店の外に出るともう雨は上がっていた。
夜の暗がりの中で前もって呼んでおいたタクシーのハザードランプがチカチカと光り道路際に止まっていた。
このみにもタクシーに乗るように促したが「近くだから大丈夫です」と断られた。俺はこの機を逃すものかと心配だから家に着いたら連絡してと、自分の携帯の番号とラインのIDを教えた。
このみは「わかりました、連絡します」と言って俺の連絡先を受け取ってくれた。胸をほっとなで下ろすのと同時に、俺は心の中で大きくガッツポーズをした。
運転手にホテルの名前を告げ閉まったドアの窓からこのみの方を見つめ手を上げた。
このみはにっこりと笑い俺の方を見つめ手を振っていた。その事が俺を無性に嬉しくさせた。タクシーが出発しても俺はこのみの姿を視界から外すことはなかった。それを知ってかしらずか、このみも小さくなるまで俺に手を振り続けてくれた。
ホテルの部屋に戻ると俺は着ていた衣服を全て脱ぎそのまま浴室へと向かった。
正直、一度雨で濡れた服は身体に纏わりついて気持ちが悪かった。だが、それ以上にあのこのみとのひと時がとても楽しく心地の良い時間だった。
熱いシャワーを頭から浴びて今日の出来事を振り返る。ホテルを飛び出した時、何もかもどうにでもなれ。そんな事を考えていた。何も考えたくない、俺には何も無いんだって。
だけど、彼女と出会った。
そして、心から笑えてる自分がいた。
とても、不思議だった。初めて会った人間にここまでの感情になる事。本当にあるんだと感じた。
何か忙しい一日だったな。
でも、俺の中で大切な一日になった。
シャワーのお湯を止めて、俺は浴室を後にした。浴室を出た俺はすぐさま携帯に手を伸ばす。だけど画面には何も表示されていない。おかしいな。家は近所だって言ってたし、あれから一時間は経っている。
もしかしてこのまま連絡は来ないんじゃないか…嫌な考えが頭をよぎる。
俺は腰掛けていたベットにドサッと全体重を預けて仰向けに寝転んだ。その反動で、俺の体は少し揺れた。
その時、携帯が震えた。
俺はろくに確認もしないまま通話ボタンを押した。
「もしもし!」
「あれー?ヒョンなんで日本語なのー?」
明るい声でスンリが答えた。
俺は後悔した。
なんでちゃんと確認しなかったんだろう。耳元でイタズラっぽくなんで?なんで?と聞き続けるスンリに少しずつ腹が立ってきた。
「うるせぇーな、日本語のレンシュウダヨ!」
俺は敢えて日本語で返した。
「それより、なんだよ?ナンカヨウ?」
スンリはいや、帰ったのかどうかの確認とご機嫌なトーンで答えた。だけど、それが俺を余計に腹立たせた。
「帰ったよ」
いつもより少しだけ、低めの声で答えた。
それを聞いたスンリはそれなら、よかったと言ってそそくさと電話を切った。
俺が不機嫌になったのを察したのだろう。
こいつも、こういう所は察しがいい。
「あーー」
俺はベッドで一人、声をあげた。
やっぱりこのみの番号を聞いておけばよかった。
連絡がくるなんて確証も
また、会えるなんて確証も何にも無かったのに。
俺は体を丸めて、携帯を自分の後ろに投げやった。投げたとほぼ同時にピロリンとLINEの通知音が鳴った。俺は慌てて体を起こし携帯を手に取った。
自分の口元が上がっていくのがわかる。
誰が見てるわけでもないのに恥ずかしくなり左手で口元を隠した。
(れんらく、おそくなってごめんなさい。ぶじにかえりつきました!ここであえたのも、なにかのえんです。なかよくしましょう♫)
そこには韓国人の俺への気遣いか全てひらがなで書かれたメッセージがあった。
そして、一番最後に数字11桁が書かれていた。
「よし!」
思わず声に出していた。
俺はいそいそと慣れない日本語を打ち始めた。
(れんらくありがとう!ぶじでよかったです!こちらこそ、よろしくです!)
それから何回かやり取りをした。
俺は朝まででも大丈夫だったがこのみが眠いと言ったから、おやすみってLINEをいれた。
その日俺は眠れなかった。
まるで夏休みを待ちわびる子供のように。ワクワクしてドキドキして何度となく寝返りをうち、何度となくさっきまでしていたLINEのやり取りを眺めては、落ち着かなった。
「ガキかよ」
そんな自分にかけた言葉。
だけど、そんな言葉とは裏腹にニヤける口元を元に戻すことは、さすがのG-dragonでも難しかった。
if you 第2話 fin.