この国の衰退は官武一途庶民に至るまで拝金主義に洗脳され物事を金でしか判断できなくなった事がほぼ全ての原因と考察される。その原因の元となる財務省を緊縮脳に導くだけでこうも容易く一国を滅ぼす事ができるとは。

 

かつて幾度も起こさせた武力戦争は一時的に人類を疲弊へと追いやった。それはそれで愉快だがその後、決まって生産性向上の投資を招き、却って人類を繁栄や望まぬ喜びに導いてしまった。

 

しかしながら一方的な失敗とも言えず。戦争による破壊と疲弊はある程度の恐怖と思考停止を植え込むことが出来た。特に思考停止、これはいい。真理への到達は遥か彼方にあるとは言え、考える事を止めなければいずれは到達されてしまう。無限の時間を費やす事を厭わぬ者としては甚だ都合が悪い。

 

戦争を無条件に忌避する精神は都合がいい。何しろ今のレベルの人類にとって軍事と経済発展は表裏一体である。平和とは魔法の言葉である。平和を否定する者は思考停止に陥った大多数によって有無を言わさず断罪される。たった二文字の言葉でだ。笑いが止まらない。

 

あの者に近づけてはならない。

 

この国の経済はいわゆるデフレ状態にある。緊縮財政と重税の賜物である。文句は言わないで頂きたい。君たちが政治に求めた結果なのだから。庶民を見ろ。物価が安くなったと喜んでいたではないか。まぁ今となっては自分の所得も減って実質的な物価は上がっているようだがね。大丈夫、100円ショップの品々をまだまだ安いと思えてるんだろう?もうしばらくはそのままであり続けられるよ。10年?50年?100年?何年だって構わないさ。いずれこちらに到達してくれるのなら何年でも待っているよ。

 

そしてデフレ経済のなか存外にして効果的だったのが、格差拡大。持てる者と持たざる者の差を少し拡げるだけで、傾いた天秤が更に傾くが如く勝手にどんどんその差は広がっていく。持てる者には更なる褒美が与えられ、持たざる者からは希望すら奪っていく。度し難い事に人類はこれをシステム化した。つまりコントロール可能な状態とし、時として持たざる者が持てる者へと這い上がれるチャンスを持てる者の娯楽として与えた。自分達に歯向かわせぬよう、手なずけるように。当然全員にではない。才能豊かな者や強運な者、数万人数十万人に一人ほどにチャンスを与えた。これをアメリカンドリームと言うらしい。

 

夢を見るにも他人を足蹴にしなきゃならないなんて恐ろしい事をよくぞ思いついたものだ。いいぞ最高の娯楽だ。

 

ジワジワいくのがいい。人類には事を急いては仕損じるという良い言葉を教えて貰った。人ひとりの人生では気付けない程度にゆっくりといくのがいい。知恵を蓄積させぬよう変化を見破られてはいけない。時間はいくらでもある。

 

武力戦争では無理だが経済戦争でなら君たちを導ける。自由、平和、グローバル、自己責任、権利。本心を隠せる言葉という道具は本当に便利だ。こちらではそうもいかないので羨ましい限りだ。

 

私の目的は何だって?あの者の鼻を明かしたかった事もあった。今となってはもうどうでもいい。ただ楽しみたいだけだ。上を見てたらキリがない。下を見れば自分より愚かな者たちが羨望の眼差しでこちらを見つめてくる。庭先の池の鯉にエサを投げ入れた感じに似ている。手掴みにして握りつぶすなんて下品な趣味はとっくに飽きた。

 

君たちが自身の手で他人を陥れる策を講じ奔走する姿を見る事が何よりの眼福なのだ。ここまで手の内、胸の内を明かしたところで今の君たちにはどうする事もできない。あわや人類滅亡の大戦争でも起こして焼け野原からやり直すくらいでもしなけりゃ性根は変わらないね。でも君たちは死んだら一銭も身にならないという目の前の損得勘定を平和の美名に隠して武力戦争を忌避し続けるだろう。平和様様だ。

 

さぁ抗えるものなら抗ってごらん。

 

 

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・人は天に通ずる正義、即ち善とは何かを求める生き物でもあります。自然や科学などへの飽くなき探求心が良い例えです。

・憲法第一九条思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。日本於いても保障されているようにこれは世界の共通理念でもあります。


・人は往々にして己の正義こそが善であると思い違いをし、個に過ぎない価値観を他人に押し付けようとします。

・イズム、主義というのは個における正義や価値観と同質であり、天に通ずる正義すなわち善と呼ばれるものではありません。

・正義と良心の違いとは善への探求に対し謙虚にアップデートを行う努力を続けるか否かにあります。

・良心に従って生きようという己の意思だけが唯一のポイントとなります。

・他人の正義と良心の違いを判別する事は不可能です。

・社会は人が善を求める生き物であるとみなして社会を構成しているのです。

・社会(神や仏、貴方自身、国教、信教、風土、伝統、コミュニティ、常識などなど)は貴方が自分や誰かの正義ではなく己の良心に従って生きていくと信用しているのです。

・ここに並べた言葉は試練でもあり祝福でもあります。正義に拘るのなら試練となり、良心に生きるのであれば寿ぎとなります。

・どちらを選択しようと自身の成長が止まる事はありません。

・今年も皆様にとって実り多き一年になる事をお祈り申し上げます。


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今日の私たちはかつての天動説から地動説に科学的概念を更新されたに等しい、あるいはそれ以上に重大な人類史に最も影響を与えるであろう転換点にいます。

