海水温上昇で獲れなくなってさんまの価格が高騰している。豊漁時の何倍にもなっているこの価格に私はとても買う気にはならないが、この値段でも買う人は買うようだ。考えてみれば、他の食材で普段から同じくらいするものはそれなりにある。供給が少ないことで価格が上がるさまを見れば、受給曲線による価格決定にはある程度の説得力がある。しかし本当にそうなのだろうか。
同じ程度の需要と供給があっても価格はそれだけでは決まらない。生産者側の因子としては、生産にどのくらいコストがかかるかという要素がある。逆に消費者側からみれば、そのもの自体の効能と質で価格は左右されるだろう。
また、価格によって供給は必ずしも変化しない。例えば、先物等が発達する以前から原油の価格は価格に対して供給の変化が乏しく、弾力性が低いと言われてきた。先物等の市場が発達して、それが現物の取引よりはるかに大きなマネーゲームで価格が決定されるようになっている現在、ますます需要と供給による価格決定からは離れていると言えるであろう。
石油と言わずさんまに関しても、本当の需要と供給で適正な価格が決定されているわけではない。需要と供給という要素を加えたさまざまな要素の下で、人間の思考により価格は生み出されるものだ。それが適正とは限らないことは、豊漁でも貧乏になったりすることがしばしばおこることでも分るだろう。市場を過信することも、需要と供給を過信することも誤りであるのだ。(価格は単純な需要と供給の関係よりも、独占度もしくは競争度の影響の方が大きいかもしれない)
物の価格を決めることの最も重要なものは人間の心理だ。インフレに関してだけでなく、市場での価格決定に関しても言えるということだ。