現在も尚ドバイに潜伏している模様

  • 14Jul
    • なかなかジムから帰ってこないあいつ

      ドバイクリークゴルフクラブの敷地内にある有名なレストラン「ボードウォーク」クリークに面した眺めの良いテラスが評判のこの店を訪れたあの日、僕は仲間の一人に重大な任務を与え、その場を任せた。あれからもう1週間以上。彼は今頃どうしているだろう?幸い僕には、この場に居ながらにして、遠く離れた彼の様子を知ることが出来るという特殊な能力がある。さて、様子を見てみるとしよう。こんな事ってある?9日と15時間って長くない?ちなみに、うちにはカビゴンがたくさんいる。これ、なんの話?さあ、まだ遅くない。ポケモンGOをはじめよう。  

    • 料理教室報告 1004編 寿司講座

      定期的に開催している1004での料理教室。参加者が全員外国人といえど決して迎合しないという、商売としては余りにも不器用なスタイルなのだが、逆に、そういった偏屈さが関心を集めているようだ。この日は寿司講座だが、何しろ参加者は全員外国人。前回の出汁講座同様その内容はかなり細かく、え、そこからですか?と言うほどに、きっちりイチから懇々と説明していく。このドバイにおいて、ここまで詳しく解説する日本料理の料理教室はないだろう。もっとも、和食の料理教室自体ドバイには無いのだが。料理教室を終えて片付けをしていると、1004の社長が嬉しそうにこう言った。「次回は何するー?」引き続き、1004和食料理教室開催予定。  

    • LOWEという新しいレストラン

      ルームミラーには、舞い上がる砂に霞んだバージュカリファが随分と遠くに見えていた。「ここはどこだい?」車を走らせながら、助手席に座ってスマホのグーグルマップを睨む友人に尋ねた。「う〜ん...ナドアル....シバ.....?」「なんじゃそりゃ?分からん。本当にこっち??」全く聞きなれない地名に、この道で本当に合っているかどうか不安になる。ドバイの中心地から内陸へ、かれこれ30分程走っていた。「なんでまた、こんな辺鄙なところにしたのかね?今日の誕生日会。」辺鄙な所と言っても、まだバージュカリファが見える範囲なので、中心地からそれ程離れているというわけではないのだが、建物も疎らなその周囲の雰囲気からか、やけに遠くへ来たような気がしていた。「でも、こっちで大丈夫みたいですよ、そこを右ですね。」「え?こっち?こっち行くの??」この道行く?と疑問に思うような側道へ入ると、先程まで砂漠だった景色は一変し、東南アジアのジャングルにある様な一本道を夕陽に向かって進む。疑問に思いつつ進んでいると、先程までの密林が嘘の様に開けて、再びドバイの郊外らしい荒涼とした風景に戻った。そして程なくすると、真新しい建物が見えてきた。「あーここか、一度来たことあります。」無事に目的地に着いて安心した友人は、グーグルマップを閉じてそう言った。「少し前に、このレストランのオープニングで来たんですよ。」オープンしてまだ4ヶ月の新しいレストランだが、既にハムダン王子も来たことがあるという、話題の店なのだという。直前に用意した誕生日プレゼントを抱えて、ようやく到着した会場へ入っていった。この日は貸し切りとなっていたので招待客しかいなかったが、そうでなかったとしても、果たしてここまでどれだけのお客さんが来るのか疑問に思った。とても洗練された厨房。フュージョン系のレストランらしいが、要所要所に料理への拘りが見て取れる。前菜。サツマイモチップと焼き茄子のペースト。パンは薪のオーブンで焼いていて、スモーキーな香りがする。ハマチと大根のセビーチェみたいなもの。緑の粉は乾燥ケールを粉砕したもの。蛸のグリル。何味なのか全く分からないが、とても柔らかくて美味しい。ローカル浅蜊のラムそぼろクリーム煮?名前をつけるとしたらそんな感じ。若鶏のグリル。焼きたてパンといっしょに、ホースラディッシュヨーグルトソースと青唐辛子のマリネをつけて食べる。小さいレタスに謎のクリームとボッタルガのつぶつぶ。焼きアスパラとブラッドオレンジ、下の白いのはアーモンドペースト。ラムの中華風味の柔らか煮。カリフラワーとポルチーニのペースト。デザートは3種類来た。それぞれ詳しく聞いたがキレイに忘れた。なんだったかなー?美味しかったんだけどなー。また改めて行って聞くとしよう。  

  • 11Jul
    • 灼熱のドバイで蟹と白子の鍋(白菜多め)

      陽射しは日を追うごとにその強烈さを増し、滴らんばかりの湿度を帯びた空気に絵も言われぬ息苦しさを覚えた。良く空調の効いた室内から外へ出て真っ白に曇ったサングラスを拭く。何気なくスマホを取り出して画面を見るとアプリのカレンダーが目に入った。そこに表示された日にちに、いよいよ文月も半ばに差し掛かかろうとしている事を改めて気付かされる。今年ももう半分過ぎていたのだな、この調子だと2019年もすぐに終わるな、などと、歳をとってから時間の過ぎるのが早く感じる様になった僕は、暑さに吐き出すため息とは別にふうっと息をもらす。刺す様な陽射しと執拗に纏わりつく外気から逃れる様に車に乗り込むと、クーラーを全開にして、陽に焼けて溶け出しそうなアスファルトの上を走り出した。「この暑い時に、鍋っていうのも良いですね。」助手席に座る随分と歳の離れた友人が、やけに楽しげにそう言った。この日、何人かの友人を夕食へ招いていたのだが、彼の提案により、皆んなで鍋をつつく事になっていた。「ああ、今年も半分終わってもう年末みたいなもんだからね、鍋が良いね。」「いやいや、流石に年末と言うのはまだ早いでしょう。」と自分で鍋を提案した若い彼はそう言った。鍋にしたのにはそれなりの理由がある。日頃から懇意にして頂いているスーパーのオーナーから、季節外れとなった冷凍食材の差し入れがあり、それらを美味しく食べるには、鍋にするのが妙案だったわけだ。「それにしても、この時期に蟹だの白子だのを鍋で食べるなんて、贅沢な話だね、しかもドバイで。」「そうですね、でも、鍋は季節関係無くいつでも良いですよね、野菜いっぱい食べられるし、あ、、」彼はふと何かを考えて一瞬言葉を止めたかと思うと、咄嗟にこう言った。「白菜、白菜たくさんあったほうが良いですよね。」「あー、白菜か、一応あるけど、ついでだから買って行くとしよう。」白菜を買うために、通りかかった近所のユニオンコープへ立ち寄る。駐車場に着いて車から降りると、ついさっき拭いたばかりのサングラスは再び真っ白に曇った。  

