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甲羅に似せて

蟹は甲羅に似せて穴を掘るそうです。私も日々の想いを
蟹が穴を掘るように綴っていけたら・・・。

今朝のニュースの話題から。


なんか、ふざけているのかと思ったら、こういうのあるんですね。この頃子どもの、マンションからの転落事故が増えているそうです。高層マンションで育った子の特徴に、高いところが怖いという感覚がマヒしているというのがあるとか。


うちも、結婚してしばらくマンションの7階に住んでいたので、子どもが活発に動き回り始めた頃、怖いなと感じていました。そこは、ベランダがコンクリートで、下をのぞきこんで興味をそそられるといことがなかったのは幸いでした。なるべく窓の外に関心を示さないように、気をつけていました。それで、遊びにきた相方さんのお母さんが、お兄ちゃんを抱っこしてベランダに出て、下をのぞかせているのを見て、思わず悲鳴をあげたことがあります。


その後引っ越したので、そういう心配をすることはなくなったんですが、今は高層マンションも多くて、15階とか32階に住んでいるなんていう話を聞くと、ひぇ~っと思います。そんな高層でも、ベランダの手すりが下を見下ろせるようなデザインなんですよね。


小さい子は見当もつかないようなことをするから、お母さんの心配も尽きないだろうなあ。


ニュースでやっていた対策は、ベランダに台になるものやよじ登れるものを置かないことと、公園の遊具などで遊ばせて、自分の身長より高いところは怖いというのを、体験で学ばせることだそうです。


子育てをする時、安全にということには気持ちが行っても、危険を教えるというのは意外と盲点かもしれませんね。

R-1、最後にびっくりしました。こんなことってあるんですね。中山功太さんが、優勝したことに気づいてなくて、途中から自分だとわかった時の混乱した喜び方が、すごく面白くかったです。東京ってコワいとこなんですね(笑)。今頃大阪に帰って、涙を流して実感しているんでしょうか。


あんな喜ぶさまを見ていたら、みんなに優勝させてあげたい気分になりますが、やっぱり点数のつけられないものに審査をするとなると、あとからいろいろ割り切れない気分が出てきます。


最初の基準点、高過ぎましたね。十人中、九人まで平均点90超えてましたもの。堺さん、迷走しすぎ。最早どういうこだわりだったのか、点数から読み取れない。清水ミチコさん、満点出すか?と思ったけど、こちらは好みがはっきり伝わりました。三枝さんと江川さんは、小道具や歌より話術で聴かせるものに点数が高くて、その辺も点数の分かれ目になっていました。


バカリズムの、シンプルだけどおかしいあの感じ、私好きです。テレビゲームなんかが3Dとか高度になってきて、だけど一番最初のシンプルな奴がやっぱり面白いみたいな。せかされなくてスッとこちらに入ってくるような、それでいて印象的な感じ。


河本さんの奥さんからもらった車に乗ってるんですね。…そう聞くと、セレナあげたかったな。

関根さんが、「栃木を投げた人、サウスポーだったでしょ。左のが天才的に見えるんだよね。」っていう感想、おかしかった~(笑)。この人は許容範囲、広そうですね。いろんなものを素直に受け入れそう。


COWCOWよしさん方は、手が込んでいてすごかった。生で観ていたら、「フフフ、ゴルゴ」というのが、エコー入りでしばらく頭で鳴っていそうです。時折、いいタイミングで客席に向かって笑いかけるところとか、最後のずっとつながっていく紙芝居とか、何度も観たいような気がします。相当気合いを入れて作り込んだんでしょうね。見ごたえがありました。


鬼頭さん、私は個人的に好きでした。いろんな本を独特のざっくりしたくくりで、短い時間で紹介したのは、新しいなあと。その本に対する一番短い印象が、なるほどという感じでした。俳優さんなんですね。他のネタも観てみたいなあ。


鳥居さん、結構好きなんですが、人嫌いな心を閉じてる感じが好きなので、今回のはちょっと人格が違うなあと、違和感がありました。芸風変えたんでしょうか。フリートークのセンスがありますよね。わざとなのかなというのを突き抜けると、どんなキャラになって行くのか、興味深くはあります。


あべこうじさんが出てきたときは、なんだかホッとしました。しゃべりで聞かせる正統派という感じで。ちょっと古いような感じもしましたが。三枝さんと江川さんに好評価だったのが、そうだろうなあと。これから、落ち込んだ時、「ずぶぬれの犬」をふと、思いだしそう(笑)。


エハラさん、歌もギターもうまくて、この人のライブとかあったら観たいかも、と思いました。童謡の歌詞と曲のアレンジ、いいセンス。次のサイクロンZは、この人の後で得したんじゃないでしょうか。こちらは、笑いというよりパフォーマンスでしたが。


これはとっても勝手な感想ですが、エハラさんがどんどん勝ちぬいて、後ろのスクリーンに何度も映るのを見ていて、審査員の人たちは、この人が優勝してもいいものかと、だんだん気持が変わって行ったんではないかと、勝手に想像したりします。


中山功太さん出た時、やっぱりこっちだ、という心理が働いたような気がします。それくらい、審査員がそろって高得点だったので、そんな感じを受けました。中山さんの笑いは、満場一致というより好みが分かれる笑いだと思うんです。

優勝したときに、「絶対優勝しようと思って、座禅やホットヨガをした」と中山さんは言っていましたが、あ、確かに、そんな世界と通じる感じの笑いだなと感じました。理解されにくい感じの面白さを、こんな風に評価してもらってよかったですね。


R-1前には、今年は目玉になる人がいないとか耳にしましたが、なんでそう思った?と疑問を感じるくらいの面白さでした。あの高得点の嵐も、面白さを感じたが故の結果だったのでしょう。


