ノーカー(農家)ライフ A farmer (Noka)'s no-car life. -8ページ目

ノーカー(農家)ライフ A farmer (Noka)'s no-car life.

イナカに暮らしてロシア語通訳と趣味の園芸やってます。
仕事とくらし、都会とイナカの問題、ノーカーライフの様子をお伝えします。

今年が始まって以来、今までずっと翻訳の仕事です。

開業以来まる16年。思えばここまで生き残ってこれたのは本当にラッキーだ。

 

翻訳は、ビジネス文書や学術論文を訳すことが多い。

 

学術論文だと、どの分野も書く人によって専門用語の使い方がまちまちなことが少なくない。

日本側ロシア側両方ともそうだとわかるまでに、2年くらいまったくちんぷんかんぷんな期間が続いた。

 

開業間もないころは、分からない単語があったらそのたびに大慌てで人に聞いたりした。

 

今も詳しくは分からないものの、だいたい何が言いたいのか見当がつき、ほとんど人に聞かなくても大丈夫になっている。その分原稿の仕上げが速くなり、納期の厳しい仕事にも対応できるようになった。積み重ねというは、本当に岩をも穿つというか。

 

 

で、来週末からいよいよ出張の仕事が連続4件。私用も含めるとおそらくもう4月まで家に戻ってこない。薪ストーブを焚くのもあと数日。

 

 

こんなにマキが余ってしまった。

 

親父の手術の立ち会いや特養ホーム探しで郷里に合計3週間以上いたので、その分が余った。今シーズンはひときわ短く思える。

 

 

こっちのまきはほとんど手付かず。なんか不完全燃焼だったなー。

ま、その分次のシーズン向けのマキ割りが楽だけど。

 

出張中も1週間に1度更新するつもりですが、不定期になるかもしれません~。

 

お正月に帰省したばかりだけど、また郷里にとんぼ返り。
Вновь съездил в родной город, чтобы поискать для отца квартиру  с специальным медицинским уходом. Отец с большим трудом ходит на своих ногах уже несколько лет. Энергия у матери для ухода за ним истощается.
 
いよいよ自宅の老々介護が難しくなってきた親父のために、
24時間介護付き特養ホームを探しに。
 
仕事の関係上、1週間しか滞在できない。
 
とにかく時間がないーーー!
 
といっても、夜はこんな風に昔の友達と飲んでました。
 
1週間で高校の恩師とお茶、
 
小学校の同級生と飲み、
 
中高の同級生と飲み、
 
で、仕事仲間と飲みいの。
 
これでは同窓会のために帰ってきたようなもんだ。
 
一方、ケアマネジャーの紹介で、奇跡的にホームが見つかった!しかも個室。
Чудо, что за неделю удалось найти такую квартиру.
 
あまり社交的とは言えない親父も、これなら満足度が高いだろう。
 
母親と急いで見学、サービスの内容について営業職員を質問攻めにし、大丈夫そうだと仮押さえ。
 
その夜家賃管理費ヘルパー代払っていけるかどうか資金計画を作って、
 
2日間で決定!申し込み。疲れたー。
 
やれやれと肩をなでおろして、一昨日北海道に帰りました。
 
でも、この1週間、仕事のメールも来まくった。
 
すでに決まっている仕事の打ち合わせと新たな依頼...
 
月末までに100枚の翻訳も受注!はいいけど、間に合うのか...
 
他の依頼もまだ終わってないぞ...
 
 
 

わが町にも道の駅ができることになった。

おととしくらいから役場が住民説明会などを行ってきて、2年後に完成することになっている。

В нашем поселке будет придорожная станция через два года.

 

Придорожная станция - это торгово-информационный визит-центр, который предоставляет туристам и водителям место перерыва, информационный сервис и продает сувениры и продукты местного производства. Он получил такое название именно потому, что он в большинстве случаев появляется на площадке закрытых ж/д станций. Сеть таких станций раскинута по всей стране, однако, популярностью пользуются лишь одни из них.  

 

で、開業に向けて、おとーちゃんの身辺も少しだけ変化が。

 

先日は、道の駅で自家製野菜を売りたい人向けの生産者協議会の会合に(プロ農家でなくても入れる)。

 

В связи с строительством такого заведения власть поселка призывает фермеров и огородников продавать овощи на будущей станции. Для этого уже сформирован совет фермеров. Я тоже участвую в нем (в нем могут участвовать и неспециалисты) .