  • 08Jul
    • 南インド料理店で衝撃の味に遭遇

      その店の話を聞いたのは、ラマダンが始まってまだ間も無い皐月の事であった。ドバイにはインド人が多いという事もあり、それに伴ってインド料理屋も多数存在する。そのほとんどが安価な飲食店であるが、中には高級店も少なくない。しかし、印象としてインド料理は高いものではないといった固定観念がある為、いつでも最安値の店舗へしか行くことはなかった。そういった低価格のインド料理の中でも最たるものとして、南インドのタリーと呼ばれるものがある。これは野菜だけで構成された料理で、様々な種類の野菜カレーをバスマティライスやプーリーと言った南インド特有の油で揚げたパンと一緒に食べるのだが、これがどういう訳かどこへ行っても食べ放題システムが採用されている。そしてこのタリーの相場は大体20AED(600円程度)前後と非常に安価なものなのだが、話に聞いたその店は高級タリー専門店という事で、49AED(1500円程度)でタリーを提供しているのだという。「タリーが49AED?、、、高いな、、、」食べ放題で49AEDなら高いとは言えないのだが、何しろ他所がその半分という事を踏まえると、その価格はやけに高額に感じられた。それでも、高額なタリーがはたしてどう言ったものなのか興味があり、早速行ってみようかと思ったものの、話を聞いたラマダンの時期は店を閉めていたので、その時は断念せざるを得なかった。あれからもうふた月が経つ。とっくにラマダンも明けていつでもその店へ行ける状況ではあったのだが、そう滅多にタリーを食べようという気になるものではなく、今日になってようやっとタリーを食べにその店へ向かったのだった。ああここか、という程に目につく場所にその店はあった。話に聞いていた通り、確かにその辺の安いインド料理屋とは設えがだいぶ違う。席へ着くと従業員がぞろぞろと列を成してやって来て、テーブルに支度してある器へ次々と料理を盛り付けていく。これで一揃え。これらに加え、バスマティライスと様々なパンがわんこ蕎麦的にどんどんと運ばれてくる。別売りのマンゴーラッシーも頂く。ほぼ固体である為ストローで飲む事は困難。サフランの入った甘い飲み物を飲みながら頂く。カレーはそれ程辛くは無いが、ある程度食べていると辛さが蓄積してくる。そこでこのサフランドリンクを飲むと辛さが和らぐ。料理はどれもそれなりに美味しいのだが、全てがスナック菓子的な味わい。その為、たくさん食べても食事を摂ったという感じはしない。食後に運ばれて来たデザート。アイスなのだが、何味のアイスなのか全くわからない。そして、そのアイスと一緒に運ばれて来たこれ↓これこそが表題にある「衝撃の味」この時点で一体これが何なのか全くわからない。まあ、大して美味しいものではないだろうなと予想しつつ口へ含んだ。千と千尋の神隠しの一場面で、千尋が川の主から貰った団子を口にして余りの不味さに痺れるシーンがあるが、この一口で、あの時の千尋の気持ちを体感出来る。未体験の不味さに体は硬直して目は泳ぎ、とても飲み込むことなど出来ずに僅か5秒で勢いよく吐き出した。確実にこれまでの人生において最も不味い物の一つと言える。あれを食べ物として飲み込める人間の神経を、僕は理解できない。この謎の食べ物、一つ持って帰って来た。さて、誰に食べさせてやろうか。  

    • 和食の基本をドバイで学んで参ります

      拝啓目眩を覚える程の湿度と、執拗に纏わりつく熱風が心地良い灼熱の候、益々ご清祥の事と存じます。此の所、何かと催し物が立て続き、忙しくして参りましたが、文月を迎えてようやっと、人心地付こうかという所であります。今期の邦人向け料理教室も、本日の「基本のキ」講座を以って一先ずの区切りを迎える事となりました。何しろ、この国は夏ともなると、やれ夏休みだやれ旅行だと、皆様お出掛けになられてしまわれるので、私共もそれに倣って、遑を頂くことにした次第でございます。基本のキ講座では、お米の研ぎ方から出汁の取り方といった、その名の示す通り和食の基礎をお勉強して参ります。出汁については、水分量に対して何%の昆布と鰹節が必要で、それぞれ何℃で何分維持するかなどを科学的な側面からご説明致しておりますが、こういった内容となりますと、殊の外男性が興味を持たれるようで、この度ご参加下さった男性方も熱心にメモをとっていらっしゃいました。引き立ての出汁でだし巻き卵を作ります。和食の世界では、出汁は「とる」ではなく「引く」と申しまして、味を「引き出す」ところからそう申すそうでございます。引き立ての出汁で巻いた出し巻き卵には、薄味の染めおろしと温めた出汁を張ってお出しします。同じお出汁を使って、鶏の南蛮蕎麦もお作り致します。何故ここで鶏南蛮かと申しますと、ドバイのスーパーで売られている鶏モモは往々にして骨付きでございまして、その骨を取り除く手順をご紹介した上で、お椀の代わりの蕎麦の具材として供しました。また、蕎麦つゆをお作りする際には、お出汁と調味料の必要量を正確に導き出す計算式をご紹介しております。煮物には鯖の味噌煮をお勉強して参ります。鯖は三枚おろしからご覧頂き味噌煮にして参りますが、このレシピの特徴と致しましては、お出汁の時と同じように、調味料を水分量に対するパーセンテージで考えて参ります。このパーセンテージによる考え方とは、どんな量でも無駄無く簡単に作れるようする工夫なのでございます。白ごはんは土鍋で炊いて参ります。いつも何気無く行っている炊飯が、どういった化学反応によって成されるものであるかということに目を向け、その現象を理解する事で日々のごはんをおいしく炊く方法をお話し申し上げております。ごはんは鯖の味噌煮とお味噌汁も一緒にお出ししておりますが、せっかく美味しく炊けた白ごはんでございますので、お刺身もお付け致しております。鹿児島から取り寄せた真鯛と、モルディブ沖で獲れた新鮮なキハダマグロでございます。次期お料理教室は、長月の声を聞いてからの再開となりますが、夏の間、暑気中りなど召されませぬ様、どうぞご自愛下さい。敬具  

    • 料理教室 初夏の献立

      ドバイでも出来る日本料理を謳った料理教室なので、材料は全てドバイ内のスーパーマーケットで入手できるものでなければならない。これだけ聞くと、さぞかし制限のある環境の様に聞こえるが、ドバイでは割と何でも手に入る。例えばロンドンと比べた場合、スーパーで手に入る和食材の種類はドバイの方が余程豊富だ。うちの料理教室は基本的に、大体月替わりの懐石風の献立にしていて、先月の先付けはこれをやった。焼き茄子と無花果の胡麻酢がけ。茄子などは質の良いオランダ産の米茄子が売っていてそれを主に使うのだが、このところ、ドバイ産のハウス栽培の茄子も出回っていてその茄子も美味しい。しかし、ローカルの露地物やオマーン産の物、インドやパキスタン産の茄子は種類が違うので、和食には不向きだ。お椀は鱸の味噌椀。茗荷はグルメ屋か1004で手に入る。鱸と言っても、ここで使うのは鱸の幼魚のせいご。スーパーでシーバスとして販売されているものだ。主に、ギリシャやトルコからの輸入が多いが、近頃では、ドバイ産シーバスが出回っている。このドバイ産シーバスだが、質が悪くて値段が高い。以前の記事で触れたことがあるが、ドバイのジュベルアリと言う地域の内陸の砂漠で魚の養殖施設があり、そのシーバスはそこで養殖されている。天然環境を活かして養殖する他の地域の養殖場と違い、ドバイの養殖場の場合、その環境を整えるところから莫大な費用が掛かるため、単純にそのコストが販売価格に反映される。高くなるのは当然だ。蒸し物には、帆立と海老の冬瓜みぞれ蒸し。鶏の炊き込みご飯だが、カオマンガイ風になっている。コリアンダーが山盛り乗るので日本料理とは言いにくいが、食べるとちゃんと炊き込みご飯。米は新潟のコシヒカリを使うが、これも勿論ドバイで手に入る。ただ、此の所日本産の醤油が品薄で困る。少し前にドバイ政府が、日本産醤油はアルコール由来成分があると言い出して制限がかかった。日本産でなければ色々あるが、やっぱり美味しくはない。ハラル対応の柴沼醤油もあるにはあるが、今は何処も売り切れてしまっている。ドバイでは大概のものは手に入ると言っても、やっぱりムスリム国家。面倒なことは色々とある。  

