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甲羅に似せて

蟹は甲羅に似せて穴を掘るそうです。私も日々の想いを
蟹が穴を掘るように綴っていけたら・・・。

ひろし登場。その時お父さんは、いきなりの登場にびっくりして、さっきまで焼きもちやいて性格悪いとか言ってたのに、態度がコロッと変わったのがおかしいです。塗り箸のことほめてもらってお代はいりませんと言うと、小次郎さんが貧乏なくせにと突っ込み、ひろしは払おうとしたら60円しかなくて、後で払うことにします。ふと、わらしべ長者的な希望をもってしまいました。それが縁でミニコンサートやってくれるとか。


 お母ちゃんのひろしへの惚れこみようが観てて面白いのですが、五木ひろしって私の子ども時代には、歌謡曲として子どもも演歌を聴いていた最後の時代の歌手だなあと思います。雑誌の付録についていた歌詞カードにも載っていて、子どもも口ずさんでいました。いつから演歌って大人だけの物になってしまったんだろうと、時々思います。五木ひろしの「待っている女」なんてミステリアスで好きでしたけどね。


 話が反れましたが、喜代美ちゃんと草々さん、お母ちゃんにラブラブな所を見せ付けてうちに戻ってもらおうと、ペアルックで魚屋食堂へ。 草々さん全然似合わない~。丈も袖も短いし!いつも素敵なシャツを着ている意外におしゃれな草々さんがよく着ましたね。


 あっさり作戦失敗してうちに帰るとそこに何故か徒然亭の兄弟子3人が…。「仲直りしたんかい。」と言われて、恥ずかしそうにペアルックのパーカーを脱ごうとする草々さんかわい~。

 何故か夕食にみんなでカレーを食べています。お母ちゃん、家出する前にどんだけカレー作っていったんでしょうか。ケンカしてるのに家族の食事を気遣う根っからの主婦魂、頭が下がります。カレーがなくなる頃帰るつもりだったのかもしれませんが、期せずしてあっという間になくなってしまいました。


 徒然亭の人たちに会いたいという思いが通じたように、今週も3人が登場してくれてうれしいなあ。師匠も、喜代美ちゃんが不器用でいっぺんにいろいろできないから少し仕事を減らしてやろうという所まで考えていたなんてさすがですね。小草若さんが何気に草々さんが着ていたペアルックを着ています。変な奴~。


 人が増えたので、今日から喜代美ちゃんの部屋で寝ると言う草々さん。お母ちゃんたちを仲直りさせるために夫婦で落語会を開こうと提案します。


「落語は2人にとって共通のかけがえのないものだから、この気持ちが変わらない限り、2人はずっと一緒にやっていける。お前と俺は落語で結ばれてるんや。」
 またまた草々さんの直球ど真ん中の愛の言葉。聴いてる方はドキドキしてしまいますが、言ってる本人はそんなこと言ってる自覚はないんだろうなあ。


 ずっと1人で周りに気を使いながら、落語を拠り所に生きてきた草々さんですが、小浜に来て、喜代美ちゃんの周りの人と家族のように接するうちに、自分の心の中にかけた鍵を自然に開くことが出来たのではないでしょうか。結婚したばかりの頃のような厳しい上から目線がなくなって、喜代美ちゃんを見るとき、友達に対するような親しげな光を感じて、2人ががここへきて本当の意味での対等な夫婦の関係になったんだなあと、感慨深かったです。


 それにしても、このバタバタの中でも1人悩んでいる風な正平君。お母ちゃんの書き置きの「UNIVERSITY」の文字を見て、お母ちゃんの行動のわけを鋭く察したような表情でしたね。自分ひとりで悩まずに誰かに相談にのってもらえたらと思いますが、こう次々と問題が起きるんでは言い出せなくて大変だ~。

 

 喜代美ちゃんの家族は、こうしてみるとほんとにみんなが助け合う優しい気持ちを持った、素敵な家族ですね。「お母ちゃんとお父ちゃんにとってのかけがえのないものってなんだろう。」と真剣に考える喜代美ちゃん、素敵です。
 私も明日までに少し考えてみることにします。

