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甲羅に似せて

蟹は甲羅に似せて穴を掘るそうです。私も日々の想いを
蟹が穴を掘るように綴っていけたら・・・。

昨日の「ゴローズバー」、井上さんがちゃんとお仕事してる~!と、うれしくてテレビに駆け寄りました。


ゲストはヴァイオリニストの高嶋ちさ子さん。アーティストなのにトークが面白い人だとは知っていましたが、こんなに笑いに厳しい人だとは知りませんでした。次長課長のお2人がビビっている様子も面白かった~。

そして、あそこ、VIPルームでしたっけ?いつもオーナーとゲストだけが座ってトークしているのに、その両脇に河本さんと井上さんが!そして台本を持ってMCらしきことをしている!・・・ゴロバでの井上さんの立ち位置って不思議。冷たくされてたと思うと、前に出してもらったり。


今回、見てよかったなあ。


VIPルームのトークが面白かったのでレポを少々。


オーナー「じゃ今日、持ってきて頂いたんですね。まさか、これまた高級な。」

河本「めちゃめちゃ高級です。(たどたどしく)ストラディバリウス。」

井上「(笑)それはなんか、ご存じですか?」

河本「もちろんです。」

オーナー「ものによっては、何千万とか。」

高嶋「何千万のものははないんですよ。ま、普通、億ですよね。」

井上「(すっとんきょうな声で)え゛ーっ?」

河本「どちらで買われたんですか。」

高嶋「これは知人から、売りに出たときに。買おうと思っても、お金があっても、縁がなければ買えない。」

河本「本当にすごいんですから。」

井上「えげつないですね。」

オーナー「なんでそんなにお金持ってるんですか?」

高嶋「いやいやいや(笑)。」


井上「(台本を読みながら)つまらないお笑いコンビのネタをテレビで見てキレるらしいです。お前はよくそれで食っていけるな。はい、一年後はいりません。などとテレビに向かって言ってるらしいです。」

オーナー「次課長とかテレビで見てて、大丈夫ですか。」

高嶋「いやもちろんすごく、面白いですよ。」(一同爆笑)

井上「あぶないよ、それ(笑)。」

河本「バラエティに出られた時も結構(辛口で)言われますよ。」

高嶋「いやいや、出てる時は、すっごい抑えて(手を叩きながら)あははは~ってやってますよ。」

河本「余計、怖いわ。」

高嶋「私が嫌いなのは、下ネタを言う芸人なんです。下ネタは誰がやっても笑えるんですよ。そういう最後の奥の手を使ってまでお前はテレビに出たいのかと。それ以外のことで笑わせろと思うんですよ。」

高嶋「テレビに向かって、つまんねぇ、ふざけんじゃねぇ、どっかで会ったら必ず後ろから頭引っぱたいてやると言うのが、お決まりのフレーズなんです。セット。」

河本「お決まりの。バリューセットみたいな。」

井上「長い一息ですね。」


確かにお笑いに厳しいんですね~。逆に、こういう人にほめられたら、うれしいでしょうね。


後半は井上チーム(ハルカ、大熊)、友近チーム(クワオハ、だいた)に分かれてゲーム対決。わ、チーム名に井上さんの名が!こんなこと、かつてありましたっけ?


1問目は高級バイオリンの音色と安い(といっても2万円)のバイオリンの音色をAとBから選ぶ問題。

「これができなかったら、腹踊りしますよ。」と大見得を切った高嶋さんは、見事に正解。高級なものは、雑音も響くけど、音が響いて、大きなホールで弾くと、雑音が消えて大きな音が遠くに飛んでいくのだとか。

私は全然聞き分けられませんでした。さすが~。


高級焼き肉の問題では、南青山の隠れた名店「よろにく」が登場。井上さん、知っているお店だったようで、玄関が映ると「あー、よろにくや。」と言ってました。


最後の問題で残り10,000点全部を賭ける友近チーム。

「行きましょう。オーナーに34000点!」と、1000点だけ残して賭ける井上さん。

河本「全部でいいんです。1,000点残したからと言って、優勝ありませんから。」

井上「勝ちたいんや!」


結果は見事、井上さんチームの勝利。


ゲストにもお肉がもらえると聞いて、「どのくらいくれるの?」と聞く、お肉好きの高嶋さんに笑ってしまいましたが、12人のバイオリニストの中から6人と一緒に演奏した「チャールダーシュ」、素敵な演奏でした。あんなに真近で聴けるなんていいなあ。


生き生きとよくしゃべって笑う井上さんを見られて、楽しかったです。高嶋さんみたいなちょっと天才肌の人と井上さんは、感度が合うのかもしれませんね。・・・いや、でも内心は怖かったかも(笑)。

今期、朝ドラに苦しんでいるので、このドラマに出てくる人たちの個性的な演技力に、とても心癒され、入り込んで観ていました。と言っても、こんな40代いないだろうというくらいの、すごいストーリーではありました。