的外れな感想かもしれませんが、人の感想を見て影響されないうちに、自分の印象を書いておきます。

昨年11/11付『プロフェッショナル仕事の流儀・蔵出しトークスペシャル』。宮崎駿氏、柳家小三治氏、平井伯昌氏の3人の収録に入りきらなかった未公開分を放送したものですが、この中の、宮崎駿氏の部分が印象的で、ふとHDDに残しておいたのを見返していました。


〈ポニョの主人公〉

ポニョというのは題名にもなってますけど、主人公は宗介なんです。

地味ですけど、かなめとして宗介が貫かないと、おさまりようがない世界なんです。同時に、宗介というのは、いわゆるいい子で片づけられかねない所を持っている。いい子というのは非常に問題があるということをさんざん言われてきた時代。だけど、それを越えて、なおかつまっすぐな子はいるんだということを、お客さんが納得して受け入れてくれるかどうかが、自分にとっては大きな賭けのようなものですね。


〈半径3メートル以内で仕事をする〉

空から見て東京を見たら、絶望感しか湧かないですよ。それよりも、目の前の小さい子どもとか、そういう方が心が落ち着くことはまちがいないですね。そんなに探し回らなくても、実は身の回りにいっぱい風景はあるんですよね。見落としてるだけで。


5歳児とはどういうものかわからないから、近所の保育園のネットの前に立ってたら、ヒゲ生えてて怪しいから、子どもたちが集まってくるんですよ。「おじいちゃんいくつ?」とかね。よくしゃべるんですよね、女の子たちは。すごいですね、5才というのは。主人公にして大丈夫だと思いました。これだけしゃべるんなら。

 

〈子どもにしてやれること〉

子どもの未来は…ってよく言う人がいるでしょ。子どもの未来はつまんない大人になることなんですよ。今この時期に、何を見てどんな体験ができるかが大切。ぼくらは時間と場所を提供することは出来る。それしかないんです。できるときは、その瞬間にやらなくちゃいけない。それ逃すとできないんですよ。


ぼくの知り合いの子が、一年生の時に遊びに来たとき、帰るのいやだってぐずったんです。僕のポロ車に乗せて駅まで送ってあげるからって遠回りして。ぐずぐず言ってるんですよね。「ボロ車」とかなんとか悪態を〈笑〉。走りながら屋根バーッと開けてあげようかと思って。そしたら雨が降ってきたんですよ。ばらばらと。一回開けると閉めるの大変なんですよ。一瞬ためらってたら駅に着いちゃった。


それでしまったというのを、その後ずっと抱えて。自分がエンタティナーとか言いながら、あのチャンスに窓を開けられなくて、車の中が濡れるとか考えた自分が情けなくて。案の定ないですよ、もう。1年生の彼に窓を開けてあげるチャンスは2度と。



〈カリオストロの城にまつわること〉

(完成度は高いのに、映画公開当時は人気が出なかったことについて)意外ではなかったです。あれは、ルパン三世のテレビシリーズと、真っ向から背中向けている映画なんですね。

ルパンていうのは、陽気でお調子者で、日があたっている部分だけだったらいやだという思いが、自分にあったんです。翳の部分をちゃんと踏まえないといやだという。人の前ではおちゃらけているけれど、それだけじゃないんだという。それをやりたいじゃんって話してたんです。


僕がショックだったのは、ラストをどう締めくくるかというのを、最初からのプランがあったんですよ。それをやりたさにA,B,C,Dとやっていったら、これ以上枚数塗れないって突きつけられたんです。公開まで間に合わないと。その結果、絵コンテを完全に捨て去らないといけない。最善の策としてじゃなく、スケジュールのために話を作り替えざるを得なかったんです。


これはダメージが残るんですよね。客が入ろうがはいるまいがどうでもいいっていうくらいね。とことんエンタティメントとして首尾一貫してね、このラストのためにこの映画はあったんだというヤツを作りたいじゃないですか。そこでブレーキをかけなくちゃいけなかったという。


それは、ものすごい挫折感でした。映画館にお客が入ってなくて、ほっとするくらいでした。

それから回復するのはほんとに、何年もかかりましたね。何年もですよ。


〈若い人に向けて〉

つまらない仕事で、人に認められることですよ。自分のアイディアをふんだんに注ぎ込んで。

僕、若い頃よく言われました。「そんなにアイディア出してたら、枯れちゃうよ。」って。20代です。何にも自分の名前が残らないところでも、楽しみながらやりました。試行錯誤して、とんでもない失敗も何度もやりましたけど。知らん顔して。(誰かが)見ててくれないはずはないですよね。何度でもスタートは切れるし。その代り、自分の自我を満足させるようなものを作っちゃダメです。人を楽しませるようなものを作らないと。  


この『プロフェッショナル』という番組、有名無名のひとかどの人物たちと、見も知らぬいろいろな職業に出会えて、うっかり知らないで過ごしていたことが悔やまれるほど、丁寧に作られた番組で、毎回楽しみにしています。


先日の夕方NHKの何かの番組で、宮崎駿さんがインタビューされていました。

新作は芥川龍之介を描きたいという珍しい話。シニカルな写真ばかり出まわっているけど、とてもいい青年なので、元気な龍之介を描きたいのだとか。面白そう。

売れセンのものを作ろうというのは、自分をおとしめることだとも言っていました。自分が描きたいもの、いいと思うものを創るべきだと。


その話を聞いていて、昨年のカリオストロのエピソードを思い出し、彼の創作に対するこだわりと、作品に対する愛情がなみなみならぬものだと、改めて感じました。作品の持つ魅力の源が、身内に溢れていて、いくらでも話を聴いていたいような、そんな感じのする人柄です。