5月06日16時00分

提供:NEWSポストセブン



エジプトリクガメのブログ

さかなクンが魚に興味を持ったのは小学2年生のとき

 春を迎えて新しい学校生活をスタートさせるお子さんを持つ読者も多いだろう。子どもの好奇心を受け止めて、どうやって育てていくのか。小学生のころからお魚街道まっしぐらで、子どもにも大人気の東京海洋大学准教授のさかなクンに、子どもの好奇心の育て方を聞いた。(取材・文=フリーライター神田憲行)

 * * *
さかなクン:私がお魚に興味をもったのは小学2年生のときでした。友達が描いたタコの絵を見て、「こんな不思議な生き物がいるんだなあ」とものすっギョく興味を持ちました。そこからタコを夢中で調べたり、お魚屋さんや水族館でタコを見て夢中になりました。また、休みがあると房総半島に住んでいた親戚の家に泊まらせてもらって海でタコを探しているうちに、海とお魚もどんどん好きになっていっていきました。

さかなクン:母に感謝しています。毎日のようにタコをお魚屋さんで買ってくれました。そしてタコの姿をじっくり見て絵を描きました。タコの料理を作ってとお願いすると、ぶつ切りとか、たこのバター焼きなど一ヶ月ぐらいずっと作ってくれました。フライパンにバターを入れて溶けてきたときに、塩・コショウをふりかけたタコのぶつ切りにしたのを入れて、フライパンで炒めるだけなんですが、それを我が家ではタコのバター焼きと呼んでいました。タコがだんだんピンク色になってきて、すごく美味しそうなんです。大好きなお魚だから、さまざまなお魚の魅力をギョ感で――いや五感ですね、すいません「ゴ」を「ギョ」という癖があるもので!もちろん、ギョはお魚の意味を込めています。

 ハコフグの帽子に白衣、いつもテレビで見る姿でインタビュールームに現れたさかなクンは、テンション高く魚との出会いを愛おしそうに語り始めた。私が「さかなクンさんが……」というと「さかなクンでお願いします!」。

さかなクン:お魚と並行して夢中になっていたのが絵を描くことです。母や祖父によりますと、何か夢中になるとその絵を描いて落ち着いていたそうです。お魚の前に描いていたのはトラックで、そのあと水木しげる先生の描かれる妖怪が大好きでした。水木先生が点だけで描写された妖怪の絵があって、「凄いな、点だけで絵になるんだ!」と驚いたのを覚えています。トラックも今もカッコイイと憧れを持っていて、自宅に三菱キャンター昭和55年モデルを持っています。

--どこのミニカーなんですか

 ミニカーじゃなくて、本物のトラックです。

--えっ本物ですか!?

さかなクン:はい。これは当時「黄金の脚」と呼ばれた2トンダンプトラックなのでギョざいます。今運転しているのはオートマチック車なので、漁師の友達のトッシー君に運転を教わっているんです。

 魚への探究心を持ち続け中学生になったさかなクンは、勘違いで入った吹奏楽部で、ある偉業を達成する。

さかなクン:吹奏楽部は「水槽がたくさんあるクラブ」と勘違いしちゃったんです。でも入ってみるといろんな楽器があって、ピッコロがヒュウヒュウと奏でるかと思えばチューバがボンボンと重低音を響かせたり楽しい。吹奏楽部の顧問の鈴木先生が、理科の先生でもありました。中学3年生のある日、鈴木先生から職員室に呼び出されました。「なにか怒られるのかな」とドキドキしていったら、理科室にカブトガニがいたんですよ!当時1年生の男の子のおじいさんが九州で漁をしていて、偶然網にかかったのを生きたまま、資料用に学校に送ってきたんですね。その飼育方法について、鈴木先生から相談されました。

 中学生で先生から飼育方法を相談されるのだから、さかなクンの知識の深さをうかがわせる。しかしカブトガニは元々身体が弱っていたのか数ヶ月で死亡。新たに2匹目が送られてきた。

さかなクン:そのカブちゃんは凄く元気で、持ち上げると脚と脚がぶつかってカチャカチャするくらい動き回るんです。水槽から理科室の床に出して散歩をよくさせていました。これがメスで、オスも送られて来ました。吹奏楽部の朝練習の前と放課後には2匹を出して、よく散歩させていました。カチャカチャと音をさせながら歩き回っていました。

 理科室の床を這い回るカブトガニの図というのはなかなかシュールだが、ある夏の日、それが起きた。

さかなクン:オスがメスの後ろからしがみついていたんです。「あれ?交尾かな?」と思って見つめると離れる。目を離すとまたくっついている。そうするうちに水槽の水にトウモロコシの実みたいな黄色い粒が浮かんだんですね。誰かイタズラでおもちゃのボールでも入れたのかと思って掬ってみると、ブヨブヨしている。顕微鏡で確認したら、なんと卵でした。カブトガニが水槽の中で産卵することも、孵化することも珍しいことだそうです。たぶん水槽から出して散歩させていたのが、潮の満ち引きみたいなリズムになって、カブちゃんが勘違いしたのかな?と思います。


さかなくん すごすぎ・・・

東松山こども動物公園


カピバラ温泉




↓おやじ?
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↓これ どうなってんの?