 

Я планирую продавать ягоды жимолости.

 

昨日は、加入しているSL保存協力会の会合に出た。

 

わが町は、D51を生体保存(動く状態で保存すること)している数少ない自治体で、国鉄OBの皆さんが町の旗振りで保存協力会を作って機関車の保守と展示を行っている。

 

そのSLを道の駅のそばに移し、集客力を高めようということなんである。その話し合い。

 

ちなみに、おとーちゃんと他2名を除けば、保存会は全員機関助手(SLの石炭をくべる係)から身を起こした国鉄OBが会員。いわばSLのプロ。そんなところになぜおとーちゃんがいる??

 

会員の高齢化でSL運行と保守の技術伝承が大きな問題らしく、ある会員の方の引きでなぜか入会してしまった。おとーちゃんともう1人だけが40代、あとのみなさんは60代以上。

 

我々2人の肩にあのD51保存の重責がかかるのか?どうしよう...

 

しかも、去年は本業と畑の維持に精いっぱいで、2週間に一度の展示のお手伝いにもほとんど出られなかった(出ようと思えば出られた時もあったが、気力がなかった...)。半分幽霊会員。

 

それはさておき。

 

正直な話、道の駅が成功するかどうか、いや、成功しても、野菜は売れないかもとちょっと懐疑的に見ている。

 

本州からの観光客が生鮮野菜を買い込んで帰るとは思えない。

野菜が売れるとすれば、大消費地札幌から手ごろな距離で、しかも一本道で来られるところだろうと思う。そういう道の駅は、もう隣町にある。競合して勝ち目はあるのか?

わが町には一本道で来ることはできない。

 

売れずに生産者が商品を提供しなくなり、商品棚の空きスペースを日持ちのするパック入りの水煮や漬物、乾物、缶詰などで埋めている道の駅をたくさん見てきた。

 

集客成功の一縷の望みは、このSL展示だろうと思う。札幌などからわざわざ見に来る人がいるから。

 

で、その小さな成功の確率に賭けて、30キロもとれるハスカップを売ろうかな、と考えているところ。

 

今年の8月には、もう開業に向けた単発の模擬販売が行われる。

 

そこへ向けて、ことしもいっちょ畑がんばるか~。(SLはどうすんねん?)

 

遅ればせながら、15日にやっと兵庫県の実家から戻った。

新年早々、親父の入院&手術の立ち会いと波乱の予感。

 

今年中に何回帰省することになるだろうか。

 

介護の問題は待ったなし。

でも、不肖の息子はこう言い放つ。

 

「つきっきりの介護なんかできひんで。介護のために離職や離婚せえなんて言わんといてや。

あんたはそれで満足かもしれんけど、わしはあんたが死んだら仕事も家族もなくてどうすんねん。

子孫の繁栄を願うんが年寄りってもんやろ。遺産なんかいらんから、介護ヘルパーにじゃんじゃんおカネつこてんか。様子だけはちょくちょく見に来るから」。

 

こっちはもともと「いい子」に育ってないので、今更善人ぶる必要もない。親もあきらめ顔。

 

もちろん、いつか子供に同じことを言われるのは覚悟の上。悪人の死に方は相場がきまっているからそれでいい。

 

帰ってきたら早速雪かき。

クルマがなければ、手っ取り早く人の歩く幅だけやっとけばいい。ラク。

ママさんダンプ一往復で終わり。

 

この雪庇ちょー危険。凍り付いて棒でつついても落ちない。

こういうの頭に当たって亡くなる人が、北海道ではたまにいる。

 

この2週間で、産業分野、法律、歴史学と全く畑の違う翻訳を3件片付けた。

どの分野も本当に面白い。好きなことしかやってない生活デス。

まあそのうち罰が当たるな。

なぜまた写真が横になる?コラ、アメブロ、もうおまえやめたるぞ。

兵庫県の実家に帰ってきてみると、

親がネットのプロバイダー契約を解除しており、

家でネットが見られない~。

 

年でめったに使わないから仕方ないけどね。

 

顧客から大容量データが送られてきているはずなので、

街にWifiスポットを探しに出かける。

 

でも、全国チェーンの大型スーパーも、大手コーヒーチェーンも、札幌近郊の支店にはネットアクセスできるのに、故郷の中核都市にはそれがない。

 

