1人になるまでのカウントダウン -3ページ目

私が。

「2万円貸してほしい」
妹が突然、職場に来たことがあった。少し後ろに当時の彼氏もいた。
「妊娠してしもた」と言った。
心臓が跳ねた。妹は、まだ16歳になったばかり。
そして初めてにもかかわらず、避妊をしなかったと言う。
殴りたかった。髪の毛をワシヅカミして引き摺り回したかった。
こんな時だけ。こんな時だけ猫なで声出して擦り寄ってくる。
「産めばいい」そう言いたかった。
なんの苦労もなしに生きてきたんだ。
妊娠したのは自分達の責任だ。その覚悟があってセックスしたんだろ。
でも結局、私はお金を出して中絶にも付き添いで病院へ行った。
それは妹が約束したからだ。彼と結婚すると。
必ず両親に中絶したことを告白すると。
だから2万円渡したのに。
それからすぐ、妹達は別れてしまった。
私が2万円出さなければ、どうなってただろう。
私が殺した。長い間、ずっとそのことに苦しめられてきた。
もちろん、妹は親にも何も言ってない。
でも私は忘れない。

鮮やかな。

晩御飯は、なんだっただろうか。
ただ、とうもろこしの眩しいくらいの黄色しか憶えていない。
「もう1つ食べていい?」と訊いたような気がする。
父はどんな顔してたっけ。母は?妹は?次の日の朝は?
何も憶えていない。そして私のしたことは無駄に過ぎなかった。
それからも母は、私を叩き殴り蹴り罵声を浴びせてきた。
私は母が死ぬまで、ずっとこういうことを耐えていかなくてはいけない。
でも、それはいつだろう。
自分から逃げては駄目なのか。自分の意志は。
私という存在はもう、はっきりと邪魔だと判っているのに。
やっぱり、また遺書を書く。そうやって自分で自分を殺していく。
いつか傷つかなくなるまで。泣かなくていいようになるまで。
そう願って何度も書くけれど。
涙さえ、私のなかに居たくないと言うように
ただ零れ落ちていった。

嘘の上塗り。

一旦、部屋へ入った。疲れが一気に押し寄せてきた。
母が音もなく入ってきて、私のブヨブヨになった足の裏を見て
眉をひそめた。
「こんなになるまで・・・。靴下も履かずにゴム草履で、どこまで歩いたん?」
「・・・○町の交差点・・・」
私の言葉に、母は目を見開いた。
大人でも歩こうなんて考えつかない距離だ。
足の裏は浮腫んで皮がめくれているし、指も切れて血が出ていた。
「ほんとに、おじいちゃんとこに行きたかっただけなん?」
母が何を言ってるのか分からなかった。おじいちゃん?
何も答えない私を不審に思ったのか、母はもう一度「おじいちゃんに会いたかったん?」と訊いてきた。
ああ、そうか。そういうことか。
信じてたのに。ちゃんと言うって約束してくれたのに。
父は母に本当のことを言ってくれなかったのだ。
結局、私との約束なんて、その程度ということだ。
私はまた嘘をつく。
「おじいちゃんに・・・会いたかった」

出せない勇気。

言えばいいと思った。父は、もしかしたら守ってくれるかも。
今だって、こんなに優しいのだから。
だから正直に話した。涙が止まらなくて上手く喋れなかったけど。
それでも、今まで母から受けてきた仕打ちを正直に。
父はずっと頭を撫でてくれた。母のしてきたことを「悪いことや」と。
これで私は開放されるんだ。もう母の顔色を見なくてすむんだ。
それはどんなに素晴らしい世界だろう。
家のなかで笑ってもいいんだ。
父は「父ちゃんから母ちゃんに、ちゃんと言ってやるからな」と約束してくれた。
家に着くと、母と妹が飛び出してきた。
母は何とも言えない顔で私を迎え「お帰り」と言った。
それが逆に恐かった。
きっと私はまた叩かれる。

どこまでも嘘をつく。

父は私の顔を見てホっとした。心配してくれてたんだ。
不思議だった。私より妹のほうが可愛いって毎日言ってたくせに。
外に出て父の車に乗った。叔父が「あんまり怒らんといたって」と
言ってくれたのが嬉しかった。
父は元々そんなに怒るほうでもないし手を上げることもない。
ただ、自分の気に入らない意に添わないと、とことん無視をする。
例え身内で一緒に暮らしていても、だ。
私のことも、徹底的に無視して、まるで居ないように扱う。
透明人間になっていた、ずーっと。
家が近づいてきた。心臓がドクンドクンいってる。
母はどうするだろう。何を言うだろう。
父がいきなりハンドルを切り、お寺の駐車場に入って車を止めた。
「さて・・・何でや?」と訊いてきた。
その声色が思いのほか優しくてビックリして、私はまた涙が出てきた。
今なら、本当の理由を言えるかもしれない。
母の私に対する行動を、父が止めてくれるかもしれない。