私は40歳になったとき、ふと、自分は人生を今折り返したんだという意識を持ってしまって、これからは、今できることもだんだんできなくなって、歳をとって死ぬだけなんだなあと、ブルーな気持ちで日々を過ごしていた時期があります。

そんなことを考えてしまう年頃なんですね。今まで自分の武器というか長所が、歳をとって損なわれた時に、これからも何かを心の支えにして、プライドを持って生き続けることができるだろうかと、自分の人生を見直す時期なのかもしれません。


「魔性の女」という前評判の詩文(永作博美)にばかり、最初目が行ってしまいましたが、そんな彼女はストーリーが進んでいくに従って、地に足のついた知的な女性と目に映るようになりました。娘に見せる母親の顔は至って常識的で、母の魔性を受け継いだ娘を説教する様子に、思わず笑いがこみあげます。

そして、同居しているボケかけたお父さん役の人がまた、ボケた演技に凄味があって、う~んと唸ってしまいました。

静かで平和な生活を求めて、交際していた歯科医のプロポーズを受けようとするも、「あなたはそんな平凡な生活ができる人じゃないとわかった。」と、逆に断られてしまうのも、そこに行きつかない彼女の運命を思って複雑な気分にさせられます。


逆に学生時代優等生で、模範的な専業主婦のブッキー(寺島しのぶ)が、我を忘れて突っ走るのにはびっくり。

幸せな家庭のはずが、ふたを開けてみると夫は浮気しているし、娘は生徒会長の顔を親に見せながら、陰でアキバでバイトしてオタクのアイドルになっているし、息子は反抗期で口も聞いてくれず、家族のために尽くしているのに誰も自分を必要としてくれないことに絶望と怒りを感じ、東大生の家庭教師大森先生(崎本)に走ってあっさりだまされ、大金を貢いでしまいます。

誰も自分を必要としていない寂しさってわかるなあ。主婦って空気のような存在で、いなくなるまでありがたみってなかなかわかってもらえない所があって、何かのきっかけで気持ちが火を噴くときがあるような気がします。


そして女医のネリ(高島礼子)は、独身で仕事一筋という役どころなのに、妙に色っぽいのがギャップで逆に魅力でした。彼女につきまとっていたストーカーは、不器用な仕事をいつも叱り飛ばしていた後輩の若い医師でした。そのことを告白し、謝りながら、いつのまにかあなたに惹かれていたと言う、切々とした彼のまじめな訴えは、不思議なことになかなかマニアックな視点で、気持ち悪いけど面白い人だなあと感心。


その後、ネリのマンションで電話する彼女の後ろのソファにくつろぐ彼の姿を見つけたときには、「うそっ!」と叫んでしまいました。気持ち悪いって言っていたのに。でも、なんとなくわかる気も・・・。


一歩まちがうときわどい昼ドラになってしまうのを、見ごたえのあるドラマにしていたのは、やはりアラフォーというテーマが4人の登場人物を通じてリアルに描かれていた、その視点の確かさゆえなのでしょう。


大石静の書いた小説の方は、ドラマとはまた違ったものらしいので、そちらにも興味をひかれていて、機会があったら読んでみたいと思っています。

食品偽装の摘発が止まりませんね。心ある人の内部告発で明るみに出なければ、日本人の食卓はどこまで危険なものになってしまうのかと、不安がつのります。


特に今回は、売れ残ったものを売り切ろうとするのではなく、食べたら危険があるとわかっているものをわざわざ輸入して不正に転売したという悪質なものでした。

それが、老人施設や保育園の給食などに出されたと聞いて、そんなものを食べさせられた人たちが気の毒で胸が痛みます。

焼酎業界では、風評で買い控えが増えるのではないかと頭を抱えているようです。


「お客様は神様」だった昔から、いつのまに日本は、消費者をいかにしてだますかという商売に変わってしまったのでしょうか。人の口に入るものを扱う仕事をしている人にしては、倫理観がなさ過ぎて、よくそんなことができるものだと溜息をつくばかりです。


人の倫理観や善意が前提になって成り立っていた世の中の仕組みを、残念ながら最初から疑ってかかるシステムにしないことには、これからもっと、同じような事件が出てくるような気がします。


自分で選んでしかたなく食べたのならまだしも、チェックできずに作られたものを食べるしかない人たちにとっては、この事件はあまりにも暴力的です。


病人や死者こそ出ていませんが、逆に体に自覚が出るか出ないかギリギリのところというところまで計算していたのだとしたら、それもまたこわい気がします。味を良くしたり、腐らないようにする技術が進みすぎて、消費者が自分で判断できなくなっているというのも、この頃の食品偽装の特徴のように思います。


消費者が目で見て判断がつかないとしたら、いったいこれから何を目安に、食品の安全を見分けられるんでしょうね。


ひとつひとつの事件というより、そういう流れの中にいるという怖さがあります。