  • 07Jul
    • 日本では意外と見かけないスイカのジュース メトファル定期報告

      思いの外長い信号を待ちながら何気なく窓を開けると、凭れか掛かる様な外の熱気と共に日没のアザーンが直ぐ近くのモスクから車の中へと流れ込んできた。陽もだいぶ延びた七月の夕空に響きわたるイスラム教の祈りの旋律も、この地に来て何年も経った今となってはもう新鮮さを覚えず、無感情に窓を閉めた。「さあて、 茶でも飲むかね。」予定より早く用事が片付いて時間を持て余した僕は、ハンドルをポンと叩いてそう言った。ドバイにおいては、何しろ茶を飲む所に事欠かない。完全な飽和状態の上の過剰供給にある飲食業界の今の状況は、客の側にとっては大いに結構な事だ。選択肢は無限とも思える程にあった。「スタバなら直ぐそこにありますよ。」休日や仕事終わりともなれば、専らスタバに入り浸る友人が後部座席からそう提案した。「スタバとかねぇ、ああいったカフェと云ふ処へは、僕は行かないのだよ。だってさ、なんとかマキアート?とかって、20ディルハムとかするでしょう?もっとする?そんなの、チャイが20杯飲めちゃうよ。僕だったらチャイ20杯飲むよ。」最近では、路面店のインド料理屋などで出される1ディルハムのチャイが価格の基準となっていて、何でもチャイ換算する様になった僕は何故か得意げにそう答えた。「20ディルハムのコーヒーは飲まないのに、どうして50ディルハムのビールを7杯も8杯も飲めるのかしら?チャイ400杯分ですけど?」助手席の妻がここぞとばかりに正論を突きつけるが、僕にはそれに対する正当な持論がある。「コーヒーはね、極端に言ったら自分でインスタントのやつ買って来てお湯入れれば出来るんですよ、でも、ドラフトはそうは行かないのですよ、そこには1杯50チャイの価値があるのですよ。」「なんで?缶ビールじゃダメなの?一緒でしょ?」1UAEディルハムを1チャイに換算するという渾身の僕的流行りには一切触れることなく、妻は言及を続けた。「いや違うんだよ。全然違う。」いろんな意味で違うと思いつつ、いつも通りのやり取りが始まり、一通りの問答が終わった頃、後部座席の友人がタイミングを見計らってこう言った。「じゃあ、メトファル行きますか?」メトファル定期報告※メトファルについて数々ある充実したドリンクセレクションから、今回はスイカジュースに焦点を当てたい。日本ではあまり見かけた記憶がないが、ドバイでは何処にでもあるスイカジュース。その味は店によって様々だが、往々にして、然程美味しくはない。立派な五つ星ホテルのラウンジなどで注文しようものなら、水っぽくて青臭い赤い液体に高額を支払う事となる。そんなスイカジュースだが、メトファルのスイカジュースがめっぽう美味い。その時のスイカのクオリティに依存するので、ごく稀にいつもよりちょっと甘み薄いかな?って事はあるが、大体は美味しい。あまりに美味しいので、どうやって作っているのか聞いてみた所、2種類のスイカをブレンドしているのだと教えてくれた。ほんとかよ?と正直思ったが、美味しいのだからそうなのだろう。3サイズから選べて、それぞれ大体10チャイ前後。また、メトファルの隣のモスクはポケストップだ。  

  • 06Jul
    • しばらくぶりに訪れた中華レストラン

      「35分程お待ち頂くことになりますが。」慣れた手つきで手元の端末を操作しながら、よくトレーニングされた中国人の店員がそう言った。ここへ来てすんなりと中に入れた事など今までただの一度も無い、しばらく待たされるのはいつもの事だ。席の支度が整ったら鳴る仕組みの呼び鈴を受け取ると、時間を潰しに何処へともなく歩きはじめた。Din Tai Fung は、世界的に展開する大手フランチャイズで、ドバイへも既に数年前から進出している。今では、このMOE店をはじめ、アルグレアやドバイモールなどにも店舗を構え、そのどの店舗も安定した盛況ぶりを見せていた。「このご時世に大層な事だねぇ。」少し歩いてから振り返り、遠目からもその混雑振りの窺える店を眺めてそうもらした。母体の資本力が桁違いであるとは言え、今のこのドバイでこれだけの商売を成し得るというのはそう容易なことでは無いだろう。実際に、資金力に物を言わせて強引な展開をしては撤退していく企業は少なく無い。2020に世界万博を控えるドバイは、きっと景気が良くなるだろうと多くの人が期待をしていた。ところがその期待とは裏腹に、実際には好景気どころかその真逆の方向へ進んでいる。ドバイで長く商売をしている友人達は口を揃えて、この数十年の間で最も悪い状況だと話していた。其処此処で新しいプロジェクトが進行し建設が続けられるその表面上からは窺い知れないが、現実はそうなのである。「近頃じゃあ、売掛の回収もままならんよ、こっちもただ黙って待っているわけにも行かなくて、お得意さんの事務所まで集金に行くんだけどね、また来週来てくれって頭下げられてねぇ、大変だって事はわかるからさ、仕方なく帰ってくるんですよ。こうなっちゃあ、売掛はいけないね。しばらくは現金払いでなければ物を売れないよ。」つい最近そんな話を聞いていただけに、相変わらず繁盛しているDin Tai Fungは流石としか言いようがなかった。しばらくすると呼び鈴が鳴り店まで戻ると、相変わらず満席の店内にぽつんと空いた小さなテーブルに通された。こうして見ると、アジア系は勿論、ヨーロッパ系やアラブ系など、実に幅広い人種に支持されているのがわかる。この店の看板メニューの一つとも言える牛肉の入った麺。前に来た時より美味しくなっていたが、以前より麺の量が少なくなっている気がした。どれをとっても美味しいし、料理が出てくるのも早い。その上値段も手頃なので、そういったバランスの良さも人気の秘訣なのだろう。普段中華と言えば、カラマのスプバンへばかり行っていたが、ここへ来るのもひとつ手かも知れない。  

