・・ 夢と現の朧なる ・・ -17ページ目

・天涯繚乱 Act.204 掲載




前回の更新から本日の間、世間では大型連休がございました。


ワタクシ、残念ながら連休の恩恵に預かっておりませんが、立て込んでいた5月前半が終了して、ようやく落ち着いた感じです。


久しぶりにブログに「創作文」の連投が続いているのもその影響。




少し前から「天涯繚乱」では各方面の甘い関係見え隠れな展開ですが、今回も掲載前に校正のつもりで読み返していたらちょっとこっ恥ずかしくなりました。


な、なんだか、不器用な人が自分の気持ちに気付く様子とか、普段難しい人が良い意味で骨抜きになっている様って、第三者として冷静に見てると恥ずかしいですね!!←今更



書いている時はまったくもって真面目に仕上げたはずなのに、時間を置いて読み返すと自分の文章なのに落ち着きません…自分の文章だからか?





日常的な小ネタと言えば、先日「ランブータン」について調べたときのお話しをひとつ




近所のスーパーで棚卸の関係なのか、トロピカルフルーツの缶詰が98円という格安で販売されていました。

久しぶりにフルーツポンチでも作ろうかな…なんて思っていた矢先のことだったので、ありがたく購入。


帰宅して母に見せたところ、原材料の中にある「ランブータンって何?」という話に。

名前は知っているけれど、そう言えばどんなフルーツなのかよく知らないな…と思ってwikiで調べてみました。



便利な世の中。



で、ランブータンとは何ぞやと見てみたところ、ライチと同じ科目の植物という事が分かりました。

通りで、果肉がライチとそっくりの白くて少し透き通った色。

表面はツルっとしていて、食感は柔らかさの中にもちょっとだけシャリっと感が残っている。

表皮は見たことないけれど、どうやら赤い皮に毛が生えている模様。



名前の由来を見てみたら、原産国の言葉で「毛」や「髪」を表す言葉に、接尾辞「-an」を付けて「ランブータン=毛の生えたもの」という名前だそうです。


現代日本で表現するなら、「毛の生えたヤツ」ということかと母親と大盛り上がり。

「あの、毛の生えたヤツ」呼ばわりなんだろうと、ひとしきり騒いでから二人揃って一瞬の沈黙。


直後、同時に口を開き、







「 「 毛 生 え 」 」







母と思考回路の同期率がほぼ100%だと実感した瞬間でした。


今までにも同じタイミングで同じ発言が重なった事はあるけれど、今回の「毛生え」は群を抜いていたのは間違いありません。




母娘、ずっと一緒にいると思考回路や喋るときのリズムまで似てくるものなんですね。


人間は周囲の環境に影響を受けて、適応していきながら生きるもの。

どちらがどちらへ、ということではなく、相互に影響を及ぼしながら今日に至っているんだと思いました。




ということで、ランブータンを見たらこの先、いつでも「毛生え」のエピソードを思い出すのでしょう。




初めて会ったはずなのに、何故か知っていると思った。




既視感。




まさか、こんな場所で再会するはずが無いと思って、失礼と知りながらもう一度顔を見てしまう。


静かで涼しげな目元、すっきりと筋の通った鼻、淡く色付いた上品な口元。


白くてふんわりした頬には、ほとんど化粧気が無い。




それでも薄化粧をしているのは、鈍感な男の目でも分かる。


この化粧が取れたら、目の前の人は学生時代のあのときのまま、何一つ変わっていないのではないかと思う。


そのぐらい、当時から大人びた雰囲気を持つ綺麗な少女だった。


少なくとも、自分はそう思っていた。



小柄だけど胸を張って凛と立つ姿は、転校生としてセーラー服を着て現れた時から変わらない。


飾り気の無いシンプルなパンツスーツを着ていると、わずかばかり背が伸びたのかなと感じる。


いや、背が伸びたと思うのは錯覚で、ヒールを履いているからそう思うだけかもしれない。


何も言葉に出せずに見詰めてしまうと、視線に気付いた彼女に不審な目で見返された。




目が合った。




気まずさを覚えるより早く、学生時代に置き去りにしてきた感情が湧き上がる。


目の前の人は他人の空似で、学生時代に出会った少女のはずはない。


年齢も違えば立場も違う、手の届かない人。


曖昧な記憶の中で、ふと沸いた懐かしさが過去の少女と目の前の女性を無理矢理繋げようとしているに違いない。




勘違いだと、忘れようと、不自然な勢いで顔を背ける。


背後から、床を打つヒールの音が響いてくる。








緊張が高まった瞬間、彼女はすぐ側を通り過ぎていった。


静かな、物言わぬ背中。


どこか淋しさを漂わせる、華奢な背中。




あの日の少女のはずがない。




だけど。




あの日の少女と変わらない。



ずっと忘れていた。


胸の内を打ち明けても、困ったように笑って立ち去っていったあの日の背中。


まるで魔法にでもかけられたかのように忘れていたのに。


きっと繰り返す。




恋に落ちた、遠い日の続き。






~久し振りの、わかる人だけ分かればいいシリーズ。

  今回は「déjà vu」パラレル。



罪にはならない罪を、いくつも重ねた。


誰もが知っていて、誰も知らないことになっている。




わたしの手は汚れている。


大義名分という言葉を笠に着て、意思を持たずに生きてきた。




生きてきたと言うのもおこがましい。


あの時間、わたしは生きていたとは言い難い。


命令に従う為に動くだけの、肉の塊だったに過ぎない。




静かで無感動な心から、もう一度生まれ直したのは偶然じゃないことを知っている。


胸が騒ぐのも、震えるのも、涙が零れるのも、生きることを受け容れたから。


取り返しのつかない罪の意識に、恐怖という言葉を知ったから。




わたしは今、生きている。



自分の意思で、生きている。



罪を償わなければいけないことを、誰よりも自分が知っている。


誰も責めないなら、自分で責め続けるしか無い。




そうすることでしか、わたしの罪が赦される日は来ない。


わたしが、わたしとして生きる為に選んだ道。




誰が赦しの言葉を伝えたとしても、わたしが自分を赦すその時まで終わることは無い。




闘うことには慣れている。




責められることには慣れている。




限りある命の尽きる前に、自分を赦す時が来ることを願いながら。


今はまだ、果てしなく深い罪の意識に飲まれて足掻きつづけている。