ブログネタ:受験の思い出 参加中
中学受験をしたので、小学校5~6年は日能研に行って忙しかった記憶がありますが、中高はのんびりした学校生活でした。漫画研究会に入り、文化祭のために等身大のサイボーグ009を描いたり、漫画家にインタビューに行って記事をまとめたり、アニメ会社に取材に行って使い終わったセル画をもらって帰ってきたりしてました。
大学受験は、付属の短大があったので、早めに内部試験を受けて受かっておいて外部受験をする形だったので、切羽詰った感じがなくて、塾にも通いませんでした。
文系だったので高校の授業は午前中で終わり、午後は図書館で自習しました。母が、時間があるならお料理でも習ったらと言うので、なぜか高3の1年間、塾に通わずお料理学校に行きました。親も親ですね。
でも和洋中華ひととおり教わったので、そのとき教わったことは今一番役立っています。
母はお店をやっていて、忙しくて私に料理を教えられないことを気にしていたようです。忙しい中、作ってくれる料理は、なかなか買い物に行けないので、思いがけない食材が思いがけない料理に入っていて、驚くことが多かったのですが、ときどきびっくりするようなおいしい料理ができて、もう一回作ってと言っても、それは無理と言われました。
お料理教室で習うお料理はどれもおいしく、習うとすぐに夕食に作っては家族に喜ばれました。
そんな緊張感のない受験生活を送っていたせいか、短大を3つ受けて第一第二志望には見事に落ち、第三志望の短大にやっと受かりました。
私は国語のテストが大好きで、長文読解を読むと、これはいい文章だなあ、もっと続きが読みたいなあと思ったり、この問題の出し方はうまいなあと感心したりするところがあるのですが、受かった短大で出た問題の中に、三次達治の詩があって、その詩を読んで、なんて美しい詩なんだろうとひどく感動して、そのあと試験問題を長いこと大切にとってありました。
「甃(いし)のうえ」という短い詩でした。その後、短大に入学して、萩原朔太郎の娘、葉子さんが書いた「天上の花」という、三好達治のことを書いた本に出会い、不思議な縁を感じました。
もっと勉強すればよかったな~と、当時を思い出して思ったりしますが、自分の身の丈にあった受験だったのかもしれません。中学受験の時も第一志望じゃないとこに入ったんですが、そこに入っていろんな友達や先輩や先生に出会えてよかったなあと思うので、レベルの高い所を目指す向上心も大事ですが、縁というのも大切だなあと思います。