約束のキス | フラワーエッセンスナビゲーター☆☆チョンボン

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フラワーエッセンス おとぎ話

 

 

 

 

 

 

初冬にしては暖かな夕暮れ時。

人気のない広場。

銀杏の木を背にベンチに座ると

正面に4階建ての建物が見える。

 

古びた総合病院で

躯体、装備共々老朽化のため

来年早々

取り壊しが決まっている。

 

夕陽がその向こうに

落ちようとしている。

老人が一人ベンチに座り

今日最後の夕陽に目を細めている。

 

少年がマフラーを手に

駆け寄ってきた。

 

「おじいちゃん、これ」

「お、しょうくんありがとう。」

「お母さんが、そろそろ

寒くなるからって。」

翔太は祖父洋平の横に腰かけた。

 

洋平はマフラーを巻きながら

「そういう所が好きなんだな。」

とほほ笑んだ。

「何?何が好きなの?」

「しょうくんのお母さんだよ。

早く帰ってこいとか言わないで

おじいちゃんの

好きにさせてくれるだろ?

おじいちゃんがどうして

何もないここで

何もしないで

ただ座っているのか

理由も聞かないしな。」

「別に興味ないんじゃないの。」

「何だ、さびしいこと言うなよ。」

洋平は声をあげて笑った。

 

「なぁ、しょうくん。

知りたくもないのと、

聞かないでいてくれるのは

ものすごい違いなんだよ。

聞いたことないかい、

好きの反対は嫌いじゃなくて

無関心だって。」

「そうか、

それはちょっとわかるかも。」

翔太は軽くうなづき

自分の足元に目を落とした。

「おやそうかい。

学校で何かあったのかな。」

「うん、教室にね、

いつも一人でいる子がいるから。」

「その子が気になってるんだね。」

「でも声かけたりとかしない。

クラスのみんなそんな感じ。

いじめたりはしてないけど。

でもそれって無関心てことだよね。」

「そうか、それでしょうくんは

ちょっとばかり迷ってるわけだ。

声かけようかな、とか。」

 

洋平は

ぽつぽつと明かりがつき始めた

窓を見あげながら

「しょうくんには

聞いてもらおうかな」

と語り始めた。

 

「この病院にはずっと以前

来た事がある。

おじいちゃんが

しょうくんくらいだったころ

おじいちゃんのお母さんが

この病院に入院しててね。

 

しょうくんのお母さんが

ここの看護師で

こうしてお世話になりに

やってきたっていうのも

何かのご縁だろう。」

 

 

 

父親は遠くの街にいるので

お見舞いには祖母と行く。

手術はうまくいったから、

予後を見てそろそろ退院らしい。

 

看護婦さんは洋平に

「良かったね、

お母さんもう少しで帰れるよ。」

と言ってくれるが

母も祖母もそんなに

喜んでいる様子はない。

 

母は病室に入ってきた自分を見ると

嬉しそうに笑ったが、

しばらく学校の話などをした後は

おばあちゃんとお話しがあるから

外の公園にでも行っておいでと

お金を渡される。

 

売店でお菓子を買って公園に行く。

公園と言っても、

ペンキの禿げたシーソーと

木のベンチが二つあるだけの広場。

西側に病院があるので、

暗くなるのも早い。

 

いつもは自分一人でしばらく

そこですごすのだが

その日はベンチに先客がいた。

 

淡いピンク色のカーディガンを

はおった女性。

横顔を見せ病院を見上げている。

 

公園の入り口にたたずみ

様子をうかがっていると

洋平に気づき

「こんにちは」

彼女の方から声をかけてきた。

「こんにちは」

洋平は突っ立たまま挨拶を返した。

 

横顔は大人びて見えたが、

振り返った顔は意外に幼かった。

 

動かない洋平の持つ紙袋を見て

「あれ、もしかして、

ここあなたの指定席とか?」

と笑いながら少女は言った。

ぱっと明るい笑顔になると

大きな目がキラキラ輝いて見えた。

「いや、別に。」

「そう、よかったら座って。」

「はい。」

「はい、だって。

君、真面目なんだね。」

「いや、そんなこと」

「ごめん、

からかってるんじゃないよ。

私はさ、思ったこと

直ぐ言っちゃうんだよね。」

 

洋平は、少しばかり

居心地悪さを感じながら、

だまったまま

ベンチの端に腰を下ろした。

 

「だれかのお見舞い?」

「あ、はい。」

「ごめんごめん、

また私の悪い癖。

答えなくっていいよ。」

「いえ、大丈夫です。

お母さんが。」

そう言ったとたん、思わず

涙があふれてきそうになった。

「そっか。」

洋平の様子に気づいているのか

見ないふりをしているのか

少女は再び病院に目を向けた。

 

「私の部屋は4階の端っこ。

4階だけど4は不吉だからって

506号室。

笑えるよね。

ほら

ピンクのカーテンのとこ。

見えるかな。

白いカーテン嫌だから

替えてもらったんだ。」

「ピンク好きなんですね。」

「わぁ、そんな言い方しないで。

なんか私すっごい年上って感じ。

多分あんまり

年変わんないと思うよ。

あ、年は聞かないでね。」

「はい、あ、うん。」返事を返し

なんだかちょっとだけ

心が軽くなった気がした。

 

