西日の道 | あとりえまかろん まかろんのへや

あとりえまかろん まかろんのへや

ちいさな家族、まかろんとの日々をたいせつに紡いでいきたい‥ちいさな歩幅でゆっくりふたり歩いていきます。
つないだ手、いつもいつまでもはなすことなく‥


西日の道


まかろんとふたり

あの年のあの日と
おなじ

あれから七年‥なんだ‥な‥‥


夕風が心地よくなってきて

ぼんやり夜空のした



ほかの畑の '12年たちも、すこしづつ美味しくなってるのかなあ
それだけの歳月がかさなっていく
今夜のお供は、星の王子さまのワインに
母との別れの時間に、それで乾杯したアルマニャック

かたわらには、一瓶のコニャック
あのとき、母の退院祝いにと、とっくに廃盤だったのを探してもらって
渡せなかったまま
いまだにあけられない

いつかあけられるのかなあ

きっとそのときは、とても美味しいはず




やさしい夜


あの西日の時間、病室で母はなんどもなんども、ほんとなんども
「まかろーん!!」と繰り返し呼んだ
というか、叫んだ
娘は、「?????」
そのあと、ふと我にかえったかのように
「さっちゃん、あなたはほんとうにやさしい子」「また明日ね」
と、光のなか、笑顔で手を振ってくれた

そう
明日‥があるとおもっていた


救急搬送での緊急入院
それでも、おバカ娘は
「またか」とおもった
救急車にも慣れきっていた
それでも、「またか」ではなかった
そのときの、ほんのすこしの気持ちの油断
それが、母をおくることになってしまった

母は、自分の旅立ちがわかってたのかもしれない
それで、まかろんを、なんどもなんども、呼んだのかもしれない
それで、娘にやさしいやさしいことばと笑顔をのこしていったのかもしれない
そんなこと

まかろん‥母から娘への、さいごの最高の贈り物

まかろんにも、その半月くらいまえから、わかってたこと‥なのかもしれない

ねえねが、呼んでも呼んでも、いつものように、「まかろんバッグ」にすっ飛んではいらなかった
いつまでも、母のベッドでグズグズしてた
ねえねは、あんとき、つい、ヤキモチ
イラーーッとして
まかろんバッグを投げたけれど
母に叱られた‥不自由になった母は娘を叱るなんてこともなくなっていたけれど、叱ってくれた
「そのバッグは、さっちゃんとまかろんの絆でしょ!投げたりしたらダメっ!そんなことしたら、この言葉もわからない子が傷つくから!ぜったいダメっ!!」

あれが、けっきょく、母の遺言になったのかもしれない
‥まかろんとねえねの絆‥

イラーーッ
なんて、こんりんざい、しない

不自由になってからの母は、いろんなことにひどく時間がかかった
ご飯を食べることも、歯磨きすることも
それでも、自分でできるだけしようとしていた
だれよりも、母自身が、そんな自分に
とてもとても、ほんととても、歯がゆくおもっていたとおもう
それなのに、おバカ娘は、そんな母に、ときどき、イラーーッとした
ほんと、ほんと、大バカバカのバカバカ娘


いまは、どんなときも、どんなことも
けっして、「まかろんにイライラしない」

イラーーッっとしかけることはある(*´ー`*)

急いでる朝
朝ごはん30分以上、ねえねは、じーっとそばにすわって
一口づつ、というか、十回くらいねえねのお顔をみあげつづけて、やっと一口食べる?
そんな、ちいさなふわふわ見守りつつ
「たべてね♡ご飯おいしーよ♡一口でも食べてね♡」
と、繰り返す
ときどき、ねえねが、ほんとに齧ってみせる
とっても美味しそうに(*´ー`*)
ねえねが、すこしでも動いたり立ったりすると、いっさい食べなくなる
だから、ただ、そばにいる

なによりだいじなお仕事
というか、それは、なにより幸せな時間
まかろんがご飯を食べて、心地よく眠って、気持ちよくトイレをする
いちばんだいじなことなのだから


旅立ち
母にも、まかろんにも、わかっていたこと‥
娘も、漠然としたぼんやりしたなにか、を感じていたのに‥
だから、あの頃検査ばかり連れていったのに‥
「大丈夫」「太鼓判」そんなドクターたちのことばに、安心してしまった
そんな、おバカ娘は
母に伝えそこねたことばを、いまも

抱きしめたまま



ゆっくりゆーっくり

ちいさな歩幅、まかろんの歩幅で歩く
きのうも、きょうも、あすも

空のむこうへの手紙




空に光がちらばってる


あの年の、この日
もうすぐ日付けがかわるころ
母がこの空のむこうへ

旅立った




光ちらばる空のむこう