修業時代 第51話 銀座デビュー | シェトミタカ通信

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patisserie opened in beppu in 1997



私の修業時代 第51話 銀座デビュー


ここまでのあらすじ

1987年昭和62年に高校を卒業した私は、横浜の調理師学校へ入学し、スペイン料理店でアルバイトをしながら少しずつ新生活になれて来た頃には就職活動。不採用になったりいろいろ経験し無事に就職先も決定したのでした。
横浜のホテルの菓子部門に新入社員で入社し1年弱で退社、神戸に放浪の旅に出た後、憧れの銀座のパティスリーへ再就職を果たしたのでした。


※私の修業時代は9年前に別ブログに掲載した記事を多少修正したもので私が実際に経験した修業時代の話しです。登場人物は全て仮名です。


再就職先に決まったフレンチレストラン銀座レカンのケーキ店のPATISSERIE DE 銀座レカン。

pâtisserie de 銀座レカンには横浜石川町駅から京浜東北線で有楽町まで45分程通勤時間にかかりました。

まぁ電車で1時間以内ならそんなに通勤も苦になりませんでした。電車の中は文庫本を読む読書の時間に充てました。

パティスリー ド レカンへの初出勤で店に行くと、、白いシャツとグレンチェックのジャケット、蝶ネクタイに黒ズボンを渡されました。

どうやら私もギャルソン(ウェイター)からのスタートでした。pâtisserie銀座レカンの本店は1階がケーキ売り場のブティック。地下1階に30席程のサロン ド テが有り、奥に厨房を併設していました。

1階のブティックに並ぶケーキを見ると、、500円以上が中心で、シュークリームもショートケーキも無いバリバリのフランス菓子です。棚にはガラスのバカラやフランスのリモージュ焼きの陶器に入ったボンボンショコラが◯万円のプライスカードが付いています。


地下のサロン ド テに降りる赤い絨毯張りの大理石の螺旋階段の入り口には、

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ジーンズやサンダルなどの軽装での来店、
小学生以下のお子様のご入場は誠に勝手ながら
御遠慮させて頂きます。

パティスリード銀座レカン 

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と記した案内板が有りました。
正統派フレンチレストランのパティスリー部門は大人をターゲットにした店作りでした。

地下1階のサロン ド テ のメニューは全てフランス語で日本語でカナはふってありましたが。

コーヒー、紅茶が ¥600

カフェ オ レ や エスプレッソが ¥700

今から30数年前の、平成のはじめの頃の価格でしたから、ケーキもドリンクも横浜のサテライトホテルより遥かに高い価格帯で銀座の有名店の物価の高さに驚きました。

普通の喫茶店のコーヒーが300円でケーキ屋さんのケーキも250円から300円の時代でした。