膝に乗せた紙袋に改めて気づき

お菓子食べるかな、

すすめてみようかな、

そんな思いを巡らしていると

「ね、あれ乗ってみない?」

と唐突に少女が言った。

「あれ?」

「ほらそこの。」

「シーソー?」

「そうそう、それ」

「あ、でもこれは幼児用だから」

少女は笑って立ち上がると

洋平をまっすぐに見つめて

「これやってみたかったんだ」

と言った。

「あの窓から見てるとね、

時々太陽の光を反射して

きらっと光るの。

おいでよ、乗ってみてって

誘われてる気がしてた。」

少女は洋平の返事も聞かず

一人シーソーに近づくと

錆びた座席を

いとおしそうになでた。

 

そう聞くと、今の今まで

みすぼらしい

ただの古びた遊具に

過ぎなかったのが、

二人に特別に用意された

価値ある乗り物に見えてきた。

 

洋平も立ち上がり

少女の笑顔に引き寄せられるように

シーソーまで歩くと

2人はそろって遊具をまたいで

軽く足で地面を押しあった。

足を地面につけたままだったから

シーソーというより

電車に乗っているような感じだった。

 

動かし方がわからないのかな。

洋平はぎこちない動きに、

教えてあげたほうがいいのかな、

と迷っていた。

それでも少女は

「わぁ、意外と揺れるね。」と

はしゃいでいる。

「これ一人じゃ動かせないからね。

夢が一つかなった、ありがとう。」

少女は頬を紅潮させて笑った。

 

自分より年上だろうと

思うのだけれど

自分よりずっと幼く見えた。

 

わずかばかり上下する

少女の顔を見つめながら

洋平もまた

幼い頃に戻った気がしていた。

 

友達と一緒に

公園で暗くなるまで遊んだっけ。

夕暮れの中、母親が公園に

迎えに来てくれるのが嬉しくて

皆が帰ってしまっても

一人きりで

ブランコをこいでいた。

 

両親が毎晩のように喧嘩したり、

父親が帰ってこなかったり

母親がなにかにつけ

泣いたり怒ったり

するようになるまでは。

 

ふと気づくと、少女は

地面をけり上げるのを止めていた。

洋平もまた動きを止め

少女を見返した。

 

「君、よく見るとかわいいね。」

洋平は

唐突に言われた

そのことばの意味が飲み込めず

だまったまま固まっていた。

少女は首をわずかに傾け

「よく見ると、だって。

失礼だよね。」と笑った。

「私ってさ、ほら

考えなしで言っちゃうから

いつも引かれるんだ。」

「いや、そんなことないです。」

とっさに答えながらも

自分が何を言ってるのか

わからなかった。

鼓動が急激に高まるのを感じた。

耳が熱い。

「照れちゃって、

ますますかわいい。」

少女はシーソーから降りると

洋平のそばに近づいてきた。

「今日はありがとう。」

 

夕陽が

病院の向こうに落ちかけている。

薄いオレンジ色の逆光の中

少女の額も細い首も

抜けるように白かった。

頬だけが

赤いバラのように紅潮している。

「私ね、もう一つ夢があってね。」

笑顔だったけれど、

瞳の奥に

どこかすがるような光が見えた。

 

口では父親を責めながら、

父親の背中を見つめている

母の目と同じ光だった。

 

「もし君が私の夢を

かなえてやってもいいと思ったら、

なんだけど」

 

洋平は正直おじけづいた。

どんな夢なのか聞くのが怖かった。

 

何であろうと

この少女の夢を

かなえてあげられるほどの

自信も度胸も無かった。

 

「僕そろそろ帰らなきゃ。」

洋平はシーソーを降りると

少女に背中を見せ

夢中で駆けだした。

一度も振り返らなかった。

病室に戻って、

おやつの袋を公園のベンチに

忘れてきたと気が付いた。

戻る気にはなれなかった。

 

その夜、洋平は

風邪を引いたらしく発熱し

病院には行けなくなった。

父親は相変わらず

家にも病院にも足が遠く

洋平が回復するよりも先に

母が退院してきた。

 

 

 

 

「え、それで終わり。」

「そう、それで終わり。」

「その人はどうなったの。」

「わからないな。

どうなったんだろうね。

彼女の名前も容体も

何もかもわからないだらけさ。

ほんとにあったことなのかどうかも

今じゃ自信ないんだよ。

そんな夢を見たんじゃないかとか

でなくても、かなり都合よく

脚色してないかとかさ。」

「そうだよ、

今のおじいちゃんと違い過ぎる。」

「おじいちゃんだって

純真でうぶな時代はあったさ。」

「でも、気になる。

その人のもう一つの夢って

何だったんだろうね。」

「君とキスしたい、だよ。」

「は、何言ってんの?」

「おじいちゃんはね、

女の人の思ってることは

百発百中わかるのさ。」

「あぁ、それはお母さんも言ってた。

おじいちゃんとこに

修行に行けってよく言う。」

洋平は笑って

翔太に親指を立てて見せたが

 

