なんだか寝損ねてしまい、娘が試合なので4時30分には起きねばならず、寝るのはあきらめてブログを更新することにしました。
実はこの日限りで、娘は15年間続けてきたスイミングを引退するのです。
たまたまスイミングクラブの中にある幼稚園に入園させたために始めた水泳でしたが、お兄ちゃんの方は中学3年の時、いろいろあってやめてしまいました。娘が小6の時でした。あとからこの頃のことを書いた娘の作文が出てきて、こんなことを思っていたのかと何度も読み返しました。
選手コースはいくつかのクラスに分かれていて、泳ぎ込んでいくうちにクラスが上がっていくのですが、娘はなんとかお兄ちゃんのクラスに行きたい一心でがんばっていたようです。見上げる存在であり目標だったお兄ちゃんが辞めるというのは信じられないことだったらしく、「とてもがっかりした。でも私は辞めない。」という、これからも自分は続けていくという、決意表明のような文章でした。
小さい頃かけっこで、勝てると思えば全力疾走するけど、無理だとわかると途端に手を抜く様子を見ていて、あまり勝負事には向いてないな、すぐにやめてしまうんだろうなと思っていたのにここまで続けてきたのは、やはり泳ぐことが好きだったからなんでしょうね。
練習の細かいことは帰ってきてあまり話さないのですが、たまに聞くとすごいな~と感心します。冬は長距離を泳ぎ込むメニューなので、泳ぎ疲れてくると足がつってくるそうです。つった足をかばって泳いでいると今度は両足がつり、もがいていると、「まだ手があるだろう!」と、コーチからゲキが飛ばされます。最後はみんな、溺れかけた人のようになって、必死でメニューをこなすのだとか。
大変だったことも、一緒に泳ぐ仲間と分かち合うことで、親しみが増すというのもあったようです。
コーチや方針がころころ変わるのに耐えられなくて、クラブを移籍した時のこと。変わる前は随分悩みましたが、移籍してみると、同年代の選手がたくさんいてみんな仲が良く、それも長く続けられた理由だと思います。安田大サーカスの団長さんにそっくりで、話がとても面白く頼りがいのあるコーチがいて、その人のおかげで明るい雰囲気でした。そのコーチが、「家族を養っていかなくちゃいけないからゴメンな。」と言って、違うクラブにヘッドハンティングされてしまった時は切なかったです。コーチって、激務の割には薄給なんですよね。
そういえばお兄ちゃんが水泳をやっていた頃、面白いと思った話。
練習が始まる時に、今日の練習メニューを言われるのですが、何十本と泳いでいると数えまちがえてしまうこともあるそうです。そんなとき、気づいたコーチは、ビート板を手裏剣のように投げて気づかせるのだとか。それがなんだかうまくて、よく当たるのだそうです。小さい子はビート板なのでそんなに痛くないのですが、大きいお兄ちゃんたちは、プールサイドに半分凍らせて持ちこんでいる、自分たちのスポーツドリンクが飛んでくるので、こちらはかなり痛そうなのだとか。
こんなエピソードを語っていたら時間がたつのを忘れそうですが、子どもたちが水泳を卒業する日が来るなんてと、親の方がしみじみしてしまいます。
始まりがあるのだから、いつかは終わりもくるものなんですね。