小学生に英語を教えるときに最も気を付けていることは,ズバリ発音です。中でも,アメリカ人の発音で話すように意識しています。中学生や高校生はどうしても読解や文法に重きを置きがちですが,その分,小学生には発音をしっかり指導しています。
今日の授業は小学6年生の児童英語2年目クラスでした。2年目の英語なので,初見の単語であっても,子供たちはほぼ正しく発音できるようになりました。そんな中,本日新出の単語puddingについて,puddingは/púdinŋ(プディング)/と発音するのに,どうして日本語では「プリン」と言うのか?という質問があったので,今日はそのあたりを深く解説してみます。
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日本語の/t/と/d/の発音と/r/の発音
・まずは日本語で/t/と/d/の確認です。
タ行を全て/t/で発音すると「タ・ティ・トゥ・テ・ト」です。ダ行も同じく「ダ・ディ・ドゥ・デ・ド」となります。
実際に声に出して「タ・ティ・トゥ・テ・ト」「ダ・ディ・ドゥ・デ・ド」と連呼してみましょう。
そのとき,口の中はどうなっていますか?
/t/と/d/を発すると,口の中では舌先が歯の裏のある特定の場所に当たることが分かります。
それを息だけで(無声音として)発すれば/t/,喉を震わせて(有声音として)発すれば/d/です。

・このように舌先が歯の裏に当たる音は,他にもラ行(とナ行)があります。
今度も,実際に声に出して「ラ・リ・ル・レ・ロ」と言ってみましょう。
ほら,口の中で舌先が歯の裏側(正確には歯茎の裏)に当たっていますよね?
つまり,タ行・ダ行とラ行は, 実際には全然違って聞こえますが,口の中では似た者同士なのです。
・日本語の場合,タ行・ダ行をラ行にすると,漫画の酔っ払いのセリフのようになります。
舌足らずにも聞こえます。鈴木福君の話し方に似ているかもしれません。

・この/r/は〈はじき音〉と呼ばれる種類に分類される音で,一般に[ɾ](記号:釣針のr)で表します。
(/t/と/n/の関係については,また別の記事で解説します。)
英語の/t/と/d/の発音
・次は,英語の/t/と/d/の確認です。
英語の/t/と/d/は,舌先を歯の裏ではなく歯茎の裏に当てて発音します。
つまり,日本語のラ行の音[ɾ]と(ほぼ)同じ位置に当てて発音するのです!
だから,英語の/t/と/d/は,日本語の/t/と/d/と比べても,より[ɾ]に近いと言えます。
←日本語の/t/と/d/とは舌先の位置が違う!
/t/の有声化=はじき音化
・アメリカ英語では,本来無声音である/t/が,ときどき有声化します。いわゆる〈有声のt〉です。
そして,その有声のtの正体(のほとんど)が,上で見たはじき音[ɾ]なのです。
・有声のtが現れるのは,主に次の場合です。
① tが強い母音と弱い母音で挟まれる
beautiful /bjúːtəfl(ビューティふる)/→[bjúːɾəfl(ビューリふる)]
pretty /príti(プリティ)/→[príɾi(プリリ)]
② 語尾が/tl(トる)/で終わる(tが[ɫ](暗いL,記号:ティルデ付きのl)の直前にある)
→[ɫ]は,/l(る)/というより,むしろ「ウ」のつもりで発音するとよい。
little /lítl(りトる→りトゥー)/→[líɾɫ(りロゥー)]
title /táitl(タイトる→タイトゥー)/→[táiɾɫ(タイロゥー)]
③ tが弱い母音に挟まれる
ability /əbíləti(アビりティ)/→[əbíləɾi(アビりリ)]
kilometer /kilɑˈmətər(キらメター)/→[kilɑˈməɾər(キらメラー)]
/d/のはじき音化
・有声のtが現れる位置に/d/があると,/d/もはじき音[ɾ]で発音されることがあります。
ready /rédi(レディ)/→[réɾi(レリ)]
middle /mídl(ミドる→ミドゥー)/→[míɾɫ(ミロゥー)]
ambassador /æmbǽsədər(アムバサダー)/→[æmbǽsəɾər(アムバサラー)]
・次のような語は,結果として発音上の区別がなくなります。
latter /lǽtər(らター)/ ladder /lǽdər(らダー)/ →どちらも[lǽɾər(らラー)]
putting /pútinŋ(プティング)/ pudding /púdinŋ(プディング)/ どちらも/púɾinŋ(プリング)/
《まとめ》
・英語の/t/と/d/は,日本語のラ行の音[ɾ]で発音することがある!
