大阪都構想の(大阪市民が享受する)メリットについて考えてみました。
住所記入の際、大阪を2回書かなくていい。(と思われる)
以上です。
以降は全てデメリットへの考察です。
彼の主張「無駄をなくす。」
1兆円予算が圧縮したとしましょう。執行予算が無くなればGDPは1兆円名目値で減ります。公共事業や公的資産形成という今や民間市場に於いて最も手堅い事業予算をなくす事で被る社会的損失は節約の数字が大きければ大きいほど甚大になります。また安定所得が保証されることにより安定的に支出できる公務員の絶対数を減らす事でそれらを当てにしていた事業者(不動産、飲食、小売り、サービス等)の損害も低く見積もるべきではありません(経済波及効果)。例えば庁舎移転で今まで繁華街だったところがゴーストタウンになる姿は様々な場所で見られてきたと思います。
誰かの支出は誰かの収入という経済の大原則を維新は理解しているのでしょうか。(おそらく理解できたから、前回の都構想議論で費用圧縮効果が4000億円から数億円になった事、予算の付け替えに過ぎなかった事を認めたのでしょう。)
維新に限らず政治的大勢力のやるべきことはその数を頼みに中央政府に予算を承認(通貨発行)させることです。IRだろうが地下鉄延伸だろうが事業内容は当該地域住民の責任においてやりたい事を決めればいい。でも予算は付け替えではなく新規通貨発行によって成されなければ、経済的不利益を強いられる者が必ず現れます。今回の件において明示的被害者は大阪市民という事になります。
逆に大阪市以外の大阪府下の市町村には今まで大阪市の発展の為に注がれていた予算が巡ってくるチャンスを手にします。他市町村での名目経済成長が延いては大阪市の現状以上の発展に帰結するのならそれは大阪市民にとってのメリットかも知れませんが誰も確証なんてできません。「いつか豊かにして上げるからあなたの給料の半分を私に下さい。」と言われて、はいそうですかと差し出す真の賢者はいないでしょう。
「一向に豊かにならないけどいつ豊かになるのですか?」
「いま頑張ってる最中なので待っていて下さい。」
「もうこんな事やめたいんですけど」
「解約や元に戻す決まりごとがないので出来ません。」
「・・・」
最初に記したメリットですが大抵の書類では大阪市から書き始めても不都合なかったので、大阪「市」から「府」へとむしろ画数が増えますね。
この国の衰退は官武一途庶民に至るまで拝金主義に洗脳され物事を金でしか判断できなくなった事がほぼ全ての原因と考察される。その原因の元となる財務省を緊縮脳に導くだけでこうも容易く一国を滅ぼす事ができるとは。
かつて幾度も起こさせた武力戦争は一時的に人類を疲弊へと追いやった。それはそれで愉快だがその後、決まって生産性向上の投資を招き、却って人類を繁栄や望まぬ喜びに導いてしまった。
しかしながら一方的な失敗とも言えず。戦争による破壊と疲弊はある程度の恐怖と思考停止を植え込むことが出来た。特に思考停止、これはいい。真理への到達は遥か彼方にあるとは言え、考える事を止めなければいずれは到達されてしまう。無限の時間を費やす事を厭わぬ者としては甚だ都合が悪い。
戦争を無条件に忌避する精神は都合がいい。何しろ今のレベルの人類にとって軍事と経済発展は表裏一体である。平和とは魔法の言葉である。平和を否定する者は思考停止に陥った大多数によって有無を言わさず断罪される。たった二文字の言葉でだ。笑いが止まらない。
あの者に近づけてはならない。
この国の経済はいわゆるデフレ状態にある。緊縮財政と重税の賜物である。文句は言わないで頂きたい。君たちが政治に求めた結果なのだから。庶民を見ろ。物価が安くなったと喜んでいたではないか。まぁ今となっては自分の所得も減って実質的な物価は上がっているようだがね。大丈夫、100円ショップの品々をまだまだ安いと思えてるんだろう?もうしばらくはそのままであり続けられるよ。10年?50年?100年?何年だって構わないさ。いずれこちらに到達してくれるのなら何年でも待っているよ。
そしてデフレ経済のなか存外にして効果的だったのが、格差拡大。持てる者と持たざる者の差を少し拡げるだけで、傾いた天秤が更に傾くが如く勝手にどんどんその差は広がっていく。持てる者には更なる褒美が与えられ、持たざる者からは希望すら奪っていく。度し難い事に人類はこれをシステム化した。つまりコントロール可能な状態とし、時として持たざる者が持てる者へと這い上がれるチャンスを持てる者の娯楽として与えた。自分達に歯向かわせぬよう、手なずけるように。当然全員にではない。才能豊かな者や強運な者、数万人数十万人に一人ほどにチャンスを与えた。これをアメリカンドリームと言うらしい。
夢を見るにも他人を足蹴にしなきゃならないなんて恐ろしい事をよくぞ思いついたものだ。いいぞ最高の娯楽だ。
ジワジワいくのがいい。人類には事を急いては仕損じるという良い言葉を教えて貰った。人ひとりの人生では気付けない程度にゆっくりといくのがいい。知恵を蓄積させぬよう変化を見破られてはいけない。時間はいくらでもある。
武力戦争では無理だが経済戦争でなら君たちを導ける。自由、平和、グローバル、自己責任、権利。本心を隠せる言葉という道具は本当に便利だ。こちらではそうもいかないので羨ましい限りだ。
私の目的は何だって?あの者の鼻を明かしたかった事もあった。今となってはもうどうでもいい。ただ楽しみたいだけだ。上を見てたらキリがない。下を見れば自分より愚かな者たちが羨望の眼差しでこちらを見つめてくる。庭先の池の鯉にエサを投げ入れた感じに似ている。手掴みにして握りつぶすなんて下品な趣味はとっくに飽きた。
君たちが自身の手で他人を陥れる策を講じ奔走する姿を見る事が何よりの眼福なのだ。ここまで手の内、胸の内を明かしたところで今の君たちにはどうする事もできない。あわや人類滅亡の大戦争でも起こして焼け野原からやり直すくらいでもしなけりゃ性根は変わらないね。でも君たちは死んだら一銭も身にならないという目の前の損得勘定を平和の美名に隠して武力戦争を忌避し続けるだろう。平和様様だ。
さぁ抗えるものなら抗ってごらん。