ベッドタウンで開発後一斉に移住してきた人たちが高齢になり、必要ないのだろう。

 

結局ネットカフェへ。

 

故郷滞在中ネット難民です。

 

無事にデータをダウンロードできた。これでお正月もお仕事~。

 

今年は一年じゅう、仕事が途絶えることがなかった。

フリーの立場にとっては、なによりもありがたいこと。おてんとうさまありがとう。

 

畑仕事も含めれば、札幌にいたときよりずっとずっと働いたと思う。

 

気力も体力も充実しまくっている。それでも限界があることを知った1年でもあった。

万人に平等に割り当てられている時間という限界が。

 

結局畑の草取りも、収穫後の地おこしも、途中で仕事の依頼が来て中途半端なまま根雪になった。畑の一部はちょっと荒れ気味に。大豆の殻とりもまだ手付かず。時間がないからいつも大慌てで作業している。もうちょっと時間をかけて丁寧にやりたいなあ。

 

じっくり本を読んだりする暇もなく、整理するべき資料も山積みになっている。

 

なんとかしなければ、と今から頭をひねる。畑仕事の効率化は急務。

 

さてさて来年はどんな1年になるのやら。

 

それではみなさん、よいお年を!

 

 

 

 

昨日今日と雪が降りまくり。我が家でも腰の下あたりまで積もった。

屋根からどんどこ雪が落ちて、家が埋まりそう。

 

雪かきに追われる。

 

今朝の気温はマイナス18度。まきストーブ焚きまくっているのに、煙突のミニつららが落ちない。

 

 

我が家の雪かき図。水色の斜線と線の部分を掘った。

 

 

家の出入り口だけでなく、検針に来るガス屋さんや灯油屋さんの通り道も掘っておかなくてはならない。なかなか力仕事。

 

 

とはいえ、累積で96センチも積もった札幌に比べればかなり楽な方。

 

 

ところで、おっとりしてやさしい北海道人も、こと雪のことになると人格が変わる。

 

 

家の密集した住宅地だと庭や屋根の雪が隣にはみ出したり、雪捨て場争いがご近所同士の不仲の種になる。

 

 

除雪車に対して、かなりこまかくクレームもつけるんだそうだ。

 

その点、イナカは雪捨て場には困らない。空地はいっぱいある。うちは庭の中で積んでおけばいい。

 

倉庫では豆ガラとり。秋に終わらせておくべきところ、忙しすぎて今にずれこんだ。

年内には終わらんなあ。

 

 

 

で、去年倉庫が完成して今年からマキをよーく乾燥させることができ、ストーブの威力が増した。去年までは野積みして湿っていたけど、今年は半年以上乾燥させたからね。

 

 

去年は室温23度以上になかなかならなかったが、今年は軽く27度に。

 

 

この温度計、部屋の隅っこにあるから、ストーブの周囲は明らかに30度を超えている。

 

 

これで寒波も怖くない。来たらんかい、マイナス20度!!

 

 

メリークリスマス!!

 

 

 

なんでこの画像、わざわざ横になるねーん!!

 

 プーチン大統領、来日しました。

 

 領土交渉は進展しなかったね。経済交流は拡大するのかな?経済交流拡大⇒通訳の仕事が増える?みたいな期待はいつも抱かせてくれるけど、どうなるのかな。

 

 1957年のスプートニク打ち上げ以来、ロシア語に注目の集まった時期が何回かあった。そのあといつも尻すぼみ。

 

 そう、ロシア語はいつもこれからであって、期待が現実になったためしがない。一向に進まない領土交渉とシンクロする。

 

 そんなことないでしょう、希少言語だし、仕事選び放題じゃないの?

とよく聞かれる。

 

 企業は、外部の人間を雇うより、多少できる人を社員にして現場で鍛えるほうが安上がり。だから、民間の需要って実はあまりない。

 

 高い語学力が要求される単発の商談や会議がフリー通訳の出番になる。または正確な訳の要求される契約書とかの翻訳。

 

 希少言語なので、ギャラは英語よりいい。需要の少ない分をギャラの高さで補って、生活が成り立っている感じ。だからヒマがある。だから畑仕事ができる。:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

 

 で、今回のプーチン大統領来日。

 

 領土問題前進の期待が大きかったのか、11月半ばから、知り合いやエージェントを通じて、テレビ局の依頼がイナカもん通訳のおとーちゃんにまでちょくちょく来た。

 