  • 04Jul
    • ロバートの憂鬱

      ああ、痩せたい。男は大きく溜息をつくと同時に、思い掛けずそう言葉を漏らした。若い時と比べて、随分と体型が変わった事は理解しているし、体重計に乗ろうものなら、そこに表示される数字は、如実に現実を伝えているという事も十分に承知している。それであってもいざ鏡に目をやると、いやいや、それほどでもないだろうと、そこに映る己の姿を欲目で見ては、自分を偽り日々を過ごしていた。その日、ゴルフの練習へ行く為に上着を選んでいると、日頃あまり袖を通すことの無い桃色のシャツが目に入った。この色味はどうだろう、派手だなあ。そう思いつつ手にとっては見るものの、やはり気乗りはしなかった。普段着ないのにはそれなりの理由がある。40をとうに過ぎた自分にその派手なシャツは、いかんせん不似合いに思えたのだった。それでも、今日はただの練習だしこれで良いだろうと、その桃色のシャツを着てゴルフクラブへ向かった。練習を始めて間も無くすると、それを側で見ていたゴルフの先生がこう言った。「オノデラさん、ちょっとビデオ撮って見てみましょうか」スイングの動画を撮って問題点を確認する為、先生と一緒に室内のスタジオへ行くと、そこには、前後に設置されたカメラと、大きなモニターが備えられた練習施設があった。随分と充実した機材が揃えられたその部屋が物珍しく、年甲斐も無くあれこれと触ってみたりしているうちに、気がつくとスイング解析用のモニターの前にいた。そして何気無しにモニターに目をやると、その画面に目が釘付けとなった。そこには、唖然とした表情で立ち尽くす、桃色のシャツを着た小太りの醜い中年男が映し出されていた。日頃、常に黒い服を身に付け、黒はマジックなどと言いながら己を偽り続けていたのだが、その高性能モニターに映し出されていたのは、膨張色によって一層膨らんで見えるあられもない真実の己の姿だった。それを目にした男は一瞬言葉を失ったが、一呼吸おいて先生にこう尋ねた。「マークさん、僕、普段こんなのですか?、、、、、ロバートの秋山みたい、、、」決して、ロバートの秋山氏を卑下するわけではないが、自分は然程太ってはいないと思っていただけに、毎日をこの姿で生きていたことを激しく後悔する。画面に映る己の姿が信じられず、何かの間違いではなかろうかと本気でそう思った。きっとこのモニターは、通常よりも少し太く見えるきらいがあるのだと。「んー、そうですよー」しかしゴルフの先生は目を合わせずにこやかにそう答えた。ロバートの秋山氏は、太っている方だと思っている。しかしこうしてみると、それとよく似ている。妻からも良く、ロバートの秋山に似ていると言われてはいたが、どうやらあれは事実だった様だ。そんな事を考えていると、少し前にイギリス人の友人が家に泊まっていた時の事を思いだした。彼はその柔和な表情と性格から、よく女性にモテるのだが、だいぶ膨よかな体型をしていた。「そのぽっちゃり体型もモテる要素の一つだね、それくらいが丁度良いね。」実際にそうだとは思うが何より他人事なので、からかい半分にそう言うと、「だから、この体型を維持する為に敢えて痩せないのです。」と彼はお菓子を貪りながら答えるのだった。そんな会話をしている後ろで、もう一人の友人と妻がこう話していた。「あの二人後ろ姿そっくりですね。」冗談だと思っていたが、どうやらあれも、紛れも無く本心からの言葉だったのであろう。完全に冗談だと思っていた。しかし、今眼前に映し出された己の姿は、そのイギリス人の友人とも重なって見えた。そして奇しくも、彼の名はロバートというのだった。  

  • 03Jul
    • 最近話題のタイ料理レストラン

      「随分遠いね。」とそのお方は手巾でサングラスを拭きながら、遠くに目を凝らしたのでございます。「どこか己にも判然せんがね。どこから行っても、同じ事だ。JVCはあすこに見えているんだから。」と最近になって顔も身体も真ん丸に出来上がってきた私は無造作にそう申し上げました。JVCとは、Jumeirah Village Circleという、アルバルシャよりさらに内陸、モーターシティーやスポーツシティーに隣接する地域でございます。住まいから決して近いとは言えないこのJVCまでわざわざ赴いたのは他でも無い、「タイ、タイ、タイ料理食べタイ。」とそのお方が仰ったからでございます。十年来懇意にして頂いている韓国人のご夫妻から、今話題となっているJVCのタイ料理レストランのお話を伺ったのは、つい前々日の事。タイ料理に目の無いそのお方は、話を聞くや否や間髪入れずこう仰しゃいました。「じゃあ、明後日行こう明後日、絶対ね。」そうでもなければ、元来出不精な私がこの様な遠くまで足を延ばす事はございません。そうして予定通り、不慣れなJVCへの道を進んでいたのでございます。お話に伺ったお店は「Sticky Rice」という、席数20に満たない家族経営のレストランで、JVCの中でもまだ開発の進んでいない辺鄙な場所にありながらも、近頃の評判と席数の少なさも手伝って、時には行列が出来る程に繁盛しているという事でした。Google map を頼りに進んで行くうちに、周囲の様子は徐々に噂通りの雑然とした雰囲気になり、この場所で本当に良いのだろうかと不安になりかけた頃、ようやっと目的地に辿り着いたのでございます。到着したのは陽もだいぶ傾いた18:00過ぎ。お話に伺っていた通り、凡そ人気店が有るとは思えない場所にそのお店はございました。行列こそ出来てはいなかったものの、我々で丁度満席となった店内は、思っていた以上にこじんまりとしていて、これ以上ないという程にシンプルな設えでございました。その様なお店でありますから、お値段もそれに準じた物であろうと献立表に目をやると、意外と普通のレストランと同程度の価格設定となっておりました。タイ料理レストランへ行けばまず提供されるお通し的なこれ。この他、グリーンカレーとライスも注文しましたが、写真を撮るのを失念しておりました。特に人気というデザート。舌触りの雑なソフトクリームと、然程甘くもないマンゴー、そして器の底には、緑色の餅米、ディスっている様な表現ではございますが、きれいに美味しく頂きました。こうして結構な量を食べ尽くし、また一段と丸くなった私は、その重い身体を持ち上げて、そのお方にこう尋ねたのでございます。「ここへは、また来る?」  