 カピバラさん 煮られてる? 


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いちばん右の子 ヤバイ  イっちゃてる ショック!


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夢の扉+



「意思あれば 道あり」


2013年5月5日(日) 18時30分~19時00分
“犯罪の巣窟”ニューヨークの地下鉄を再生させた日本人

~“デザインの力”で人々の行動を変え より良い社会をつくる!~ 

ヒラリー・クリントン、マドンナと並び、『過去25年間で、最も影響力のあるニューヨーカー100人』に選ばれた日本人がいる。


工業デザイナー、宇田川信学、48歳。
かつて、世界最悪と言われたニューヨークの地下鉄。
その再生を託された宇田川は女性も子供も安心して利用できる地下鉄に蘇らせた。
彼の手法は、警備員の増員や監視カメラの増設でもない。
それは、人々の行動をも変える「デザインが持つ力」。
「デザインの力で犯罪を減らすー」 でも、どうやって?落書き、車両破壊、窃盗…。
宇田川は、地下鉄構内をくまなく回り、人々の心理、あらゆる行動パターンを想定して問題点を探ったうえで、車両デザインを練った。
未知なる挑戦に挑む宇田川を支えたのは、『根気が無くなったら進歩がないよ』という父親の言葉。
溶接業を営む父。宇田川の原点は、この下町の町工場にあった。
宇田川信学
1964年東京都生まれ。千葉大学工業意匠学科卒業後、クランブルックアカデミーオブアート、アップルコンピュータ、IDEOを経て、97年シグリッド・モスリンガーと共に、「Antenna design New York」を設立。米国ID Review賞、IDEA賞など受賞。



父親からの メッセージをみて 涙ぐむ宇田川さん

「人はみんな 同じだから

人のために なることを・・・

違うのは 言葉だけ」


と、息子にメッセージを贈る父親。

それを みて わたくしも 涙がでた



こんな父親が欲しかった

尊敬できる 親に育てられたら   

自分だって いまどんなに 素敵な人になっていたかな


しょうがないよね・・・

親を尊敬出来る人なんて

そんなにはいないんだ


うらやんでも しょうがない

自分をすこしでも 高めていくしかない

自分のこどものために


わかっちゃいるけど・・・



これは 感動の涙なんだ

嫉妬じゃない

自分が哀れなんじゃない

「小道」って


なんとなく かわいい(╹◡╹)


こみちを


歩いていくと


トトロがいそう



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坂の上には 青空


影が 濃くなって来た


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母はこれから


子どもに 還っていくのかな~



母の話を聞いていると


自分を「お姫様」にしてほしいみたいだけど

食事を作って食べさせてくれて


楽しいお話をしてくれて


可愛い孫を側にはべらせて


ご近所付き合い その他


自分のやりたくないことは すべてご自慢の子どもに やってもらいたいと



本気でいっているから 困ったなぁ・・・


普通だったら それもよしだけど


なんせもう年寄りなのだし


でも


今まで自分がしてきたことを まったく忘れている!?



年寄りは 自分のしたことを すべてチャラにできるのだろうか・・・



一時期は そのようなお姫様状態だったはずなのに


弟家族を追い出して 一人暮らしで せいせいしていたのでは


なかったのだろうか


2週間の検査入院でも 悪いところは見つからず。


やっぱり 悪いところは性格だけだったと 思っていたのに





トトロの小道を歩いていくと


そこにいるのは


トトロならぬ 

小太りの母にひひ


体型だけは 似てるっ!!




母も トトロを見習って


自分がやってもらいたいことばかり


考えずに


ヒトに優しくして ヒトの役に立つことを


やってくれないかな~



ま。無理だね








リモコンをおかれるねこ


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「も~!なに?」

というねこ



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かえるまんじゅう カエル



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激カワラブラブ
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4月29日16時00分

提供:NEWSポストセブン

 姿を見かけると悲鳴をあげられ、問答無用で駆除の対象となるゴキブリだが、日本で“害虫”として認知されるようになったのは、約50年前、高度成長期のころからだった。

 アフリカ原産のゴキブリは、温かく食べ物がある場所でなければ生存できない。高度成長期より以前の日本では、食べるものがふんだんにあり、保温性が高い場所を確保できる豊かな家でなければゴキブリは生きられなかった。

