高橋大輔選手に何とかメダルをとってほしいと、祈るような気持ちで観ていたのですが、取れてよかった~(*^_^*)
去年の今頃は、リハビリで苦しい日々を送っていたんですね。フィギュアスケートというと女子に注目が集まりがちですが、何故か今回のオリンピックでは、高橋選手が気になっていました。
生き生きとした、いい目をしているなあと。
人間顔じゃないとか言いますが、この歳まで生きてきて感じることは、その人の精神性というのは一番、目に現れるということ。目は心の窓とはよく言ったものです。困難を乗り越えて、目標に気持ちが向かっていく中で、不必要なものがそぎ落とされて、目指すものに向かう純粋さが研ぎ澄まされていったのではないでしょうか。
最初の4回転で転んだ時は「あー、やってしまった!」と頭を抱えましたが、それでもひるまず、というか、却ってスッキリしたように伸び伸びと演技している様子は、本当に楽しそうで、あの場所に自分がいられることのうれしさと、滑ることが楽しいという気持ちがすごく観る方に伝わって感動しました。
競技に出ている日本人選手を観る時思うのは、メダルの重圧やミスへの不安で、苦しそうな表情をしている選手が多いこと。そんな風に追いつめているのは、大会の偉い人だったり、マスコミだったりするのかもと感じます。でも、そういう人たちが、それほど競技のこととか選手のことを考えているのかというと、そうでもないような。
国母選手についても、あれだけバッシングしておいて、競技が始まった途端、見守るような報道に変わっていて不気味でした。ストリート系の種目だと頭においてあの着崩し方を見ると、私には全然違和感がなかったし、普段目にする公立の中学高校の制服姿とダブるくらいで、出場辞退するほどのこととは、とても思えませんでした。しかも、公式の場でしていたのではなく移動中で、そのあと問題になった記者会見も、謝罪会見ではなくて日本代表の会見中質問に答えたときのことだったと後で知って、伝え方で悪い印象を与えた部分が大きかったのではないかと、マスコミの怖さを感じました。
オリンピックに出る選手というのは、確かに出させてもらっている部分もあるし、税金も使っているのだろうけど、それ以前に選手の努力なくしてはあり得ないということが、忘れられている気がします。遊びたい時間を練習に費やし、海外遠征や道具代、コーチ代など、選手自身の負担は想像以上のものだと思います。
そうした努力をして権利を勝ち取った選手に対して、周りの人ができることは、応援してモチベーションをあげること、邪魔をしないであげることではないでしょうか。
あんな報道は、テレビを観る人のヒマつぶしになって視聴率はあがったかもしれないけれど、国母選手の家族やコーチなどの身近な人たちの心をどれだけ傷つけ、本人のテンションを下げさせたことか。オリンピックに至る4年間の努力を踏みにじったことか。
スポーツを応援する企業にも不況の風が吹き荒れるこの時代、スポーツ選手がオリンピックを目指し続けることはなかなか難しくて、メダルの数も増えにくい時代が続くように思います。
そんな時代に、大舞台で自分の実力を出し切った選手に、心からの拍手を送りたい、そういうことのできる国民性であってほしいと、高橋選手の清々しい笑顔と涙を見ながら感じたことでした。