子どもの泣き声にはすごいエネルギーがあって、電車の中や夕方のスーパーなどの人混みで出会うと、思わず振り返って見てしまいます。
つい最近までそれを耳にすると、反射的に「行かなくちゃ」という気持ちになりました。そうだ、自分の子じゃないんだったと、次の瞬間我にかえるのですが。
気持ちを言葉で伝えることができず、自分で問題を解決できない赤ちゃんや幼児にとって、「泣く」ことは思いを伝える全てだから、その全身全霊を込めた泣き声を聴いていると、今でも心揺さぶられるような気がします。
こんなにありったけの声を出して、悲しみを表現できるのは、子どもの特権ですね。
いつから人は、声に出して泣くのをやめるんでしょう。
「ものごころついた頃」という言い方をしますけど、そんな頃なのかなあ。泣いているのを人に見られて恥ずかしいと思うくらいの年頃。
たとえば大人になって、子どものように声をあげて泣くことがあるとしたら、それは随分耐えがたい悲しみに心が壊れた時なんだろうと思います。
経験の少ない子どもにとっては、きっと自分の身に降りかかるほんの些細なことさえ、この世で一番の悲しみなのかもしれません。
その情感豊かな泣き声を、年末の夕方のスーパーで耳にするたび、なんだかしばし聴き入ってしまい、そんなことをつらつらと考えてしまいます。
音楽のように響く、その気持ちの音色に。