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小学生の英語の授業では発音に細心の注意を払っています。もちろん,相手が中学生であっても高校生であっても,“正しい発音”での授業は当然です。ただ,読解や文法にも重きを置く中学生や高校生クラスと違い,小学生クラスの授業はむしろ日常会話力が中心になってくるので,“正しい発音”は読解や文法に優先すべきポイントになってきます。
英語の発音は漢字の筆順に似ているところがあります。指導者が新出漢字を誤った筆順で教えてしまうと,子供たちは教わった通り,誤った筆順でそれを覚えてしまいます。英語の発音も,最初に“正しい発音”から入らなければ,子供たちに誤った発音を定着させることになってしまいます。そうならないためにも,特に日本語にない母音や子音の発音に気を付けて,「アメリカ人の発音」で話さないといけないと考えています。
ところで,英語は世界中で話されている言語です。日本という1つの国でしか話されていない日本語でさえ,地方によって様々な方言や訛りがあるように,英語にもまず国単位での方言があり,1つ1つの国内でもまた地方別の方言があります。実際に聞いてみると,アメリカ人の英語とイギリス人の英語とオーストラリア人の英語はみんな微妙に(時に大きく)違います。同じアメリカ人でも,北部のウィスコンシン州と南部のテキサス州ではやはり訛りが違います。これほど広く地域差がある英語ですが,意外にもいわゆる“標準語”というものがありません。ある意味では,それが当然かもしれません。どれも等しく英語です。
その点で,“正しい発音”も,何をもって“正しい”とするかは難しいところです。ただ,我々日本人の日常生活の中にあふれている英語を見てみると,映画やドラマにしても音楽にしても,そのほとんどがアメリカ英語だと気づきます。もちろん, 中には『ハリー・ポッター』や『ラブ・アクチュアリー』など,イギリス英語の有名作品もありますが。しかし,おそらく今後子供たちが触れる機会の最も多いであろうアメリカ英語を,ここで言う“正しい英語”として扱うことは,特に問題視されるものではないように思います。
一言に「アメリカ人の発音」と表すのは少々乱暴ですが,授業で指導しているものは,一般に「一般米語(General American=GA)」と呼ばれる発音です。これは,正確に“標準語”として定められたものがない英語において,放送網英語ないし放送網標準語として扱われるもので,全米的な標準語になりつつある英語です。「放送」からも分かるように,テレビの普及に伴い全米に広まったもので,視聴者が理解しやすい,地域差の少ない非常に均質的な英語だとされています。そのため,一般米語は日本人にとっても最も学習しやすく,また同時に教育的価値も大きい“正しい英語”だと言えます。しかしながら,このような英語の舞台裏を小学生が理解する必要はないでしょうから,授業では単に「アメリカ人の発音」としています。
そのような「アメリカ人の発音」の特徴の1つが,上で見た〈はじき音〉です。
アメリカ人はよく,/t/や/d/の発音を[ɾ]で発音する傾向があります。本来は/púdinŋ/と発音されるべきpuddingが「プリン」に聞こえるのはこのためですが,これは何も1つの語中でのみ起こる現象ではありません。他の語との結合でも起きることもあります。最近の「アナ雪現象」に代表される『レリゴー』も,もとを正せば『Let It Go』です。Letの/t/が[ɾ]と発音されると,続くItの/i/と連続して「リ」となってしまう(さらに,Itの/t/は後述のとおり削除される)ので,「レリゴー」と聞こえるわけです。
アメリカ英語では他に,発音をしなかったり(脱落・削除),つなげて発音したり(同化)するという特徴も見られます。exactlyは/igzǽk(t)li/のように/t/を読まずに発音することがありますし,don't knowも/dòun(t)nóu/のように/t/を読まずに発音することの方が圧倒的に多いです。Did you?であれば,2語をつなげて/dídʒuː/と発音するアメリカ人がたくさんいます。このように,アメリカ英語は,イギリス英語と比べても,音そのものが柔軟だという特徴を持っています。『名探偵コナン』に,ネイティブの前で「知らんぷり」と言えば,彼らにはそれが“Sit down, please.”(どうぞ,座ってください。)に聞こえて,一同が見事に座ってしまうという場面がありました。ネイティブが本当にそう聞こえるかどうかは置いておくとして,これもSitの/t/を削除し,downのdを[ɾ]と発音し,pleaseの/z/を削除して読めば,「知らんぷり」のように聞こえるというわけです。
もっとも,日本語の「い抜き言葉」や「ら抜き言葉」に代表されるような“言葉の乱れ”と同じようなところがあって,これには,どこまでがアメリカ英語の“特徴”でどこからが“非標準”かという,微妙な問題も含まれます。しかしながら,英語も現に生きている言語の1つなので,こういった点もまた理解の対象とされて然るべきでしょう。ある程度学年が進めば,こういったことも身に付けるべき“正しい英語”の一部分だと思います。