新たな出発、門出を迎えられた皆様、これからの期待と不安で気持ちが交錯しているのでしょうか?!
「案ずるより産むが易し」ということわざがありますが、それは今私が一番目標としていることわざです。

私は本当ならこの4月から新社会人の仲間入りをしている予定でした。
しかし、諸事情で一年間大学に行けなかったので、卒業が一年遅れました。

しばらく学生とはかけ離れた生活を送っていたので、勉強についていけない状態になっているので、不安でいっぱいです。もちろん、知っている人もいません。
でも、できる範囲で努力して頑張ろうと思ってます。

時間に余裕があるのもこの一年のうちだけなので、美術館、演劇、ミュージカル、コンサート等の芸術にも触れて、感性を磨きたいとも考えています。

「友達がいない大学生だって大学生活は楽しめるんだ!!」と言えるものにできるよう、内面と外見磨きを行って行きます(^.^)

こんな私を応募して下さる方がいらっしゃれば嬉しく思います(>_<)
前の記事で、私は人を批判しました。買いだめをしている方々も節電を心がけ、東京電力の皆様は計画停電で協力し、義援金や支援物資を寄付したりしているんですよね。

そういった努力に背景があるにもかかわらず、私の思った感情をただ書きなぐってしまいました。前の記事は少し上から目線の誹謗中傷になりすぎたかもしれないと思い、反省しています。

私はいつもそうですが、悪い癖があります。それは、「人の悪いところ」を発見してしまうことです。
人には良いところ、悪いところどっちもあります。なんでですかね…。昔から人の欠点ばかり見つけてしまうんです。私は何様のつもりなんでしょうか…。そして、私は正義感が強くて道徳観に反した言動をいる人を見ると、その人に対して失望し、幻滅してしまいます。だけど、一言の言葉と行動が足りなくて、いつも勘違いされてしまうんです…。

よくコメントをしてくださる方が「人の意見を見たり、聞いたりして、違ったところは自分のプラスになるように取り入れよう!」というメッセージを下さったんです。

この言葉を聞いてハッとしました。私が今一番足りていないところ=素直になること☆柔軟になること☆なんです。その方が、私にプラスになる必要な要素を指摘してくれたことを素直に受け止めていかないと私は成長できないままなので、明日から努力していこうと思っています。
この度、東日本大震災で被災された方々、お亡くなりになられた皆様に、心からお見舞いとお悔やみを申し上げます。

地震発生から一週間。
毎日テレビに写る被災地の状況を見て、津波の猛威に身震いし、被災者の皆様の悲痛な叫びや悲しみにただただ涙を流して見ておりました。

日本に住んでいる限り、自然災害はいつどこで起きてもおかしくありません。1000年に一度の大震災と言われる程の大震災ですから、被災地ではない方々も我が身が心配で買いだめに走っているようですが…

私は買いだめに走っている被災地域ではない方々を見るたび、「人間のエゴや愚かさ」を感じています。
燃料、水、食料がなくなるかもしれないという不安から必要以上に買い込んで、「しばらくはこれで安心だ」などと安堵している方、その一方、今本当に買いたい方々が買えないという状況。
こんな状況を被災地の皆さんが見たらどう思うか考えないのでしょうか?!救援物質を満足に貰えず、これからの生活の不安、病気、体調不安、精神的ストレス等を抱えている皆さんから見たら、震災の悲しみと、被災地域ではない人間の利己的な行動を知り、二重悲しいと思いますよ。私達が今すべきことは買いだめですか?

買いだめをしているのは一部の方々だと思いますが、そういった姿は次世代を担っていく若者、子供も影響を受けて、そのような自己中心的な姿を真似していくのではないか↓と私は心配です。
今、一番すべきことは、ライフラインの復旧、食料、燃料、医薬品、女性の衛生品、ミルク、オムツを被災地の皆さんに届けること。義援金を贈ること。節電をすること。介護施設や病院に関係者を派遣すること等のことももちろんです。ほとんどのことは被災地域の公務員、自衛隊、ボランティアのみなさんに委ねることになります。

被災地の皆さんの心に負った傷は私達には計りしれない程深いもので、一生抱えて生きていかかれるんですよ!…。
買い込みをされている方々は「☆相手の気持ちに寄り添うことのできる優しい気持ちや心遣いが足りていないのではないでしょうか…」そういった気持ちがあれば、日本経済を回すためだとか、自分の地域から様々なものがなくなる心配があるから等の理由をつけて、買いだめに走ることはないですよね。
こんな心の貧しい人々は絶対自分が経験しないと相手の気持ちを理解できないと思うので何も言えないです↓↓