  • 30Jun
    • 灼熱過ぎてパンク

      常軌を逸した暑さのせいか、この国では、車がパンクする事が多い。日本にいた時は、パンクした事など一度もなかったが、こちらに来てから、既に4回か5回はパンクしている。そしてそれは、いつも決まって暑い時期に起こる。ドバイもいよいよ暑くなってきたぞ、そろそろパンクの季節だ。怖いなー怖いなー。今日の気温は何度かな?うん、惜しい、50℃までもう一歩だね。全然嬉しくない。それにしても、これは実に晴れやかなパンク日和だ。さあ、パンクするならしてみろってんだ。した。パンクした。やってくれるぜ。でも、タイヤの交換なんて朝飯前さ、パパッと片付けて先を急ぐぞ。不慣れな手つきでタイヤの交換に取り掛かると、それをじっと見ているアラブのおっさんが一人。じーっと見ている。僕の余りの手際の悪さに痺れを切らしたのか、ここはこうした方が良いよー、などと言いながら手伝ってくれた。結局、一通りの作業を全部やってくれて、あっさりタイヤ交換は完了。とても助かった。アラブでは、道端や砂漠で車が故障したり動かなくなったりすると、何処からともなくアラブ人が現れて助けてくれるという言い伝えがあるのだが、実際に多くの人が、それを経験している。また、彼らは、一切の見返りを求める事はなく、窮地を脱したことを見届けると、早々にその場を立ち去る。この時も、タイヤの交換が終わると、にこりと笑って行ってしまった。これはどうやら、困っている人を見かけたら助けるというイスラムの教えによるもので、彼らにとっては当然の事なのだという。去って行くそのアラブ人を見送った後、思いも寄らず、忘却の彼方に埋もれていた一つの記憶が蘇った。それは、僕がまだ日本に住んでいた大昔、板前の友人と山に釣りに行った時の出来事。慣れない山道を車で走っていると、タイヤが溝にはまり動けなくなってしまった。自分たちだけではどうにも出来ず、誰もいない山中で人を探していたところ、近くに一台のトラックを見つけた。それは、山から切り出した材木を乗せるような、大型のトラックだった。これなら容易く車を引き上げる事ができる。幸い、すぐ側でトラックの持ち主らしき1人のおっさんが作業をしていたので、駆け寄って事情を話すと、如何にも山の男といった出で立ちのそのおっさんは、渋々ながらも作業の手を止め、その車の所まで連れて行けと言うのだった。良かった、これで助かる。喜々として車まで案内すると。思った通り、その大型トラックはいとも簡単に溝にはまった車を引っ張り出し、我々は窮地を脱する事ができた。助かりました、本当にありがとうございます、と御礼を言い、加えて、当時我々の勤めていた店へご招待したところ、在ろう事かそのおっさんは、顔をしかめてこう言い放った。「懐石料理か、そんなもん食わねえな、俺は金の方が良いなー」実際に助かったので感謝こそすれど、20代前半の若造2人に対するこのおっさんの発言には、我々も言葉を失った。「そうだなぁ、五千円か、まあ、三千円で良いや」三千円でこの窮地を脱する事が出来れば安いものだが、ああいう大人にはなりたくないねと、帰りの車内で友人と話したのだった。そんな古い記憶を呼び起こしたこの度のパンク。あの時のおっさんに、この時のおっさんの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいものだと、おっさんになった僕は思うのだった。  

  • 23Jun
    • 火鍋の美味しいレストラン

      スウプをひとさじ、すっと吸ってそのお方は、こう仰ったのでございます。「火鍋火鍋ってみんな言うけど、コレ、そんなに美味しいかのう?」唐辛子や山椒を効かせた辛口の出汁で薄切り肉や野菜を煮て、自分好みに合わせたタレで頂くこの火鍋は、野菜を多く摂れるという事もあり、殊の外、女性から人気があったのでございます。当時、ドバイに住む日本人の間でも、それはもう、流行っておりました。何しろ人気のあるものですから、友人と集まる時など、何かと言うと火鍋を食べる機会があったのですが、そのお方にとっては、どうにも共感の持てない代物であったようで、「どこが美味しいのか、分からんのう」嫌いでこそないにせよ、いかんせん、首を傾げていらっしゃったのでございます。そこで私は、こうお尋ねしました。「タレじゃないの?どんな風に作ってんの?」「え?適当」あっけらかんと何もためらう事なく、即座にそうお答えになったその方の手元に目をやると、何やら、色合いの様子の違うタレが、小さい器に慎ましく注がれてあったのでございます。「それ、ちょっといい?」これはと思い、一言お断り申し上げて、味見をさせて頂きました。「ん!?しょっぱ!何これしょっぱ!」数々ある調味料を自分好みに合わせるという事は、調理の不慣れなそのお方にとってはなかなかに難しかった様で、毎度毎度、それこそ適当に合わせたタレで、火鍋を召し上がっていたのでございます。私も、それでようやく合点がいきました。あのタレでは、確かに、首を傾げたくもなるというものでしょう。「、、、、コレは、ちょっと美味しくないね、、」私は遠慮がちに、そう申し上げたのでございます。「だって分かんないもん。えー、じゃあ作って」あれから、もう随分と経ちました。今では、すっかりタレの調合もできる様になり、あの、首を傾げては眉をひそめていた火鍋も、好んで召し上がる料理の一つになったのでございます。そんな折、ドバイ在住日本人の間で最近話題となっている、美味しいと噂の火鍋屋さんを訪ねて参りました。グリーンズより少し北、バルシャハイツにある「Beef King」表通りより奥へ入ったその先の、心無し寂れたビルの一角に、そのお店はございます。思いの外広い店内には個室もあり、在ドバイ日本人の集まりなどにも、よく利用されるという事でした。このお店の特徴は、銘々に支度される一人用の鍋。スウプは辛い物か、そうでない物かを選ぶ事が出来ます。お肉は牛肉の最も安い物を注文致しました。こういったお店の場合、上等なものもそうでないものも大差は無いので、安い物で十分なのでございます。牛肚と牛百叶。ハチノスとセンマイです。これらは既に良く火を通して御座いますが、鍋に加えてしばらくの間放ったらかして、思い出した頃に召し上がると、良く味が染みて美味しく頂けます。それにしても、やはり大事なのはタレでございます。先に少し触れました通り、このように支度された数々の調味料を自分なりに混ぜ合わせなければなりません。これだけあっては、何をどれだけ混ぜれば良いかなど、ある程度料理の心得が無ければ、難しいというのも、無理はないかも知れません。好みの分かれるところではあると思いますが、ここで一つ、簡単なタレの合わせ方をご紹介致します。小さいお椀一杯分胡麻ペースト 4杯腐乳 1杯醤油 1/3杯麻辣醤 1/3杯 (痺れる辣さ)辣椒油 1/3杯 (唐辛子の辛さ)オイスターソース 1/2杯花椒油 1/4杯 (中国山椒の風味)にんにく 少々コリアンダー 少々砂糖 小匙1.5杯胡麻ペーストは分離しておりますので、器に注ぐ前には良く混ぜなければなりません。また、紅辣椒醤を三分の一程も加えますと、一層辛さが際立ち、酸漿に似た色になる事でしょう。  