訪日まで2日と迫った日は、いきなり、

「明日根室まで出張できますか?」ってある局が聞いてきた。

 

もう夕方やで。ヒマだったとしてもちょっと急すぎやろ。取材先へのアポもまだ、っていうから、突撃隊やな。先約があったので、丁重にお断りした。

 

 何年かに一度のお祭りが来た。体が一つしかないのが悩ましい。通訳が絶対お金持ちにならない理由はここにある。

 

 そのお祭りもあっという間に終わった。

 

 また静かな日常に戻ります。

 クルマなし生活3周年を記念して、ブログ名を変更しました。

 

 我ながらおしゃれだ、とおもっています。これから、ノーカーライフにおける工夫をその都度お伝えし、CO2削減、交通安全、暮らしの最適化に向けて、わが身を使った実験成果を提案していきます。

 

 名付けて、ノーカー(農家)アドバイザー。

 

 クルマがダメだというのではなく、必要な時には使いながら、どう暮らしの最適化を図るかのヒントになれば幸いです。

 

 といっても、ネタのないときは、たんにこれまで通り畑とくらしの紹介です。笑

 

 さて、マクラはこれくらいにしまして。

 

 

 

 クルマなしで暮らしていると、イナカでは変人にみられるのでは、という懸念がある。

 

時すでに遅し。たぶん変人だと思われている。(笑)

 

でも、変人であっても、貫くことで、だんだん市民権を得ているように思う。人付き合いに特に支障を感じない。

 

よく見れば、村には、クルマのない人はちょくちょくいる。毎日自転車でどこかにでかけるオバアチャンがいるし、高齢でクルマを降りた人もいる。

 

クルマがあったほうがいいかな、と思うのはなんといっても子供にかかわるところ。

 

大雨の時に学校に子供を迎えに行こうとすれば、

「うちの子と一緒に乗せてあげるから」

と、お友達のお母さんから、ヨメのケータイにメールが入る。

 

シーズンが終わって学校に預けてあるスキーを取りに行こうとすると、ついでに取ってきて届けてくれる人もいた。

 

要は世話になりっぱなし。

 

それで何とも思わないのか?

 

 

そこはそれ、だからクルマを買おう、ではなく、自分たちのできることでお返しをする。海辺の人が魚をくれたら、山の人は山菜やキノコでお返しをすればよい。

 

まずおとーちゃんは、町内会のゴミ拾い、花壇の整備、お祭りの準備・実行など、仕事と重ならない限り必ず顔を出す。イベントによっては現役世代が少ないから、大変ありがたがられる。

 

また、うちはいつだれが遊びに来てもいい、シャドーキンダーガーデンなのでアル。

 

最初は、いじめっ子がいるから町の学童保育所に子供が行きたがらないとうちあけてきた農家のお母さんに、ヨメが「じゃあ、週1回でも遊びに来る?」と声をかけたのがはじまり。

 

農繁期の週末は朝から夕方まであずかることも。

 

そこにもう一人、新たに引っ越してきた近所の子が加わり、「学童保育」は週2回に。小耳にはさんだ話では、このことを知ったほかの子供も2人ほど、うちに来たくてしかたがないらしい。

 

来てもらって全く構わないのだけど、その子たちは習い事が多いからなかなか来られない。

 

もちろん、昔のようなアポなしおしかけもOK。どんとこい。

 

こちらは、おやつを出すくらいが仕事。あとは勝手に楽しんでいる。息子も相手もそれで喜んでくれるから、ラクだし、お得感倍増。

 

 

帯広出張中です!

 

 クルマなしのイナカぐらしをはじめてから3年が経ちました!

 

 こんなバカな暮らしがいつまでもつかとハラハラドキドキでしたが、いつの間にか3年。やればできる!

