このみは俺の部屋にある大きめのスタンドミラーの前に立ち、キャリーバックから取り出した服たちを自分の体に合わせては首を横に傾けて納得のいかない表情を浮かべている。
俺はベッドの縁に足を組んで座りそんな様子を見ながら声をかけた。
「別に、どんな服装でもいいんだよ?」
このみは俺の方へと振り返り「そんな訳にはいかないよ!ジヨンの友達に会うんだよ⁉︎」と言いながら唇を尖らせた。
何故、こんな事態になっているのか。
その連絡は急に来た。俺がよく連んでいる仲間たちから今晩、クラブでイベントがあるから少しだけでも顔を出して欲しいと頼まれた。彼らの頼みは断れない。俺は知り合いを連れてきてもいいなら、とその彼らの頼みを了承し行くと返事をした。
未だ着ていく服が決まらないこのみを横目に俺は立ち上がり自分のクローゼットから白いTシャツと少し丈の短いダメージジーンズを取り出しそれに着替えた。
そして、棚から最近のお気に入りの黒のキャップを取ると深めに被り、色違いで揃えていた赤いキャップを鏡の前に張り付いているこのみに被せた。
「俺が決めてあげる」
そう言って俺はこのみのキャリーバックの中から薄い水色のダメージジーンズを取り出した。
「これとぉ…」
俺はポソポソと呟きながら自分クローゼットへと移動してそこからこのみには少し大きいであろう、俺の黒いTシャツを取り出した。
「お揃いみたいにしてみた」
そう言って手渡すとこのみは「さすがだ…」と感心したように俺を見てニコリと微笑んだ。
このみが来てから数日、俺はせっかくこのみが来ているというのにアルバムの修正やら何やらで事務所に行かないといけない状況が続いた。このみが退屈してはいけないと思い、日本語が出来る男性スタッフを一人つけ、街の案内などをしてもらった。俺が「ごめんな」と謝るとこのみは「気にしないで、とっても楽しいから」と笑い「それにスタッフさんもすごくいい人だし、ユファンさんって言うんだよ」と言葉を続けた。
俺は「知ってるし」と答えそのスタッフのユファンに少し嫉妬しながらもこのみが楽しかったならよかったと自分自身を納得させた。
車に乗り込む時、俺は後部座席にこのみを先に乗せた。続けて俺が乗り込むとこのみは「あ!」と驚いた声をあげた。
「今日も一緒なんですね!」
運転席と助手席の間から顔を出してハンドルを握っている彼を見つめた。
「はい、今日もよろしくお願いシマス」
律儀にこのみに視線を送って彼は小さく頭を下げた。そして、バックミラー越しの俺の視線に気づき微笑んで俺にも頭を下げた。
俺も「ごめんな、無理言って」と後部座席のドアを閉めながら頭を下げた。
このみをクラブに連れて行くと言っても、恐らくずっと一緒にはいられないと思った。
だから俺はクラブなんて所でこのみを一人にしないために無理言ってまた、彼に来てもらった。
「いえいえ、そんな事ないデス」
彼はそう言うと静かに車を発進させた。
「やった!日本語出来る人もう一人確保〜♫」
もう一人って事は俺も数に入ってるって事か…
このみは上機嫌にそう言うと黒革の背もたれに体重を預けて窓から流れる街の景色をその瞳に映していた。
* * * *
ガンガンに流れる音楽と薄暗い照明の中で俺はDJブースの中から少し離れたテーブルにいる、このみに視線を送った。
このみはこちらを見ていて俺は酒が入っているグラスを持っている手を挙げるとこのみもテーブルに置いてあったグラスを持ち上げて少しだけ揺らした。
薄暗い照明と深く被っているキャップで俺の表情までは見えていないだろうが俺はニコリと微笑むとグラスに入っていた酒を一気に飲み干した。
音楽に体を揺らしながら、仲間たちはいつものようにSNS用の動画を撮っている。
だから俺はそんな所にこのみが写ってはいけないと思い少し離れた所に居るようにこのみに伝えた。
「いいよ、お酒もあるし…それにユファンさんも居てくれるから」
そう言ってユファンを見上げて微笑んだ。ユファンもこのみに微笑み返すと「いますよ、安心してください」と答えた。
俺は「よろしくな」と微笑んではいたがその表情と言葉とは裏腹に俺の心臓をチクリと刺激する異物を感じ取った。
イベントも佳境に入って、俺はブースの中からまたこのみを見つめた。このみは酒を飲みながら隣のユファンと楽しげに会話をしていた。
俺の胸がざわつく。
俺がユファンにお願いしたんだ。
このみが一人にならないように。
このみが退屈しないように。
なのに、俺以外の男と楽しそうに話をするこのみを見るとアルコールのせいなのか、それとも俺の心が狭いせいなのか、胸の中の異物がどんどん大きくなっていくのがわかった。
ユファンはこのみが被っているキャップに手を伸ばすとつばを摘みクイっと瞳が隠れるように下げた。このみはユファンの腕を掴んで下されたキャップを上げると楽しそうに笑って何かを話していた。
俺はターンテーブルに置いていた、まだ半分以上は入っている酒を一気に流し込むと荒々しくテーブルに置き、指に挟んでいた煙草の煙を思いっきり吸い込んで二人に近づいていった。
「…楽しそうじゃん」
俺は眉をピクリと動かしイラつきを隠すようにわざとらしく口角をあげた。
「あ、ジヨン!見てよ〜。ユファンさんお酒弱くて真っ赤になってるんだよ♫」
「はじゅかしいです…」
そう言って笑う彼を一瞥すると俺はこのみの腕を掴み自身に引き寄せその手を滑らせ腰に添えると持っていた煙草を灰皿に押し付け火を消した。
「…このみもよく、赤くなるし」
そう囁きながらこのみの腰を撫で回すと見る見るうちにこのみの白い肌は真っ赤に染まっていく。
「…ほらね」
首筋に唇を当てるとこのみは身体を離そうと俺の肩を押した。
「ちょ…ジヨン!酔ってるんでしょ⁉︎」
そう言ってこのみは「ちょっと来て」と言いながら俺の腕を荒々しく掴み無理矢理、その場を離れた。
このみの事を考えて彼に一緒に来てもらったのに、楽しげに過ごす二人を見てヤキモチを妬くなんて。何て、ガキなんだと思い俺はその場に残されたユファンを見つめた。彼は気まずそうにこちらを見つめて静かに頭を下げていた。自分でもなんて勝手な奴なんだと思いながらも酒のせいか自制心も効かず、同時に一人ほくそ笑んでいる俺がいた。
if you 第18話 fin.