  • 20Jun
    • 柄にもなくお洒落カフェへ伺った結果

      拝啓容赦なく照りつける灼熱の日射しと息がつまる程の湿気が清々しい向夏のみぎり、如何お過ごしですか?今日本では、タピオカが流行りなのだと、風の噂で聞き及んでおります。そして少し前までは、パンケーキが大流行りだったとか、、、高額なパンケーキに列を成し、長時間を費やしてようやくありついたパンケーキを有難がって写真に撮ってはインスタにあげる、、、本当に楽しそうですね。実は先日、日本からお客様がいらして、ドバイにもパンケーキで有名なかわいいカフェがあると仰るので、お供をさせて頂きました。そうでもなければ、私のような出不精が、ましてやかわいいカフェなどに伺う事はないので、とても良い機会を得ました。連れ出して下さった方々には、心より感謝致しております。そのお店は、ドバイモールから程近く、シティーウォークという、お洒落ながらも失敗感の否めない残念な商業施設にございます。ご覧の通り、平日のお昼でこの有様。気温40℃程とはいえ、少し汗ばむ陽気なので当然ですね。1年のうちの半分以上はこういう状態です。その為か、多くのお店が長続きせずに、コロコロと変わります。お陰で、次々と潰れては新しいお店が出来るので、いつ来ても新鮮な感じが致します。ここへ高額な資金を投じて出店する人の気が知れませんね。そんなシティーウォークの一角のあるL’ETO。たった2年間でドバイとアブダビに5店舗を展開しているイギリスのフランチャイズだということでした。このお店に限らず、テラス席には誰もいません。熱中症による死の危険があるので、屋内の席がおすすめです。フィリピン人のスタッフがおしゃべりをしながら適当に働く店内はとてもハイセンスです。お客さんはほとんどおらず、とても静かで快適。灼熱の屋外とは対照的に、室内の空調はむしろ寒気を覚えるほど強力なので、上に一枚、薄手の羽織るものがないと、体を壊してしまいます。1番人気というお茶。ビューティーなんとか、という名前でしたが、特に感想も得なかったので印象に残らず、名前も忘れてしまいました。こちらが噂のパンケーキ。手前のは普通のパンケーキで、向こう側のは、クレイジーなんとかいう名前でした。とても可愛いくて美味しそうですね。でも、見た目と想像を大きく下回るクオリティに本当にびっくり。ある意味、予想を超えてきました。森永のホットケーキミックスを自分で焼いた方が間違いなく美味しいでしょう。クレープも、とても美味しそう。でも、全く特筆すべき点を持ち合わせない品質には、驚きを隠せません。このシティーウォークに限らず、ドバイにはこのL’ETOの様な、とても綺麗でお洒落なのに、いつも客がいなくて静かなカフェがたくさん。どのお店も似たり寄ったりで全部同じ。みんなが皆、同じところに集まって同じ事をするので、ただでさえ少ない需要が過剰供給によって分散し皆で共倒れしていく様は、統一感があってとても素敵ですね。この度伺ったL'ETO、とてもセンスの良いお店です。ご興味ありましたら、お早目に伺うと良いですね。いつまであるか分からないので。敬具  

  • 19Jun
    • ドライバーのスイングを分析

      この夏、日本でゴルフの勝負を控えている。対戦相手は、かつてドバイ在住日本人で最もハイレベルなゴルファーの1人と数えられた、あのモンスターKだ。とても勝ち目など無いのだが、せめて一矢報いたい。アプローチとパターを徹底的に練習すれば、少しは良い勝負になるかもしれない。それに僕には、自ら編み出した独自のパター法、「忍法一番絞り」がある。かつて数々の奇跡のロングパット(3回)を成し遂げた、必中の法だ。これさえ極めれば、モンスターKなど恐るるに足らない。さあ、忍法一番絞りの特訓だ。やっぱりドライバーの練習しとる。しかも終始フルスイング。パターなど触りもしない。ドライバーが、18ホールのうちでほんの数回しか使わないということは重々承知している。パターとアプローチを練習しなければ、スコアは良くならないという事も、勿論、十分に理解している。しかし、練習へ行けば、ドライバーを持って離さない。よし、今日はパターの練習だけするのだと意気込み、パター以外は触らないだの、100球連続で入るまでやるだのと、道中大口叩きながらも、ゴルフクラブへ着いた途端、自分でも信じられない程に気が変わり、パターの事などキレイに忘れて、ドライバーを持ってドライビングレンジへ直行。一応、最初10球くらいドライバーを打ったら、その後パターの練習をしようなどと考えてはいるのだが、結局クタクタのドロドロになるまでドライバーを振りまくる。それはまるで、RPGで呪われたアイテムを装備し、そのアイテムが壊れるまで操作不能みたいな状況。実際、今年に入って既にドライバーを2本折った。あのドライバーが呪われていたのか?今現在も同じ状態なので、きっと今のドライバーも、1球でも打ったら最後、疲れるまで振り続けるという呪いがかけられているに違いない。まあいい。呪われていたとしても、せっかくドライバー振りまくっているので、自分なりに分析してみるとしよう。今回は、トミーくんのスイングと比較してみる。偶然にも同じ格好。まずはトップの位置を見てみるとしよう。相変わらず、ヘッドが内側へ行き過ぎている。右膝は伸び過ぎて腰が後ろへ回り過ぎているように見える。手首の角度もなんだか違う。これはどうすれば良いのか?この時点で既に、腕が前に出てしまっている。ダウンスイング開始直後に、もっと腕を下に降ろす意識を持たなければならない。ダウンスイングの初期段階で腕が前方へ出てしまっているため、インパクト時には、腕がかなり体から離れてしまっている。右肘が伸びてしまうのも、そのせいだろうか。ダウンスイング開始直後からもっと下方向に向けて、右肘の曲がりを維持し、身体の近くを通す事を意識しなければならない。腰を回すスピードが遅い。この時点で腰はもう少し飛球方向へ向いていないといけないと思う。下半身と体幹が弱いのが影響しているのだろうか?これが致命的。振り抜く時に左肘が出てしまっている。前腕のローテーションが出来ていない証拠だ。トップでのクラブの向き、手首の角度、ダウンスイングの方向と腕の軌道、腰の回転、上体の維持、体重移動、前腕のローテーション、あと、体幹と下半身を強化して、柔軟性も高めなければ、、、課題は山積みだ。これは手に負えない。これからどれだけ練習しようとも、夏のゴルフ対決までにどうにかなるとは到底思えない。この辺の課題はとりあえずおいといて、対決までに残された時間は、筋トレと柔軟、アプローチの練習に当て、そして何より、忍法一番絞りの熟練に費やす事にする。でも先にドライバー10球だけ打ってからにしよう。  