忘れられない。

喫茶店の人と叔父は知り合いのようだった。
「何食べたい?」とメニューを渡されたけど、何も言えなかった。
叔父は「ホットケーキな」と注文して雑誌を開きタバコに火を点けて
黙ってしまった。何か言って欲しい。いっそ怒鳴りつけてくれたらいいのに。
下を向いて、ただ涙を流すしかなかった。
その間に叔父は家へ電話を入れたようだった。
「お待ちどうさま。これサービスね」
目の前にホットケーキ。バターと蜂蜜たっぷりの。
オレンジジュースがサービスらしい。
朝から何も食べてない。お腹がすきすぎて気持ち悪いくらいだった。
震える手でナイフを掴みホットケーキを一口頬ばった。
甘い匂いと温かさが口の中に広がって、とても美味しかった。
美味しくて美味しくて、堪らなくなって泣きながら食べた。
周りにいた人達がヘンな目で見てきたけど、気にならなかった。
幸せを感じたんだと思う。
今でも、あの味は忘れられない。
そして、父が店に飛び込んできた。

逃げ切れない。

バスに乗って遠くまで。そう思って立ち上がりかけたところに。
目の前に1台の車が滑り込んできた。
「こんなとこにおったんか」
叔父だった。涙が出てきた。どうやら、あちこちに私が居なくなったと
電話をしたらしい。何故だろう。普段から「死ね」とか「お前なんかいらない」と言うから、こっちから出てきてやったのに。
結局帰るのか。帰らされるのか、あの家に。
きっと母は、今までにないくらい殴るだろうな。
叔父が「皆心配しとるぞ」とかなんとか言ってたけど。
私はどうでもよかった。どうなっても責められるのは私なのだから。
てっきり真っ直ぐ帰るものと思っていたら、叔父は喫茶店の駐車場に車を入れた。
「腹減ってるやろ、なんか食べよう」
その一言が、とんでもなく胸に響いて。
また涙が止まらなかった。

家出。

家出したのは、小6の夏。給食袋を学校に置き忘れてきた。
今度忘れたらボコボコにするよと母に言われていたのに。
また血が出るほど殴られるのかと思うと震えが止まらなかった。
それなら逃げよう。朝早く起き出して玄関を出た。
何処へ行けばいい。所持金は100円。とにかく歩いた。
母に見つからないように。もう怒られないように。
歩いて歩いて歩いて。ゴム草履を履いてたから足の裏はブヨブヨになった。
大人でも歩くのにシンドイ距離を3時間。
市内の中心部に着いた。お腹がすいたし喉も渇いた。
でも100円しかない。備え付けの水飲み場で喉の渇きを潤して
トイレに行ってバス停のベンチに座って一息ついたら
緊張がほぐれたのか、涙がブワっと溢れてきた。
とにかくバスに乗って、知らないところでも行ってしまおう。

比較対照。

二つ下の妹がいる。私は今でも彼女が苦手。嫌い。
この先会わなくて済むなら、なんでも出来ると思う。
私に禁じられたこと全てを経験してきた妹。
何一つ反対されることなく好きなことだけをしてきた妹。
いつもいつも、いなくなればいいと思ってた。
親がそうするから、彼女も一緒になって私を罵倒した。
私はずっと独りだった。
家族4人ではなくて、3人になりたいんじゃないかな。
親も妹も。私はどこかへ行く。きっとどこかへ。
そして家族と関わらなくていい場所に住むんだ。
それが小さい頃からの夢。
これからも、それだけを目標に生きていく。

読者様ができた。
ありがとう、とても嬉しいです。

泣き声。

母はよく姑に虐められていた。
ヒドイ言葉で罵られ、ヒドイことをされていた。
「どろぼう」「死ね」と怒鳴られては子供のように泣いて。
そして私にあたった。私を叩いて蹴って怒鳴って。
姑に言われたことそのままを私に浴びせた。
実の母親から「死ね」と言われるのは辛い。
本当に生きてちゃいけないんだと思い込んでしまう。
母がラクになるには私が消えればいいのかと思うと、早く消えなきゃと焦った。反面、私がいる限り母はもっと苦しむのだ。
もっと苦しめばいいという思いが勝った。
私は、どんなに虐待されても母の前に居ようと決意した。