなどと単純に考えてしまったという話のようだ。
なぜフィリップス曲線が成り立つかという理由に関して、作者は総需要と総供給のモデルで説明している。P90『たとえば、経済が潜在GDPを達成している状態で総需要がさらに増えると、生産可能な限界よりも需要のほうが多くなり、商品よりもお金が余る状態に』なるからとしているのだが、潜在GDPに達した状態を考える必要はないだろう。よりそれに近づくだけで価格の上昇圧力になると考えれば十分である。一方、需要が増加している状態はすなわちより生産する必要がある状態であるから、失業率は下がる。要するに、インフレも失業率の低下も需要が増えた結果ということである。インフレがおきたから失業率が低下したという証拠はどこにもない。

ここで有名なフリードマンの主張が出てくる。P91『長期的には自然失業率へと向かいインフレ率』の影響は消えるというものだ。美しいフィリップス曲線が何故成り立ったのか、きちんとしたモデルを作らずににいい加減な理解をしていたから、フィリップス曲線が崩れた時フリードマンの大したことのない予言に驚いて信じこんだりするのだろう。そしてその根底には、何でも交換に置き換える単純過ぎるモデルと、見えざる手による最適状態に経済はあるという信仰があるのかもしれない。フリードマンの主張は、長期間観察する中で、いくつかの下限の失業率の値が(長期間なので有意差など全く期待できない程の少ない回数)観察され、その時点のインフレ率が様々な値を取る程度の証拠しかなく、一応辻褄は合う程度の話で、向かうのも消えるのもまるで証明されていない。自然失業率という概念自体も方便である。
インフレは直接的には失業率を下げたりしない。同じ賃金なら相対的に下がることになるので、雇用が増えるなどという考えはナンセンスである。雇用を増やすのはあくまでも商品の需要である。ただしインフレであれば名目成長率が上がり、名目金利との関係で景気はよくなりやすいので、間接的には影響はある。現在のインフレ抑制策が不景気を遷延させているというのも事実だ。
失業率で示される労働者の需要の状態は、賃金に影響を与える。そして賃金の上昇は、購買力の点でも、コストとして価格に上乗せされる点でも重要であり、物価の上昇と実際によく相関する(一致ではない)。影響する要素が他にないのであれば、失業率と物価の関係は強固であろう。しかし実際は、独占等々の市場の失敗、原油高のような外部的なコストプッシュなど価格に大きな影響を与える要素は常に存在する。他の要素を考えないためにフリードマンがしたような間違った説明が出てくるのである。

第6章に引き続き、この章でもケインズ派と新古典派を併記し、短期と長期の違いだとし、結論はついていないかのようなニュアンスでお茶を濁している。そして、ノーベル経済学賞受賞者のソローが言っているから新古典派の方がよいという話にしている。実に愚かだ。
前回書いたように答えは出ているのである。長期では最適な状態になるという新古典派の主張は全て誤りであり、ケインズ派が(修正すべき点がないわけではないが)大凡正しい。米国はここ数十年の間供給力を最大限に発揮したことはなく、いくらかマシな時点を指して自然に達成されたなどと言っているだけである。インフレ抑制策は景気を悪化させるが、長期間待てば緩和されるという証拠はない。
 
まとめれば、この章で作者がしていることは、インフレ抑制策が正しいと納得させるための詭弁だ。まずインフレ抑制が失業率低下と同等の追求すべきものと思い込ませる。しかし低いインフレ率が失業率悪化を招くならば抑制策はあまり好ましくないことになるので、長い目で見れば関係ないことにする。そうなればインフレ抑制こそすべきこととなる。もちろんインフレ抑制策が続けば、他の要因による多少の変動はあろうが、景気が悪い状態はいつまでも続くだろう。こんなインチキにだまされないようにしなくてはいけない。