  • 17Jun
    • ドバイでの仕事 料理教室活動報告

      ドバイ在住と言うだけで、セレブだやれ富裕層だと僻な見方をされがちだが、生憎そんな事はない。本当、生憎だ。セレブなり富裕層なり、成れるものなら成ってみたい。このブログだけを見ていると、毎日ゴルフばかりして、カレーを食べてチャイ飲んで、遊んでばかりいるように見えるが、勿論そんな訳はない。むしろ自営業の僕などは、会社勤めの方とは違って何の後ろ盾も無く寄る大樹もない。働いたら働いた分しか得られないので、日々の生活と将来の年金の無い老後の為、妻と二人三脚で必死に働いている。そんな僕がドバイでの生業としている仕事の1つ、和食の料理教室。先月のラスアルハイマのサクラカフェに続き、今回は、ドバイ最大のアジア食材店1004グルメにおいて、日本料理教室を開催した。なぜかアメリカ海軍のエプロンを着用。前回はこの場所をお借りして、日本人会婦人部の料理教室を開催したが、今回は全員一般募集の外国人。外国人からのリクエストとしては、カリフォルニアロールやダイナマイトシュリンプなど、海外ジャパニーズレストランの人気メニューを求められることが多いが、そう言ったモノは頼まれても決してやらない。そんなもん、Yo sushi とかzumaとかの外国人シェフに習えば良い。そっち行ったらもっと高額請求されるだろうけど。しかし、そう言ったなんちゃって和食の料理教室を上手く実践していけば、もう少し要領よく稼げるだろうが、それらが日本料理であるなどという誤解を作り、生き恥を晒してまで稼ぐ気など毛頭ない。我ながら不器用。器用なのは手先だけ。手先など不器用で良いので、器用に生きたかった。今回の内容は、出汁の取り方、昆布出汁、合わせ出汁、干し椎茸出汁、ほんだしのブラインドテイスティング、ほうれん草とキノコのお浸し、冷製茶碗蒸し、茄子の煮おろし、うどん。外国人の嗜好性に一切寄り添う姿勢のない構成。ガチ和食。これらの献立は全て、1004グルメの商品だけで構成されており、料理教室の後は、参加者に限り15%オフで購入できる。今回の料理教室を開催するにあたり、1004のマーケティングチームが、ホームページやインスタグラム、FBなどを活用して募集をかけたところ、瞬時に40席の定員が満席となり、ウェイティングリストまで作られる結果となった。さらに、雑誌などにも載せたらしく、少なからず話題になったらしい。流石、1004のドバイにおける宣伝力は凄い。公邸料理人の三輪氏が好意でお手伝いに来てくれた。僕が何かするときには、彼はいつも手弁当で手伝いに来てくれる。この料理教室、今後も定期的に開催していく方針。その他、例年通りロンドン料理教室と、さらに今年は、ウクライナのキエフと、サウスアフリカのヨハネスブルグで料理教室を開催予定。シンガポールとインドネシアと日本にも行くから、そこらへんでも何か出来ないかな?  

    • ドバイにある東南アジアの何処かみたいな街を歩く

      ドバイの中心地から程近い場所にあるにも関わらず、一般的に認識されているドバイの印象とはかけ離れた雰囲気を持つこの街は、まるで東南アジアか何処か、発展途上国の繁華街を連想させる。こんな様子↓遠くに見える高層ビルや高級ホテルと、この街の持つ雑然とした空気とのコントラストに、ドバイの持つ二面性が窺える。然程大きくはないこの街を歩いていると、多くのフィリピン人がいる事に気付く。ドバイはご存知の通り、人口の凡そ8割が外国人で、そのほとんどがインド人やパキスタン人と言われるが、それに次いでフィリピン人も相当数住んでいる。そして、その人々の多くは出稼ぎ労働者としてドバイへ来ており、月収1万円から5万円、多くても10万円程度の収入で暮らしている。現在ドバイの人口は300万人に届こうとしているが、その凡そ7割にあたる、200万人程は、そういった低所得者なのだという。この街は正に、そうした人々、特に、フィリピン人が多く住んでおり、それ故に、リトルマニラと呼ばれたりする。勇気を出して、そんな街の一角にあるシャビーなショッピングモールのレストランに入ってみる。39AEDで食べ放題。ちゃんと全部美味しくない。全くお勧めしないが、このブログをご覧になっている方が、曲がり間違ってこちらへいらっしゃることのないように、敢えてここに記す。しかしおそらく、日本人がこの街へ足を踏み入れる事は、あまりないだろう。レストランを出て、周辺の商店を覗いている時、それらの店の従業員の中には、日本人に会うのは初めてだと言う者も少なくなかった。さて、ここで1つ、そんな商店で発見したハイセンスな商品をご紹介したい↓こんなのってある?このいかしたサンダル、180AED(約5,400円)だそうだ。買うわけないじゃん。バカなの?悪い冗談はこのイカれたデザインだけにしてほしい。しかし、店員の話によると、今これが大人気なのだそうだ。寝ぼけたツラして、ゆうべ見た夢の話でもしてるのか?とても正気の沙汰とは思えない。もはやコント。しかしこの街、こんな悪ふざけの品物ばかりでもない。街の自転車屋さん。割とちゃんとしていそうな新品の自転車が、格安で販売されている。これらの自転車が、9,000円から12,000円程。安いものだと、6,000円くらい物もあった。これは安い。もちろんスチール製の安物なので、昔の自転車の様にめちゃくちゃ重いが、普通に足として使うのであれば全く問題はない。せっかく毎日天気も良いし、元々自転車も大好きなので、ここで安い自転車を買って、ドバイを自転車で散策するというのも面白いかも知れない。よし、早速明日にでも自転車を買って、サイクリングに出発するとしよう。さあ、明日の天気はどうかなー??晴れ。気温45℃。よし、やめよう。  

  • 12Jun
    • メトファル定期報告 VIP制度

      海外旅行から帰って来た時、人は、自国の食べ物を欲する事が多い。例えば日本人なら、寿司か鰻か、はたまた、ラーメンか、旅行中の食事が不味いというわけではない。むしろ、美味しかったりもする。しかし人は、海外旅行から帰ると、慣れ親しんだ自国料理の味に安堵を覚える。僕がウクライナから戻り、真っ先に向かった先、それは、メトファルでした。ウクライナから帰ってきて、まさかのインドカレーにまっしぐら。しかも、2日連続で来て、2日目などは夜と深夜の2回行った。最近では、店員のインド人のおっちゃんに親しみがありすぎて、うっかり日本語で話しかけてしまう。今気に入っているのが、チャッティーカリーのビーフとエッグビリヤニ。これを2日連続で頂く。コンロの上にのっかってる土鍋のやつがチャッティーカリービーフ。そもそもこのチャッティーカリービーフも、馴染みのインド人店員のおっちゃんに、「おっちゃんは何が1番好きなの?」と聞いて、教えてもらった。チャッティーカリービーフめちゃくちゃ美味しく量もたくさんで、なんとたったの25AED。エッグビリヤニなんて10AEDだから、合計35AED、1000円くらい。これで十分2人前はある。シメのチャイを2杯頼んでも2AED。合計で37AED。1100円くらい。2日目の2度目の来店の時は、夜食にアラビックシャワルマを頂く。ポテト抜きにしてもらったアラビックシャワルマ、外側がパリッとしていて美味しい。そしていつも通り、チャイも注文したのだが、こんなのが出てきた↓まさかのマグカップ。超豪華。普段は紙コップで出てくるのに、とうとうマグカップでいただける様になった。これはきっと、連日来た上に、1日に2回も来たので、とうとうVIP認定されたのかもしれない。VIPチャイ1AED。30円也。メトファルに通って、VIPチャイ(30円)をゲットしよう。  