 実際に、大正11(1922)年につくられた童謡「こがねむし」は「こがね虫は金持ちだ 金蔵たてた蔵たてた」と歌い出すが、このコガネムシは緑色に輝く、夏にあらわれる昆虫のことではない。作詞した野口雨情の出身地では、チャバネゴキブリのことを「こがねむし」と呼び、現れると金が貯まる縁起物とされていた。

 ところが、日本の住宅事情が改善され人々の生活が豊かになると、特別な金持ちの家に限らずゴキブリは出現するようになった。すると、縁起物の地位からすべり落ち、細菌やウイルスを運ぶ“害虫”と考えられるようになった。

 50年ほどのゴキブリ駆除の歴史のなかで、日本人はさまざまなチャレンジをしてきた。

 殺虫剤をくん煙させ、隙間に入り込んでも追いかけて駆除する製品が発売されたのは1961年。少し置いて1968年にはエアゾール式製品が登場し、家じゅうを殺虫剤でいぶさずとも手軽にゴキブリ駆除に取り組めるようになった。そして、1970年代には、ゴキブリを捕獲して取り除く、捕まえたことを確認できる装置が流行する。

 使用する殺虫剤の成分は変化したものの、多くは上記3タイプに分けられていたゴキブリ駆除商品に、新しいタイプが登場したのは1980年代半ば。日本におけるゴキブリ駆除の歴史が始まった当初から、農家などには伝えられていた「ホウ酸団子」が主婦の間に口コミで広がり、ブームとなったのだ。これをきっかけに、殺虫成分入りのエサを食べさせる毒餌剤が新たに加わった。

 さまざまなタイプを生んできたゴキブリ駆除商品だが、すべてのタイプに対して一貫した変化の傾向がある。人への安全性を、より重要視していることだ。

 有機塩素化合物を殺虫剤として使用することで始まったゴキブリ駆除商品だったが、環境問題への関心の高まりとともに、使用する薬剤は、より人体への心配が少ないものへと変化していった。いまや、この春に発売された「ゴキブリ凍止ジェット」(フマキラー)のように「殺虫成分ゼロ」が最先端の駆除商品だ。

 温かいところでなければ生きられないゴキブリの性質を利用し、冷却効果で動きを瞬時に止めるため、使用しているのは噴射ガスだけなので、殺虫成分が必要ないのだ。

「マイナス75度(※降下温度。条件により異なります)の冷却効果で、動きを瞬間的に停止させます。使用するのは冷却ガスのみ。成分がガスだけなので噴霧後にすぐに乾き、ベタツキ汚れが残りません。まさに”究極のクリーン処方”と言えますから、冷蔵庫の近くのような食品まわりや、寝室、子供部屋でも安心して使えます」(フマキラー商品開発担当者)

 ゴキブリには厳しいが、人にはやさしいという駆除商品のトレンドが、しばらく続きそうだ。

うちには このむしはいないから


過酷な環境なのだろうにひひ

H(えっち)って


変態のHから きてたんだって!!



知らなかった・・・にひひ



2010年01月06日

 AFP通信の伝えたところによると、台湾の国立台湾海洋大学の海洋生物学者が5日、イチゴ色をした水玉模様のカニの新種を発見したと発表したそうなんだ。

 このカニを発見したのは、同大学の何平合教授。台湾南部の墾丁国家公園の浜辺で、前年起きた船の座礁事故が環境に及ぼす影響を調査していた際に2匹見つけたという。



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「イチゴカニ」?台湾で新種発見

 教授がAFP通信に話した ところによると、1匹はすでに死んでおり、もう1匹も発見時に死にかけていたのだそうだ。サイズは約2.5センチメートル。現在、この新種について論文を執筆中だという。

 









先日 タンポポをスケッチした



たんぽぽをみると小学生のころ


友だちの家で お母さん猫がいない間


生まれたばかりの子猫にネコ


タンポポの茎からでる汁(白くて乳っぽい)を


「ほら 飲みな~ お乳だよ~ドキドキ


と 吸わせたことを思い出す・・・爆弾



でも タンポポの汁は 身体に良いらしい・・・


いいわけにならない?(;^_^A


ま 子猫さんたちも 元気にすくすく大きくなったから よかったけどラブラブ


こどもって 結構 残酷なことするよね


よくやった遊びが ありんこの巣に水を流し込むという・・・


・・・悪いガーン


どうして 昔の記憶は芋蔓式に思い出すのであろうか


たとえば 川にた~くさんいる おたまじゃくしを


手ですくい・・・熱い石の上に 干す!!


あれは 非道い(;´Д`) 黒豆みたいだった


でも 田んぼの干上がりそうなオタマジャクシには 


バケツで水を補給してあげた


あとは ヘビを捕まえて しっぽを持って振り回す!!



当時 ヤマカガシには 毒がないと言われていたので・・・にひひ



今思うに どうしようもないこどもだったな~ショック!



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