こんにちわ。




今日は平日ですがお休みというコトで、

久しぶりにまたぁり間を満喫しております。





さてさてドラゴンズ!!


8連勝中であったので、

オールスターによる中断はしないで欲しいという思いもありました。



でもオールスターの吉見や川井はピリッとしておらず、

イヤな部分を先に出すコトができたかな?というプラス思考中です。



明日からは首位ジャイアンツ3連戦、

金曜日からは3位スワローズとの3連戦です。

後半戦のスタートダッシュにはもってこいの相手です。




話は変わりますが、前半戦大活躍のブランコ。

たしかに今年の入団ではありますが、

彼専用の応援歌がないのが寂しい・・・。



専用応援歌がない若手などに用いられる応援歌、



 ホームランホームラン ○○

 ホームランホームラン ○○

 さぁ来るぞ 絶好球

 狙い定めてぶちかませ

 そぉれそれそれ かっとばせ ○○



とはいえ、内容からして最もふさわしい応援歌かもしれません。





さぁ、明日からまたきっちり応援しましょっ!!




ほいじゃ野球




ぺたっ 読者になる? 軌跡!?



こんばんわ。



今宵は生涯2度目の"鮑"を喰らいました、お刺身で。

むふふ・・・。






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さて今日は『無情』で。





禁欲的な気風・気質といった固定観念が

武士・サムライの世界にはあったようです。


自然に湧き上がる素直な欲求や感情を、

敢えて抑えるという苦しみを含んだ行為が、

武士・サムライの在り方だったようです。





難しい言い回しではありますが、想像できると思います。

"禁欲"的な行為は現代の私たちも"戒め"や"挑戦"の意味で

取り入れたコトもあるのではないでしょうか?


でも確実に違うコトが一つ、

表題にあるように"無情"かどうかです。


たとえばダイエット、我慢という背景の元の"禁欲"であり、

それは決して『無情』はありません。






日本人(サムライ)にとっては、


 多弁を弄して思想や感情を述べるというコトは、

 行為自体があまり深刻ではなく、誠意に欠けるしるし。


と。またそれを作者は、


 口開けて腸見する柘榴かな


ということわざで表現しています。

思想を隠す技術です。


詳細は以下英文(原文)を参考にしてください。


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To give in so many articulate words one's inmost thoughts and feelings--notably the religious--is taken among us as an unmistakable sign that they are neither very profound nor very sincere. "Only a pomegranate is he"--so runs a popular saying "who, when he gapes his mouth, displays the contents of his heart."


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一方、当然ながら以下のようにも考えるコトもできる。


 苦痛を耐え忍ぶ心理と、死に対する無頓着さは、

 神経の細やかさに欠けている。


日本人に対する日本人以外からの視点です。







最後に『克己』というコトバを紹介して終わりにします。

まずはYahoo!辞書から引用。


 克己 ・・・ 自分の感情・欲望・邪念などにうちかつこと


思いやりの心を抑え、素直を歪めて偏屈を生み、偽善を育む、

克己心で以って究極の善の状態に到達すべく、

武士・サムライは訓練したと言っています。




そうして到達した先に自殺、いわゆる"切腹"があるというシナリオです。







武士道をいろいろ勉強してきました。

いよいよ真髄に来たか?という感じになってきました。






活気溢れさせて永続的に戦い、そして挑み続けるコトはとても重要だと思います。

文化面においても"生涯学習"というコトバがあります。


これは持論ですが、

"ひく"という行為が定義されている考え方や方針はあまり見かけない気がします。


読む前なので推測ではありますが、

武士道には"切腹"など、その道から"ひく"コトまで踏まえられた

貴重さがあるのではと、私はこの先の展開を期待しています。

(武士道においての"切腹"が"ひく"に相当するかまったく分からないのですが)



"ひく"という行為が発生するのは、

その道に到達点や限界点があるからと私は考えます。


つまりその領域に不要となった場合は"ひく"コトが正しい、

そのように暗黙のうちに定義しているのだと。



この先に創造性を備えたモノは別として、

"ひく"という行為が含まれていない道は、

まだ未開の道であり、先駆者を待っているのでは?









後半は『無情』からえらい脱線しちゃいました・・・。

"切腹"への架け橋をしているウチに色々思ってしまい。


・・・書いているうちに、

「何かビジネスチャンスでもないかな」なんて思っちゃいました・・・。






ほいじゃ刀 土方




ぺたっ 読者になる? 軌跡!?



こんばんわ。



体が資本と意気込む私、

どんなにへこむコトがあっても、

美味しいモノ食べた途端に忘れるという長所で、

今日はプリン食べながら楽しくブログ更新ですっ!





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さて、武士道でのブログ投稿も11回目、

200ページ弱の書籍で、残すところ半分余りという進捗状況ですが、

11回目の書き込みになるとは自分もびっくりです。


数ページごとに考えさせられるモノがあり、

武士道というかこの書籍の深みにはまっているという自分にびっくりっちゅう訳です・・・。





今回は武士道の『品性』について。

価値観とでも言えるかもしれません。



『品性』ってYahoo!辞書で調べました。


 品性 ・・・ 道徳的基準から見た、その人の性質。人格。


道徳的基準から!?どういうコト?

しっくりきませんでした。



でも本の冒頭では、


 武士の訓育にあたり第一に必要とされたのは『品性』を高めるコト


 知能が優秀であることはもちろん重んじられるが、

 サムライにおいて学問は行動原理の外的要素。

 武士という役職を全うする上で利用する程度のもの。


という感じに言っていると思います。





そういう理由からか、

武士道での訓育には算術が欠けていたそうです。

(もっとも物理的な戦闘を行っている上では必要はなかったのも事実です)


また、美の価値を認めるという武士・サムライは

損得勘定をとらない、という性質がう一つ側面にあります。


その性質は、


 ・むしろ足らざるコトを誇りとする


 ・汚れをまとった利益より損失を選ぶ


という境地にまで至ります。




真の武士道には、やらせも嘘も悪巧みも、

そのような悪徳は一切ないコトを示しています。


現代においては、

上記のような行いが"偽善"とまでに思われるような時代です。

その由来が金銭絡みなのか何なのか、

武士道の時代から現代までに侵入してきたモノを探求する必要はあるかもしれません。





で、そのような武士・サムライは、

無銭・無報酬の実践のみを信じて行う、とあります。


これだけ言うとますます"善意"なのか?と思えますが、そうではありません。

精神的な価値にかかわる・生み出す仕事は、

報酬で対等を測ることができない貴さがある、というコトなんです。


有形でもない、計数として測定することもできない、

そのようなモノに金銭を用いるのはきわめて不適当、という考えです。





・・・!?

身近にありました。


あってはならないモノですが、"サービス残業"が上記に当てはまるかもしれません。

(ただ無報酬ではなく駄賃ありきが正しいカタチですが・・・)




最後に締めくくりの文章を抜粋します。



 サムライは・・・。


  ・逆境に屈するコトのない高貴な精神の威厳ある権化


  ・学問が目指すトコロのものの体現者



私たちは、少しの学問でもって社会人として仕事をしています。

そんなちょびっとの学問習得しかできていない私は、

その学問の究極値を体現しているサムライまでへの隔たりが、

測り知るコトができないモノであると、本日しっかり理解できました・・・!?






ほいじゃ刀 土方




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