こんにちは。
発達障害物語は医師の診察も受けて一旦終わります。
グレーってな感じですよね、あまり好きな表現ではありませんが。
今次男は小学校の支援学級に在籍して、普通教室と支援教室を行ったり来たりして過ごしています。
支援学級にするかどうかは大変悩みました。
その話はまた落ち着いたら書きたいと思います。
年中の夏の終わりごろまで個別療育をし、秋頃から小集団の療育クラスに変わりました。
同じ年代の同じような子たちと40分の間様々なワークや遊びを取り入れての療育です。
年中の間はとにかく少しでも集団行動が出来るよう、私も前向きに療育に取り組みました。
IQ85って?
保育園での話。
やっぱり癇癪や突発的な暴言暴力。気分が乗らないと指示は全く通らない。
機嫌や好みの物はノリノリでみんなとやる。
できなかった事❌
- 工作などの集中する作業や指示が入らない。
- 一度始めた活動の切替が苦手。次の活動に入れない。
- お友達との平和的解決。
- 朝の支度、お出掛けの支度が遅いかやらない。
- 強い癇癪。1日1回するかな?どうかな?
- 給食は大好きだけど配膳まで待てなくてイライラ、いただきますの時にはヘッけてホールに行ってしまう。
![泣き笑い](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/592.png)
できた事⭕️
- 知らない人にあいさつや、にこやかに話しかける事。
- トイレの自立。何とか後半に出来ました!
- 会話、楽しい悲しいの理解、赤ちゃんを思いやるなど。
- 呼んだら来てくれる、待ってと言えばだいたいは待っている。
- 多動のような激しい動きは見られなかった。(どちらかと言えばフラッと何処かに行ってしまう)
- 運動会、発表会のセリフや立ち回りは完璧にやっていた。
- 好き嫌いはほぼ無い。なんでも食べた。
- それなりに絵も書いた。
こう見ると手がかかってたのでしょうか。汗汗
保育園では秋の終わり頃、連絡ノートがしんどくなりました。
例の担任からの報告が辛かったです。
ノートを叩き付けて泣いた事もありました。
加配の先生は支援センター勤務の経験もあり、本当に嫌な気持ちにならない書き方でした。
とうとう我慢できなくなり涙ながらに加配の先生に最近ノートを見たく無いと伝えました。
以後担任の先生は書くことは無くなりましたね。
一言謝りもあれば私も大人げなかったかもと思っていましたがうんともすんとも何もなく‥。
夫が担任に会った際、いつも迷惑かけてすみませんといったら
『大丈夫ですよ〜仕事なんで!ニコッ☺️』
ん?
どう言う意味じゃい!!
と夫は少し怒ってました。笑
私は『きっとなんの気も無い言葉だよ。保育士はそう言う仕事なんでって意味じゃない?ノートの件といい、本当天然なんだと思う。分からないんだよ、不安な気持ちが。』
と言ったら
夫『天然とかの問題じゃ無いような。。自分なら絶対言わないよ、親に仕事なんでなんて。』
そんなこんなで怒涛の年中が終わり恐る恐る年長になる我家でした。
こんな気持ちで進級するのは初めてだったわ
今度年長シリーズ支援学級に決まるまでを書きたいと思ってます
次男の発達物語、読んでくれてありがとう〜!!
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