1人になるまでのカウントダウン -4ページ目
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性。

親のセックスを見た人は、どれくらい居るんだろう。
私は親戚の人のまで見てしまった。まだまだ小さかった。
母も叔母さんも泣いていた。泣かされているんだと思った。
虐められて泣いているのだと。
結婚したら女は男に虐められるんだ。結婚するって実は恐いことなんだ。
あの時の光景、母の声が未だに頭から離れない。
私はセックスが怖い。
翌日の朝、私の髪を梳かしながら母が訊いてきた。
「ゆうべ、母ちゃんどんな声しとった?」
私は答えられなかった。
言ってはいけないような気がした。
何て言えば良かっただろう。
どんな言葉を望んでいたのだろう。

遺書。

初めて書いた遺書は8歳のときだった。
壁に『お世話になりました。私は死にます。探さない手下さい』と書いた。すぐに消した。
母に見つかったら何をされるのか怖くて。
それ以来、よくノートに遺書を書いては自分を励ましていた。
何故かわからないけど、心が穏やかになった。
もうずいぶん書いていない。
心の平安は、まだ得られるだろうか。

過去に縛られる。

後ろばっか向くクセ。過ぎたことを考えるクセ。
先のことを思い煩うクセ。何一つ今のことに気持ちを向けない。
母はいつも言っていた。大人になったときのことを考えろ。
中年になったときのことを考えろ。
年取ったときのことを・・・。
いつもいつも、将来のことを。
その将来はいつなんだろう。今?それとも、もう過ぎた?
私は何もかも自分でこうしようって動いたことがない。
全て父の、母の指示。
それが当然だと思ってた。みんなそうだと。
違っていた。何かも違っていた。
私は何をしてきたんだろう。
後悔して泣いてばかりで。

金縛り。

久しぶりに金縛りにあった。
布団を引きずられた。持っていかれないように、なんとか手だけ動かして。
ずっとお経を唱えてた。母を想った。
母が亡くなって10年経つ。いまだに母が居るように錯覚する。
朝起きて下へ降りれば母の声が聞こえるような気がする。
ヒドイ虐待を受けた。「死ね」と言われた。
だけど母が居ないことが辛くて堪らないときがある。
生きているときは、あんなに「早く死ねばいいのに」と思っていたのに。
依存だったのだろうか。何かに頼らなければ何も決められないのだろうか私は。いつになれば、1人になって孤独を楽しむことが出来るのだろう。
いつになったら、過去を捨てることが。

嘘でも事実。

眠れなかったら眠れるまで起きてりゃいいんだよ。
そうだよ無理に眠ろうとすんなよ。
どうしてそんな簡単なことに気づかなかったんだ、あたしは。
いいじゃんそれで倒れても。死にゃしねえよ。倒れちまえ。
ちきしょう強くなりてえ。なに言われたって、なにされたって優雅にほほえんで流せるくらい強く。
あたしは弱くて、すぐ何かを誰かを頼る。
答えを出してもらえると甘えているから、返事がないと不安になってしまう。
くそったれめ、お前はどうしてそんなに責任転嫁しやがる。
強くなれ。
神様ちょうだい、あたしに強い心。
ああだめだ。あたしはだめだ。
助けて誰か。あたし以外の誰かよ。
あたしの母ちゃんは母ちゃん1人だ。
他の人間を母ちゃんなんて呼ばねえぞ。
そんなよく出来た人間じゃないんだ。
あたしは割り切れない。明日には変わってるかもしれないけど今は死んでも割り切れない。

始めてみることにする。

周りには言えないから。でも1人で抱え込んでると潰れそうだから。
父の再婚。それは父の自由だから、いいと思う。でも。
相手はブラジル人。そして×イチ。そして子供2人いる。
子供はブラジルに住んでて、再婚することになれば、この家で一緒に住むために呼び寄せると言うの。
そして私には「出て行け」と。ヒドイよね。今まで、どれだけ親の言いなりになってきたか。どれだけ虐待を受けてきたか。
もちろん、私も一緒に住む気など、さらさらない。でもでも。
だからと言って「おめでう」なんて言えない。
何故言えないのかを、これから少しずつ書いていこうと思う。
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