今日の小学6年生の国語の授業では,4月から中学校で習う英語に先んじて,ローマ字の復習をしました。ローマ字は,現行の指導要領から小学3年生で初めて習うことになりましたが(以前は4年生),英語でのローマ字表記はヘボン式が原則ですので,この時期にヘボン式を予習・復習し,理解しておくことはとても意義のあることだと考えています。
今日の授業でも,やはりヘボン式をマスターしている生徒がほぼ皆無に近かった状態ですので,ここにヘボン式をまとめておきます。
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【ヘボン式ローマ字表】
黄色のマスの文字は,小学校で学習したローマ字(訓令式)での表し方と異なるものです。
覚えるときには特に気を付けておきましょう!
明日の記事では,英語的な観点から,「ヘボン式表記のなぜ?」を解説してみます。
ローマ字表記のルール
(※)ここでの“ルール”とは,中学校英語で一般に指導されている内容を指すものとします。
■注意事項1■
固有名詞(人名や地名など)…最初の文字(頭文字)だけを大文字で表す
Tanaka(田中) Suzuki(鈴木) Kenta(健太) Kumiko(久美子)
Kinki(近畿) Nara(奈良) Shiga(滋賀)
(注意)氏名や複合語は,氏と名,語と語の間を空けて,それぞれの最初の文字を大文字にする
Tokugawa Ieyasu(徳川家康)〔近年は日本人名を日本式の順(氏→名)で表す傾向にあります〕
Nippon Ginko(日本銀行) Asahi Shimbun(朝日新聞)
■注意事項2■
長音(伸ばす音)
…ローマ字では表さない(hやrで表したり,「^」「-」の記号を付けたりはしない)
Tokyo(東京)〔とうきょう→とーきょー→ときょ〕 ←Kyoto(京都)と読み間違えないように!
Osaka(大阪)〔おおさか→おーさか→おさか〕
Kyushu(九州)〔きゅうしゅう→きゅーしゅー→きゅしゅ〕
tofu(豆腐)〔とうふ→とーふ→とふ〕
sumo(相撲)〔すもう→すもー→すも〕
judo(柔道)〔じゅうどう→じゅーどー→じゅど〕
(注意)「い」で伸びる場合はきちんと表す
Fujii Fumiya(藤井フミヤ)〔ふじい(×→ふじー→ふじ)〕
Heisei(平成)〔へいせい(×→へーせー→へせ)〕
Niigata(新潟)〔にいがた(×→にーがた→にがた)〕
shiitake(しいたけ)〔しいたけ(×→しーたけ→したけ)〕
■注意事項3■
撥音(「ん」)…通常はnで表すが,b,m,pの前の「ん」だけはmで表す
・普通の「ん」(n)
shinkansen(新幹線) manga(マンガ) ninja(忍者) bonsai(盆栽) oden(おでん)
・b,m,pの前の「ん」(m)
Namba(難波) kombu(昆布) tombo(トンボ)
Uehommachi(上本町) gammodoki(がんもどき) samma(サンマ)
tempura(天ぷら) kimpira(きんぴら) sampo(散歩)
(注意)群馬県は,県的には公式にGunma表記をとっているが,パスポートではGumma(実際は全て大文字でGUMMA)と印字される
■注意事項4■
促音(「っ」)…次に来る文字を重ねる(2つ書く)
Hokkaido(北海道)〔ほっかいどう→ほっかいどー→ほっかいど〕 Tottori(鳥取)
natto(納豆)〔なっとう→なっとー→なっと〕 happi(はっぴ)
(例外)「っ」の後にchが続く場合はtchとする
Etchu(越中)〔えっちゅう→えっちゅー→えっちゅ〕
Botchan(坊っちゃん):夏目漱石の『坊っちゃん』。書名は固有名詞だから,頭文字は大文字!
matcha(抹茶)
ヘボン式と訓令式の違い
◎文字
「し」「ち」「ふ」などは,上の表で黄色のマスで示した表記を用いる
◎記号
ヘボン式では特別な記号は用いない
・長音…母音(a,i,u,e,o)の上に「^」「-」は付けない
・撥音n(「ん」)とナ行nの区別…ヘボン式では「'」は付けない
Kudo Shinichi(工藤新一)
→「クド シニチ」とも読めるので,小学校(訓令式)では次のように表すと習う(中学校では×)
Kudô〔oの上に「^」を付ける〕 Shin'ichi(Sin'iti)〔nとiを「'」で区切る〕
文字入力との違い
◎撥音(「ん」)
キーボードではnnとタイプすることがあるが,文字表記では「ん」をnnで表すことはない!
