95 村上トライアスロンT | 今日もTシャツ@TEXAS

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コレクションのTシャツのリスト作りも兼ねて毎日1枚づつにスポットをあてて掲載。Tシャツ掲載終了後はピンズのコレクションへと移行、続いて「貯まってしまったこんなもの」を掲載しつつ、日々の呟きを。→ほぼTシャツブログに戻りました。基本ランニング関連です。

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95年の本日9月10日、村上国際トライアスロンの参加Tシャツ。
4月15日に前年の参加シャツを載せているが、ほぼ同じデザイン。背中のトライアスロンの小さな文字もなくなり、更にトライアスロン大会のシャツだとわかりにくいデザインで、残念。

この前年の94年のこの村上が私の初トライアスロン戦であった。
それまで平泳ぎしかできなかったのを、トライアスロンに出たいがために急遽クロールのレッスンを受け、海で泳いだ事がない状態で、この初参加に臨んだ。
トータルの制限時間が3時間30分のところを、3時間24分でなんとかゴール。ゴールでFINISHERタオルを肩にかけてもらい、とにかく完走できたのが嬉しかった。

が、後日送られてきた記録表を見てがっくり。3種目ごとにそれぞれ制限時間があるのだが、それにひっかかっていて私の正式記録は「失格」。
長年、私は付け焼刃のスイムで失格していたと思い込んでいた。が、このブログを書くために記録表を取り出してみたら、スイム1.5kmの制限時間は50分で私は49分30秒でスイム終了、ぎりぎりセーフしている。
失格していたのは、バイクの制限時間90分のところを93分かかっていたからだった。
えっ、バイクだったのか・・・・

とにかく、初レースはゴールしたものの失格というがっくりな結果で終わったので、翌年の95年も雪辱戦で参加。
この年は、ランニングクラブの仲間で参加する者、応援の者、大勢で出かけた、思い出深い楽しい参戦旅となった。おかげでかなりリラックスして大会に望めたように思う。
murakam

そしてこの雪辱戦、無事ゴール。とはいっても3時間18分と、またトータル制限時間に程近いゴール。
一緒に参加したランニングクラブの仲間の中でも、もちろん私が最後にゴールしたのだった。
でも、とにかく完走ができて、みんなで楽しめて、満足して帰路についた。

2週間ほどして、記録表が届いた。今回はちゃんと総合順位がついていて、「失格」ではない。やった~。
その直後、別便で大会本部から封筒が届いた。開けてみるとメダルが出てきた。この大会では完走者にはタオルがゴール地点で肩にかけられるが完走メダルはない。
何?と思いながらメダルの裏を見ると、「AGEグループ3位」の文字が刻んである。ああ、大会本部が間違って送ってきたのだな。面倒だが送り返さなきゃなあ~と思ったが、ふと、まさかと記録表をもう一度見てみた。

こ、これは・・・!間違いではなかった。
年代別グループで、私は3位に入賞していた。
全体で510人が完走した中では、私は最後の10人にはいっている遅さ。なのだけど、私の年齢層は参加者が極端に少なく、エントリーしたのが5人、当日実際に参加したのが4人、で、私は3位になったのだった。
笑い話である。
本来は自慢できる入賞でもなく、タイムは恥ずかしいくらいである。
が、私はタナボタ的に手にしたメダルでも素直に嬉しく思った。
私なりにがんばったのだし、参加者が少ない中で参加しただけでも自分を褒める価値はあるのでは?ないか?

で、ここでまた長年気が付いていなかったことに気がついた。
95年の2度目の挑戦は、前年より6分早くゴールし、正式記録も順位がつき失格ではなかったし、何の問題もなかったと長年思っていた。
が、今日気が付いたらバイクが91分かかっている。これ制限時間90分に間に合っていなくない?
総合結果の但し書きを見ると、「スイムの時間オーバーと総合時間オーバーならびに途中リタイアの方は順位外(失格扱い)です」。
えっ?前年と違い、バイクの制限時間は失格には関係なしになってるのかあ。
って事は、私は雪辱戦で、完全ゴールの目標は果たしていなかったのか!
ブログを書いた事で、12年もたってからショックな事実に気がついてしまった。。。

この村上、翌年の96年もエントリー申し込みをしたが抽選にもれて参加できなかった。
まあ、他のトライアスロンで種目別でもケチがつかず完全ゴールは果たしているから、良しとするか。

なんだか、「なんちゃって入賞メダル」が、「なんちゃって×2入賞メダル」に変わった本日のTシャツコレクションにまつわる話。