 

現代貨幣理論(MMT)と呼ばれるものを科学的概念として人類が共有できるかどうかで今後の人類史は大きく変わります。明日の皆さんの生活も含め、地球文明の未来が掛かっています。何しろ話題が世界的ですからね。乗るしかないでしょ!このビッグウェーブに。

 

MMTとは何ぞやという所ですが、詳しくは三橋貴明さんのブログやチャンネル桜の経済討論番組、藤井聡さん監修メルマガである令和ピボットニュース、最近の書籍だと中野剛志さんの「目からウロコがおちる奇跡の経済教室」が非常に分かりやすかったです。ただし大学などで経済学を真剣に学び優秀な成績を修め、それを自身のアイデンティティにされてる方にとっては非常に難解で生理的嫌悪感をもよおす恐れがありますので癇癪を起さない様お気を付けください。

 

筆者なりに学んだMMTと実務上の経済政策手順を併せて考えてみますととんでもない事実を理解するに至りました。

 

社会保障、安全保障、医療保障、インフラ整備、科学技術投資、教育などなどに私たちの税金は一円たりとも使われていなかった!と言われたら驚きませんか?極論だけど曲論ではありません。どういうことかこれから説明いたします。

 

その前に誰かの支出(負債)は誰かの収入(資産)や、通貨発行権を有する中央政府が自国通貨建て負債で債務不履行なることは無いといった経済学の基礎の基礎のところは理解しておいてください。

 

-ここからしばらくは読み飛ばして構いません-

政府は毎年次年度の予算を国会で組みます。例えば令和元年度(平成31年4月から令和2年3月分)の予算は平成30年度末(平成31年3月末)までに組み立てます。で、予算が決まれば執行するわけですがその予算ってどこから来るのでしょう。昨年の税収ですか?でもそれっておかしくないですか?

 

当年度の予算の最大枠が昨年度の税収だとしたら、税額が決まるのは2019年3月です。予算を決めるのは2018年6月頃~2019年3月末です。2019年3月末ぎりぎりで確定申告の決算が完了し、予算案の議決も毎年3月末日に決済が下せるのでしょうか。一円たりとも誤魔化してはならない国民の血税や予算がまさか毎年3月31日の日付変更間際に過不足なく見事に落とし込まれているのでしょうか。そうだとしたら政治家も官僚も超天才集団です。

-読み飛ばし終了-

 

①国会で予算案を決定します。②政府は予算案に従い予算分の財務省証券を発行し、日銀に引き受けさせ通貨を発行します。③発行された通貨は政府小切手を通じて民間(企業や家計)の貨幣貯蓄になります。④民間に渡った貨幣の一部が所得税や法人税、消費税などで徴税されます。

 

この部分ではっと気づかれた方は現代貨幣理論マスターです、現代のコペルニクスです。一見何でもないカラクリを見究めた時、天動説から地動説へと科学的知見がシフトし二度と天動説には戻れなくなるが如きショックを受ける事になります。パラダイムシフトが起きるかもしれないという今でしか味わえない感動ですので新鮮なうちにお召し上がりください。

 

①~②の過程において、予算案確定から予算執行までのプロセスに我々の税金は全く関与していません。もう一度上記を読み返してください。政府は予算案に対し財務省証券を発行し、日銀から通貨を手にしています。当年度予算が100兆円だとしたら100兆円の財務省証券を発行し日銀に引き受けさせ政府預金に100兆円振り込まれるのです。これだとタイムラグが発生しても秒単位の話です。

 

昨年度の税収が100兆円だから100兆円政府預金に振り込まれるのではありませんし、本年度の予測税収が100兆円だから100兆円の財務省証券を発行するのでもありません。ましてや我々の預金口座から100兆円を毟り取っている訳でも借りている訳でもありません。

 

予算が100兆円だから、100兆円の財務省証券を発行し、日本銀行に100兆円分の財務省証券という借用証書を渡して100兆円の日本円通貨を政府が日銀から借り受けているのです。日銀は政府預金口座に100兆円入金操作するだけです。誰からもどこからも調達していません。これを万年筆マネーと言います。三橋さんのブログなどを読むと理解しやすいですが、我々が銀行で借金をするときも銀行は通帳データに貸出金額を書き込むだけです。誰の預金の数字も減りません。

 

そして予算が消化された後、諸政策の結果として税収額が確定します。これをスペンディングファーストと言います。そして我々が身を削って納められた本年度予算から周回遅れで回収された税金はどうなるのでしょう。平成30年度で言えば59兆円の税収ですが、当年度に発行された財務省証券の回収つまり借金の返済に全額充てられます。

 

社会保障費だの教育だのインフラ整備だの科学技術投資だのといった予算は皆さんから税金で徴収する年度末よりずっと前の年度初めに「無」から生み出されて支払われているのです。「無」から自在に生み出せるお金が足りないという理由で我々は使われもしない税金に苦しめられ、社会保障を削られ、自然災害に怯え、貧困にあえぎ、時として自らの人生を自らの手で終わらせているのです。

 

それでは税金の存在意義って何なのでしょう。その回答については中野剛志さんの「目からウロコがおちる奇跡の経済教室」をご一読下さい。


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