◎促音(「っ」)・拗音(「ゃ」,「ゅ」,「ょ」)・その他の捨て仮名など
キーボードでは「x+文字」「l(L)+文字」で小書き文字を入力することができるが,文字表記ではxやlは用いることはない!
パスポートにおける氏名のローマ字表記
ヘボン式で表すように決められている(旅券法施行規則第五条第2項)
(※)実際には全て大文字で印字されますが,ここでは頭文字だけを大文字で表しておきます。
(許容)rをlで表したり,長音をh,o,uで表したりもできなくはない(非ヘボン式表記)
Shimizu Shota(清水翔太)→Shimizu Shohta,Shimizu Shoutaでも可
Ono Satoshi(大野智)→Ohno Satoshi,Oono Satoshiでも可
Amami Yuki(天海祐希)→Amami Yuukiでも可
(注意)外国人風な名前であっても英語表記は認められない
Yabuki Jo(矢吹丈)→Yabuki Joeは不可 〔Yabuki JohやYabuki Jouは可〕
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現在,日本で体系的に用いられているローマ字は,大きく2種類に分けることができます。
1つは,田中舘愛橘により提唱された「日本式」を,さらに改変して作った「訓令式」(『ローマ字のつづり方』内閣訓令第1号ならびに内閣告示第1号の第1表)。そして,もう1つが,幕末にアメリカ人のジェームス・カーティス・ヘボン(James Curtis Hepburn)により考案され,現在の日本で幅広く用いられている「ヘボン式」です。
一言でローマ字と言っても,実は2種類もあるなんて,これはちょっとした問題です。現に,小学校では前者を,中学校では後者を教えているくらいですから,そのどちらを学校で教えるべきかはいまだに論争が続いているところです。訓令式とヘボン式,一体何がどう違うのでしょうか。
そもそも,先に世に登場したのは,ヘボン式でした。これは前述のヘボンが『和英語林集成』を著した際に誕生したものです。
周知の通り,ローマ字はアルファベット(ラテン文字)で表すわけですが,同じアルファベットでも言語が異なればその発音は微妙に(時に大きく)変わることがあります。hotel(ホテル)という単語が,英語では/houtél(ホウテる)/と読まれるのに対し,hの音を発音しないスペイン語では/ótel(オテる)/と読まれます。hの発音の有無だけでなく,oを/ou(オウ)/と読むか/o(オ)/と読むかも違います。同じ漢字なのに,日本語と中国語では読み方が違うことにも似ています。(ちなみに,スペイン語系の人は,サッカーの本田(Honda)選手や長谷部(Hasebe)選手のことを,「オンダ」「アセベ」のようにhを発音しないで呼んでいます。)
ところで,日本人にはどちらも「シー」と聞こえる英単語sea(海)とshe(彼女は)ですが,実際にはこれら2者の発音は全くの別物です。seaはむしろ/síː(スィー)/と発音され,sheだけを/ʃíː(シー)/と発音します。アルファベットのCやsee(見える)もsea同様に/síː/です。これは,英語では/s/(「ス」の音)をsで表し,/ʃ/(「シ」の音,記号:エッシュ)をshで綴ることにも繋がります。たいていの日本人は,サ行は全て同じ“「サ」シリーズの音”だと思い込んでいますが,実際には「シ」だけが別の発声です。そうでなければ,サ行を音読すると「サ・スィ・ス・セ・ソ」となってしまいます。同様に,タ行で現れる/ʧ/(「チ」の音)や/ʦ/(「ツ」の音)も,他の“「タ」シリーズの音”とは異質です。もし同じ音であるならば,タ行は「タ・ティ・トゥ・テ・ト」と読まれているはずです。そして,その違いが,英語話者によってルール化されたヘボン式には明確に表れているわけです。
その点で,ヘボン式ローマ字は,日本語を“英語式”に置き換えたものだと言えるでしょう。ヘボン式で「し」がsi,「ち」がti,「つ」がtuでないのは,ヘボンが日本語の“読み”を“英語式”にアルファベット化したからです。「天ぷら」がtenpuraではなくtempuraと表されるのも同じ理由です。だからこそ,中学校の英語の授業で指導されるローマ字は,より英語表記に近いヘボン式なのでしょう。