 

3年間の実験で、迷いが自信に変わった。クルマがどうしてもいるのは、公共交通が全くないところに住んでいるか、都会なら日常的にモノを運ぶ必要があるとか、営業で常に顧客回りをしているか、あるいは趣味でクルマが好きでたまらない、という人だけだろうと思う。都会で、勤務時間中駐車しているだけの使い方なら、たぶんなくても大丈夫。

 

 何か不便を感じつつ、やせがまんをしているのではないかとお思いでしょうが、これをやせがまんというのだろうか。生まれ育った家にもともとクルマがなかったために、あんまり刷り込みがない。

 

 もちろん、クルマがあればできるなにかを、私たちはしていないのだろう。でも、しなくても、十分くらしていけることがわかったのは大きい。逆説的に言うと、クルマのある暮らしでは、しなくても済む何かを日常的にしているのだろうと思う。

 

 実験を3年続けた感想として、もうちょっと大胆な言い方を許してほしい。おそらく、現代人は、クルマがあるから、しなくても済むことをわざわざやって、暮らしが大変で忙しいのではないかと思っている。パソコンやタブレット、LINEやスマホの時代になっても、仕事は減るどころか、増えていく。便利になればなるほど忙しくなる。それとおんなじだ。

 

  この3年間で、クルマがないことによるピンチは2回だけだった。最初は、引っ越し当初の子供のインフルエンザ。このときは、土曜の夜でお酒が入っていたので、どちみちハンドルを握るのは無理だった。

 

2回目はついこないだ。タクシーがふさがっており、1か月の出張の荷物15キロを抱えて駅まで1.5km走った。このときは汗だくだく、息も切れてしんどかった。でも、万が一列車に間に合わなくても腹案はあったし、大事には至らなかったと思う。

 

それでも、ないよりはあったほうがいいのだろうな。

 

でも、最近読んだ断捨離系の本では、このようにも書いてあった。

 

 「あったほうがいい、という程度のものなら、ないほうがいい」。

 何度も書いているが、おとーちゃんは関西出身である。だから、経済感覚が研ぎ澄まされ(というか単にケチ)、これがよく夫婦げんかに発展する。

 

 結婚当初、暖房費を巡ってバトルを繰り広げたことは以前に書いた。家の中で汗をかくほど暖める北海道の習慣は、おとーちゃんにとって無駄以外の何物でもない。結婚までは、12月になるまで外が氷点下でも暖房を一切つけず、真冬は15度で辛抱し、3月の声を聴いたらすぐに暖めるのをやめ、飼っていた猫を抱いて暖を採っていた。冬は、12月から2月まででアル。あとは根性で耐える。

 

一方、ドサンコの嫁にとっては、暖房費は聖域。だから、室温は18度にせいというおとーちゃんに、激しく食ってかかり、

 「もっとあったかくしたっていいじゃない、このどケチ!」

 「うるさい、ミセスCO2!」

などと冬になると激しくいがみ合っていた。ケチと言われれば、その通りだし、女のやることに口をはさむのは地雷を踏むようなものなのはよくわかっている。でも、燃料の「無駄遣い」は、まだ食べられるのに捨てられていく食品廃棄物のように見えてしまう。

 

そうこうするうちに、新居に移り、経済性と暖房効果に非常に優れているまきストーブを導入したら、この戦いにもようやく終止符が打たれた。どんなにあっためてもコストがそんなにかからず、木材の有効利用になるのなら、異存などない。

 

 つい最近、今度は妻が関西人、夫がドサンコという我が家と真逆の例を聞くことができた。

 

 お二人は道内でも指折りの厳寒地、富良野に住んでいる。冬は連日マイナス20度を下回ることもある。まきストーブはなく、普通の灯油暖房である。

 

 で、そんな極寒の地にあっても、やはり京都出身の奥様は、暖房費を削るために、室温を18度以下に厳命したのだと聞いて、おかしくて吹き出してしまった。やはり考えることは一緒!!

 そう、外がマイナス50℃だろうが関西の冬のプラス10℃だろうが、18℃は18℃で変わりない。これは、小春日和の温かさなのである。

 

 奥様は、寒いと訴えるご主人に、「セーターを着なさい」と言い放ったのだとか。北海道では、室内でセーターを着ることはまずない。どこに行っても、関西人は関西人。二人おそろいのセーター姿が目に浮かぶ。

 

 ご夫婦も結婚30年という。その間にご主人も室内18度のセーター生活に完全に慣れたらしい。

 

 とはいえ、「僕はうちではセーターを着ているんですよ」と最初にぽつっと漏らしたときのご本人の表情が、なんとなくさみしげに見えたのは、気のせいだろうか

 

もう3週間前になりますが、いきなり大雪になった。

ハスカップが倒れちゃうー!!

 

 

この日は出張に出かける日だったけれど、大急ぎで冬囲い。

息子が手伝ってくれたので、2時間で終えられた。やれやれ。