 うたた寝から目覚めたら、なんと井上さんの更新が・・・!夢の続きかと思いました。ずいぶん長いことご無沙汰だったので、考えまいとしつつ、ずっと心にひっかかっていたのですが、「サボり癖が出た」とは、自由だなあ、そして正直な人だなあと思って笑ってしまいました。


 井上cupも終わってしまい、書く事もなくなって、新しいゲームにまい進していたんでしょうか。でも、封印すると言ってくれたので、ほっとしました。


 こないだの「ぷちミーヤ」井上さんと河本さんで、なにやら楽しい会話が繰り広げられたようですね。うっかり録り忘れていたのでショックでしたが、さっそくレポを書いてくださったサイトさんたちにお世話になりました。

 こんな時、次課長ファンが沢山いてよかったなあと思います。


 「他にも書きたいことあったのに忘れちゃった」井上さん。コント中にネタが飛ぶとは大変ですね。でも、お笑い芸人さんて、よくあんなにいろいろなネタを覚えて早口でやれるなあと感心するのですが、飛ぶこともあるでしょうね。でもライブだったら、却ってその場で考えてしのいだら、それもまた面白いかもしれません。


 「検索ちゃんSP」の新年会、出演メンバーだけかと思ったら、60人も参加してたんですね。井上さん、くじ運がいいとばかり思っていたらそうでもなかったんですか。「うれしいけど必要ない。」っていうのと、太田さんも当たって「あの人よりは必要だと思った。」というのが笑っちゃいますね。


 また楽しい日々が戻ってくると思うと、うれしいなあ。ほんとに、毎日じゃなくていいから、サボり癖は封印でお願いしますね♪

ブログネタ:受験の思い出 参加中

 中学受験をしたので、小学校5~6年は日能研に行って忙しかった記憶がありますが、中高はのんびりした学校生活でした。漫画研究会に入り、文化祭のために等身大のサイボーグ009を描いたり、漫画家にインタビューに行って記事をまとめたり、アニメ会社に取材に行って使い終わったセル画をもらって帰ってきたりしてました。

 大学受験は、付属の短大があったので、早めに内部試験を受けて受かっておいて外部受験をする形だったので、切羽詰った感じがなくて、塾にも通いませんでした。

 文系だったので高校の授業は午前中で終わり、午後は図書館で自習しました。母が、時間があるならお料理でも習ったらと言うので、なぜか高3の1年間、塾に通わずお料理学校に行きました。親も親ですね。
 でも和洋中華ひととおり教わったので、そのとき教わったことは今一番役立っています。

 母はお店をやっていて、忙しくて私に料理を教えられないことを気にしていたようです。忙しい中、作ってくれる料理は、なかなか買い物に行けないので、思いがけない食材が思いがけない料理に入っていて、驚くことが多かったのですが、ときどきびっくりするようなおいしい料理ができて、もう一回作ってと言っても、それは無理と言われました。

 お料理教室で習うお料理はどれもおいしく、習うとすぐに夕食に作っては家族に喜ばれました。

 そんな緊張感のない受験生活を送っていたせいか、短大を3つ受けて第一第二志望には見事に落ち、第三志望の短大にやっと受かりました。

 私は国語のテストが大好きで、長文読解を読むと、これはいい文章だなあ、もっと続きが読みたいなあと思ったり、この問題の出し方はうまいなあと感心したりするところがあるのですが、受かった短大で出た問題の中に、三次達治の詩があって、その詩を読んで、なんて美しい詩なんだろうとひどく感動して、そのあと試験問題を長いこと大切にとってありました。
 「甃(いし)のうえ」という短い詩でした。その後、短大に入学して、萩原朔太郎の娘、葉子さんが書いた「天上の花」という、三好達治のことを書いた本に出会い、不思議な縁を感じました。

 もっと勉強すればよかったな~と、当時を思い出して思ったりしますが、自分の身の丈にあった受験だったのかもしれません。中学受験の時も第一志望じゃないとこに入ったんですが、そこに入っていろんな友達や先輩や先生に出会えてよかったなあと思うので、レベルの高い所を目指す向上心も大事ですが、縁というのも大切だなあと思います。