    • キエフ観光地特別偵察隊 調査報告

      キエフ観光地特別偵察隊出動。キエフ観光地特別偵察隊とは、キエフの観光地を巡り、帰ったあと誰かとお話するときに、どこをお勧めしたら喜ばれるかな?と考えるために編成された精鋭部隊である。今回の偵察で持ち帰った調査資料を編集し、ここに提示する。ヨーロッパとロシアのちょうどその間に位置するウクライナ。その立地のせいか、昔からウクライナは、混乱と争いの舞台となることが多かったようだ。そんな戦いの歴史を見ることのできる、なんとか公園、広場??ここ名前なんだっけ?まあいいや。ここでは、戦時中に使われた戦車やなんかが展示され、資料館なんかもある。有料なので入館はしない。剣と盾を持って両手を広げる女神像は、ロシアのほうを向いていて、ここはウクライナですから!こっち入って来たらマジでぶっ飛ばすかんね!という意味が込められているらしい。次の目的地へ向かう途中、近くにあったパブに立ち寄る。陽光穏やかな昼下がり、時折吹き抜ける新緑の香りを纏った風は肌に心地良く、さぞかし、良く冷えたドラフトがおいしそうなものだが、先日のウォッカが響いて、残念ながら今一つ喉を通らない。ここはおとなしく一杯だけにしておいて、ふつうに昼食をとる事にする。キエフにいる間、幾度となく食べたヴァレーニキ。すっかり気に入って、行く先々で食べる。ここへ来て気付いたことだが、ウクライナ料理には、ディルを良く使う。魚料理を頼む。何の魚かは不明。聞いてはみたが、ロシア語なので理解不能。このウクライナでは、5つ星ホテルや高級レストランなど、場所によっては英語の話せる人もいるが、基本的に、英語はほぼ通じない国と考えておいたほうが良い。みんなロシア語かウクライナ語で、ほぼロシア語。2014年のウクライナ騒乱以降、ウクライナ人は出来るだけウクライナ語を話そうという動きがあり、法律でも、然るべき場所ではウクライナ語を話すことが推奨されているということなのだが、実際にはみんなロシア語を話している。実は、彼等にとってウクライナ語はちょっと難しいらしい。これはこの国が、これまでの争いの歴史の中で、ウクライナ語を迫害されていた過去があるためなのだという。その為か、ウクライナでウクライナ語を話すと、ウクライナ人から凄く好感を持たれる様だ。ウクライナ語か、話せる様になったら、もっとウクライナの友達出来そうだな、でも身に付けたところで、使う機会は少なそう。ロシア語の方が、良いかな。あ、でも僕の場合、それ以前に英語勉強しないといけない。そもそも英語すら出来てなかった。パブからすぐ近くの公園。ここには、レーニンによって行われたと言われる人口飢饉「ホロモドール」の犠牲者を弔うモニュメントがある。これは20世紀最大の悲劇の1つに数えられ、たったの一年で、1450万人のウクライナ人が飢餓によって命を落とした。写真中央に写る痩せ細った少女の像が、その飢饉の苦しさを今に伝える。これは、そのホロモドールを経験した93歳になるじいさんから聞いた話で、あまり取り沙汰されてはいない話だが、この大飢饉の時人々は、木を食べ土を食べ、最後には、次々と先に命を落としていく、子供を食べて、生きながらえたのだという。すぐ近くの教会へ行く。僕は無宗教だが、行く先々で教会を見つけては侵入するという習性を持つ。ニューヨークの教会へ行った時は、「あなた、本当に真剣に祈りに来ていますか?」と教会のシスターに睨まれ、すごすごと退散した。ここの教会は、かつてはロシア正教、現在はウクライナ正教の総本山であり、最も由緒ある教会として信仰を集めている。その為か、ここは他の教会と違って、何となくオープンな感じがしなかった為、建物内への侵入は試みなかったのだが、後から聞いたところによると、軽々しく教会内へ入ろうものなら、ボコボコにぶっ飛ばされるらしい。よかった、侵入しなくって。ウクライナは実に広大な国で、各地に歴史的な名所が数多く存在する。今回はキエフだけだったが、次回は、もっと他の場所も偵察する必要がありそうだ。  

  • 11Jun
    • キエフ深夜特別探索隊 活動報告

      キエフ深夜特別探索隊出動。キエフ深夜特別探索隊とは、真夜中のキエフの街を、無駄にうろうろと徘徊する為に結成された精鋭部隊である。夜中にごそごそ起きだして、深夜のキエフの街の探索を開始する。街の中心地にある繁華街は、深夜であるにもかかわらず大勢の人で賑わっていたが、そこを少し離れると、先程までの喧騒が嘘のように静まり返っていた。表通りから外れ、奥の方へ進んでいくと、繁華街に比べて街灯が少ない為か、夜の闇はより深く、その暗がりに浮かぶ情景は、より異国めいて見えた。改めてこの土地が、生れ育った日本とも、普段生活しているドバイとも違う、全く別の環境なのだという事を、ここへ来てようやく実感する。ひと気の無い静寂に包まれた裏通りは、一際寂しさを増し、雨に濡れた路面を歩く自分達の足音だけが、コツンコツンと響き渡る。それはまるで、真夜中の時計の音の様に大きく聞こえ、暗闇にぼんやりと浮かぶ中世風の建物にあたって跳ね返ってくる。そんな中、ポツンと明かりをつけて営業しているパブがあった。大分歩いて喉も渇いてきたところだったので、休憩を兼ねて、一杯飲む事にする。こういった場合、通常なら駆けつけ一杯ドラフトを飲むところだが、おすすめがあるというので、それをお願いする。そうして出てきたのが、苺サイダー。この写真の右側のやつがそう。サイダーと言ってもちゃんとアルコールで、ビールより少しアルコール度高め。これがめちゃくちゃ美味しい。基本的に僕はこういったサイダーは嫌いなのだが、これは美味しい。ウクライナへ行くのであれば、是非お試し頂きたい一品。サイダーを飲んでいると、1人の隻眼の男が話しかけてきた。小柄ながらも引き締まった体格のその男は、残された隻眼の眼光鋭く、何処か影のある雰囲気があった。一目で違和感を感じ、彼が普通の人ではないと分かった。今自分がいるのはウクライナ。しかも、街外れの深夜のパブ。そんな所で出会った眼光鋭くガタイの良い男。これはあぶない可能性大。しかし、よくよく話を聞くと、彼は元ウクライナ兵士で、少し前まで戦場にいたという事が分かった。自分のいた隊が攻撃を受け、多くの同胞が死に、自分も片目を失って、除隊を余儀なくされたのだという。たしかに、普通の人ではなかった。彼のその壮絶な過去が、僕に違和感を感じさせたのだろう。話しているうちにすっかり仲良くなり、近所に馴染みの店があるからと、一緒にはしご酒へ繰り出す。知り合ったばかりのウクライナの友人と、真夜中のキエフの街に歩き出す。中世の面影を残すその街並みは静寂に包まれ、裏通りへ進むに従い、徐々にその姿は暗がりに沈んで行く。しばらく歩いた所で、彼の馴染みの店に到着する。そこに待ち受けていたのは、ウォッカ大会。大会というか、それが普通の飲み方。店にいた他の人達も巻き込み、とにかくウォッカを飲む。しかしそこには、一応マナー的な物が存在する。1-最初に注いだ人がずっと注ぎ続ける。2-「〜に乾杯」的にみんな一斉に飲む。3-必ず一気に飲み干す。4-会話に合わせ、誰か1人が「〜に乾杯」の音頭をとる。5-音頭をとる役割はなんとなく時計回りに進む。6-女性がいる場合は、なるべくその女性に関する話題に乾杯する。7-終わらない。終わらない?そんな事ってある?結局この時は、店のマスターが、「もう店仕舞いだ、みんな帰ってくれ」と言うまでウォッカを飲み続けたのだった。もう当分の間、ウォッカは飲まない。