いずれにせよ,日本人が漢字の読みを平仮名や片仮名で表すように,ローマ字の登場により,日本語の読みはアルファベットで表すことができ,外国人でも日本語(の読み)が読めるようになったわけです。つまり,ヘボン式ローマ字は“英語風の振り仮名”のようなものなのです。
一方で,日本語を言語体系も発音も何もかもが違う“英語式”に当てはめる手法には,少なくない人が抵抗を覚えました。上で見たように,同じ行の音でありながら一部では例外を作ることになり,表記法として一貫性がないからです。現に,小学校でヘボン式を習ってこなかった子供たちが中学校でヘボン式を学習する際にぶつかる壁が,shiやmなどヘボン式特有の表記です。
そんな中,田中舘愛橘が提唱した日本式ローマ字は,50音表を忠実に表したものだと言えます。例えば,kaの場合,これは〈k(カ行)のa(ア段)〉,すなわち「か」であることを意味します。同様に,tuも,〈t(タ行)のu(ウ段)〉ということになり,「つ」を表したものだと分かります。woは「を」,diは「づ」というわけです。言うなれば“50音式”です。こうして,全ての日本語の文字をローマ字で書き表すことができるようになりました。50音表で平仮名や片仮名を学んだ日本人にとっては,“50音式”の方が理解も容易です。
さらに,これを基に作られた訓令式ローマ字では,50音表の中で同じ音を持つ文字をどちらか一方のローマ字で統一させています。つまり,「お」も「を」も同じ音(告示の中では「重出」という表現)なので,両方ともoで表すわけです。「ぢ」「づ」も「じ」「ず」と同じ音ですから,zi,zuとします。また同時に,もはや使われることのなくなった「ゐ」(wi)と「ゑ」(we)も,重出としてi,eとなりました。
ところが,この訓令式を度外視してヘボン式を世に広めた組織があります。それが,戦後日本にポツダム宣言の執行のために設置されたGHQです。各市町村名などをヘボン式で表示するように指示したり,アメリカ教育使節団が日本語は漢字が多すぎて習得が困難だから全てローマ字にしてしまおうなどと提言したりして,ある種“ヘボン式ブーム”が到来します。その結果,1954年,従来の訓令に「国際的関係その他従来の慣例をにわかに改めがたい事情にある場合に限り」という条件付きで,ヘボン式の表記も認められるようになりました。これが現在も適用されている告示です。(余談ですが,山手線が「やまてせん」と読まれるきっかけも,このときの指示に従って,併記するローマ字をYAMATEと振ってしまったことによります。)
要するに,ヘボン式は“英語式”であり,訓令式は“50音式”だということです。それ故に,教育現場での〈国語では訓令式,英語ではヘボン式〉という構図に発展していったのだと思います。世の中的にはヘボン式が優勢で,訓令式なんか初めから習わなくてもいいようにも思えます。特に子供たちは安易にそういった発想に飛びつきがちです。しかし,学問の上では,必ずしもそうとは言えません。
訓令式は,音韻学的見地から見ても,意義のある表記法です。例えば,有名な回文の「竹藪焼けた」の逆は,音声的には「タケヤブヤケタ」ではなく「アテカユバイェカトゥ(atekayubayekat)」。「世の中ね,顔かお金かなのよ」も,逆から読めば「オヨナナケナコアコアケナカノノィ(oyonanakenakoakoakenakanonoy)」となります。仮名は音節文字なので,なかなか音素に意識が向きませんが,ローマ字(特に訓令式)であれば,多くの場合においてそれが〈子音+母音〉で構成されていることに気づけます。これは,shiやchiなどで子音を2文字で表しうるヘボン式や,「を」を発音されないwを用いて表記する日本式では,説明が難しい領域です。ヘボン式よりも訓令式が優れている一例でしょう(もっとも,訓令式でも拗音を無視した場合に限りますが)。子音と母音についての理解が深まれば,日本人が「テキスト(tékisuto)」と発音しがちなtextも,正しくは/tékst/と読むのだという理解に繋がるきっかけにもなるでしょう。
ヘボン式だろうが訓令式だろうが,そんなことは子供たちにとってはどうでもいいことかもしれません。しかし,そこで有益な理解に繋げられるか無益な混乱を生むだけかは案外紙一重のようなもので,実は全て教える側の技量にかかっているのだと思います。