「誰にもその人なりの

天性の授かりものがある。

お前はお前のままで充分だ。」

と穏やかに

けれど確固として言った。

 

「そうかな。」

「そうさ。

おじいちゃんだって

しょうくんだって

お母さんだって、みんな

得意不得意はあるだろ。

 

それに人生、

いい時ばかりじゃないから

悩みや悲しいこと

くやしいこといろいろ起きる。

 

でも落ち込んでいる時ですら

一生懸命のしょうくんは

輝いて見えるぞ。」

翔太は洋平を見上げ

嬉しそうに顔をほころばせた。

 

「でもさ、さすがにさ

初めて会った知らない子に

そんなこと言う?

二人は

その日初めて会ったんだよね。」

「おじいちゃんは

初めてだったけど、

たぶん彼女は私を知ってた。

彼女はあの窓から日がな

外を眺めてたんじゃないかな。

そして

時々ここにやってくる男の子が

一人でおやつ食べながら

めそめそ泣いてるのを見てた。」

「おじいちゃんここで泣いてたの。」

「そうさ。

家にお母さんがいないし

親が離婚しそうだし

自分を責めたりもしてた。」

「なんで自分を責めるの。」

「しょうくんだって、

そのクラスで一人の子のことで

少しばかり自分を責めてないかい?」

「そうかな、そうかも。」

「純真で優しい子供はそんな風に

考えたりしちまうもんだ。

そして彼女は

その泣いてる男の子に恋をした。」

「泣いてるからって

好きになるかな。」

「ほら、

雨に濡れてる子犬を見ると

胸がキュンとならないかい。」

「それはわかるけど

だからってそうなる?」

「ままある話なんだよ。

ナイチンゲール症候群っていう

言葉があるくらいだ。

それにね、

私じゃなくてもよかったんだよ。

彼女は同じ年頃の子と

恋したかったんだ。」

洋平は少しだけ寂しそうに微笑んだ。

 

「どんだけ長く

入院してたんだろうね。

遊具で遊んだこともない。

どころか、外遊びの経験も

あまり無かったかもしれない。

 

目が潤んでて、頬が赤くて、

あの時も多分熱が出てたと思う。」

洋平は遠い目をして言った。

 

「だが

そういう事に考えが至ったのは

しばらくたってからの話でね。

ずいぶん残酷な真似をしたなと

後悔もしたし、

不甲斐ない自分が

情けなくなったりもした。」

「そうなんだ。

でもそれでよかったんじゃない?

へたすると犯罪だからね。」

「お前のそのお固い考え方、

そのころの私と同じだな。」

「おじいちゃんが?お固い?」

「そうさ、

お堅い真面目人間だった。

父親が反面教師ってやつだな。

 

でも私はね、

この日のことを

何度も思い浮かべるうちに

彼女の生き方に

改めて心を打たれるようになった。
 

彼女は

思い通りに生きるって

どういうことかを

身をもって教えてくれた。

 

彼女は

言いたいことが言えて、

かなえたい夢があって、

かなえていく

勇気と行動力があった。

そのころの私には

無いものばかりだ。

 

人はね、

うまくいった時より

いかなかった時の方から

より多くを学ぶもんでね。

 

結局人生は

どれだけ自分らしく

思い通り生きたか、

それが一番肝心なんだと

つくづく学んだんだ。」

 

「それならわかる。

思い通りって

おじいちゃんそのものって感じ。

今回だってテレビで見るなり

スケボーやってみたいって

それで早々骨折しちゃって

入院なんだもんね。」

「さすがに見たようには

すぐに動けなかったな。」

「でも先生が、年齢にしたら

驚異的な回復の速さだって

びっくりしてたね。」

「そうさ、スケボー早く

再挑戦したいからな。

スケボー仲間も待ってる。」

「マジで?」

「そうさ。

出会いは挑戦のお誘いなんだ。

ときめいたら間違いなく

それはチャンスなんだ。

 

あの時だって私の方こそ

もったいなかったじゃないか。

変におじけづいたせいで

素敵な令嬢と

仲良くなるチャンスを

みすみす棄てちまったんだよ。」

「その意見、おじいちゃんだ。」

「だろ。

だからおじいちゃんは

怖がるのはやめようと決めた。

めそめそもやめる。

これからの人生

もう二度とチャンスを逃すまいと

心に誓ったんだ。」

 

「へぇ、そうなんだ。

たった一回の出来事で

生き方が変わっちゃうんだ。」

 

「人生にはね、きっと誰にでも

そんな出会いがある。

でも気がつかないで

通り過ぎてしまったり、

気づいても

動けなかったりする。」

 

「どうしたら気が付けるのかな。」

「しょうくんは

ちゃんと気づけてるぞ。」

「そう?」

「そうさ」

「でも、動けるかな。」

「お前なら大丈夫だ。

おじいちゃんが保証する。」

 

洋平は笑って翔太を抱き寄せると

茜色の雲を見上げた。