グローバリズムという美名?に隠れて甘い果実だけを全て収奪する一握りのジャイアニスト。彼らのおこぼれに群がる拝金主義者。それらをワケ知り顔で俯瞰し世を儚むニヒリスト。


 これが人類史。神や愛を否定してきた成れの果て。


 神とは究極の良心、愛とは対象を理解しようと働きかける事。人間はこの初期設定を忘れるだけで一つの星をこうまでグロテスクに塗り替えた。しかし宇宙や自然の深淵や造形美を理解できるのは人間だけ。


 忘れた事を思い出すために何千年も費やしてきた。アセンションだの次元上昇だのと嘯き、もうそろそろだという人もいる。神を愛せていないとしか言いようがない世界を見るにまだまだとしか思えない。


 愛をもって神を求めれば己の最奥と最遠が繋がっている事を思い出す。その時世界はどうなるかを見てみたい。


三橋貴明さん中野剛志さん等のお話は嘘を交える事無く事実だけを淡々と解説してくれるので嘘つきな経済評論家、経済学者、財務官僚、悪徳政治家と違って分かり易いですが、それでもお金とは債務と債権の記録であるとか金属主義ではなく表券主義であるなどと言われても今一つピンときませんし、金融財政政策のテクニックにもいちいち興味を持ってられないというのが普通の人のあり方だと思います。
 
中野さんは信用貨幣論を理解するのにイングランド銀行の季刊誌に掲載された 「ロビンソン・クルーソーとフライデーしかいない孤島」という小噺を引き合いに出され分かり易く解説してくれてますがそれでもお金の本質を理解するには何か足りないというか実感がない。
 
普通に生活する上で自分の財布の中のお金の信用は誰が担保してくれてるのかなんて気にしません。どうすればもっと多くのお金を得られるだろう儲かるだろうくらいしか考えないと思います。
 
ウォーレン・モズラーさんが名刺を使ってお金の本質を例える話はMMT(現代貨幣理論)を理解する上でとても分かり易いものです。本来MMT(現代貨幣理論)なる高尚な経済学の導入によく使われるお話です。数式や専門用語も一切なくお金の原理原則の大元の大元だけを表しているので拍子抜けするかもしれません。
 
名刺がお金に変わる瞬間とは?
 
ウォーレンさんには2人の子供がいました。彼は子供たちに家の仕事、家事を手伝わせる為にある報酬を与える事にしました。報酬とはウォーレンさんの名刺です。皿洗いをすれば名刺3枚、トイレ掃除をすれば5枚といった風にお手伝いの度に名刺を渡すのです。名刺には何の希少価値もありませんので外で売る事もできない至ってごく普通の名刺です。
 
もしあなたがウォーレンさんの子供ならどうでしょう。喜んでお手伝いしますか?幼い頃の筆者なら最初は物珍しさで手伝いもするでしょうがきっと途中で飽きてやらなくなるでしょう。名刺を貰ったところで何の役にも立たないからです。ウォーレンさんの子供たちもしかり、家事の手伝いをしようとはしませんでした。
 
そこでウォーレンさんは次のステップへと作戦を進めます。すると子供たちは渋々であれ自発的であれ、お手伝いを継続的にするようになりました。さて一体どういう作戦を展開したのでしょうか?
 
ウォーレンさんはこの家に住み続けたければ名刺を月末ごとに30枚提出しろと子供たちに命じたのです。
 
さて、この話から何が導き出せるでしょうか。
 
例えばMMT経済学の旗手ステファニー・ケルトン教授は名刺は回収する前にまず配らなければならない、スペンディングファースト(課税より支出が先)つまり税金は財源に成りえない事を第一に提唱しました。そしてウォーレンさんは必要であれば名刺を好きなだけ刷って手元に置いておけるので名刺(貨幣)不足に陥ることはない。帳簿を付ける時、刷った名刺はウォーレンさんにとっては負債となるがその負債がいくら増えたところで破綻しようがない。
 
筆者的にはこの話に国民経済の縮図をみました。国家の運営そのものです。政府支出の意味、徴税の意義、需要と供給、経済成長とGDP、投資と産業の発展、インフレ率、そもそもお金とは何なのかなどウォーレンさん一家を脳内でどんどん発展させていくと色んなことが腑に落ちていきます。
 
変わった見方だと、人の命を直接奪うわけでもないのに偽札の製造や行使がどうして重罪に類するのかって理由も本質的に理解できます。また誰が嘘つきで誰が虚勢を張っているのかも簡単に見抜けるようになります。
 
名刺がお金になるとは実は例え話ではなく本当にお金に化けてしまうという狸に化かされたようなお話だったのです。子育て世帯の親御さんは一度試してみてはいかがでしょうか。
 

 

 

人気ブログランキングへ

 

大阪都構想の(大阪市民が享受する)メリットについて考えてみました。

 

住所記入の際、大阪を2回書かなくていい。(と思われる)

以上です。

 

以降は全てデメリットへの考察です。

彼の主張「無駄をなくす。」

1兆円予算が圧縮したとしましょう。執行予算が無くなればGDPは1兆円名目値で減ります。公共事業や公的資産形成という今や民間市場に於いて最も手堅い事業予算をなくす事で被る社会的損失は節約の数字が大きければ大きいほど甚大になります。また安定所得が保証されることにより安定的に支出できる公務員の絶対数を減らす事でそれらを当てにしていた事業者(不動産、飲食、小売り、サービス等)の損害も低く見積もるべきではありません(経済波及効果)。例えば庁舎移転で今まで繁華街だったところがゴーストタウンになる姿は様々な場所で見られてきたと思います。

 

誰かの支出は誰かの収入という経済の大原則を維新は理解しているのでしょうか。(おそらく理解できたから、前回の都構想議論で費用圧縮効果が4000億円から数億円になった事、予算の付け替えに過ぎなかった事を認めたのでしょう。)

 

維新に限らず政治的大勢力のやるべきことはその数を頼みに中央政府に予算を承認(通貨発行)させることです。IRだろうが地下鉄延伸だろうが事業内容は当該地域住民の責任においてやりたい事を決めればいい。でも予算は付け替えではなく新規通貨発行によって成されなければ、経済的不利益を強いられる者が必ず現れます。今回の件において明示的被害者は大阪市民という事になります。

 

逆に大阪市以外の大阪府下の市町村には今まで大阪市の発展の為に注がれていた予算が巡ってくるチャンスを手にします。他市町村での名目経済成長が延いては大阪市の現状以上の発展に帰結するのならそれは大阪市民にとってのメリットかも知れませんが誰も確証なんてできません。「いつか豊かにして上げるからあなたの給料の半分を私に下さい。」と言われて、はいそうですかと差し出す真の賢者はいないでしょう。

 

「一向に豊かにならないけどいつ豊かになるのですか?」

「いま頑張ってる最中なので待っていて下さい。」

「もうこんな事やめたいんですけど」

「解約や元に戻す決まりごとがないので出来ません。」

「・・・」

 

最初に記したメリットですが大抵の書類では大阪市から書き始めても不都合なかったので、大阪「市」から「府」へとむしろ画数が増えますね。

 

 

人気ブログランキングへ