今日も、カゾクと共に、少林寺拳法の道場へ
練習に行ってきましてん。
ウチは小学校2年から、大学卒業+αまで、
かなり長い間、
少林寺拳法のお世話になりました。
でも、
その教えというのは、
今になって噛みしめて分かるものがありますわ。
たとえば、
少林寺拳法の教えの中で
「作務」(さむ)という言葉があります。
簡単に言うと、「掃除」のことですけど、
練習場所を美しく清潔にすることによって、
自分の気持ちも清くする、そういう風に、
一応少林寺の教科書で習いました。
また、学科の試験でも、
そう書きました。
小さいころから「知ってました」。
でも、今日、
道場につくと、同院長が一人、
誰もまだ来ていない道場を、ほうきで掃いてはるや
ないですか!!
「手伝え」
「お前がやれ」
そのような言葉をかけるわけでもなく、
自然に「これが『作務』なんだよ」と、
見ているほうが心打たれるような、
ああ、これこそ指導者なんやなぁ、と…
ちょっと感動し、小さい頃に習った言葉の
意味を、実感してました。
指導者の体罰や暴言がメディアを賑わす今日この頃、
武道の指導者なら、なんとなくそれもアリかな、
みたいなところもなくはないですが、
黙って率先される指導者、
見ているほうが気が引きしまる指導者、
これは凄いことやわ…
ウチも、背筋が伸びました。