政宗『それどころか……まさかこのオレが
平手打ちを食らうとはな』
楽しそうに言って、彼は私に手を伸ばす。
逃げようとすると再び腰に手を回され、
胸に抱き込まれた。
希『や……離して!』
政宗『ますます気に入った。何が何でも、
あんたをオレのものにしたくなったよ』
間近に迫った隻眼が、スッと細められる。
見つめられていると、そのまま瞳の奥に
吸い込まれてしまいそうで、私は慌てて
視線を逸らした。
希『私は……あなたのものになんか、なり
ません』
きっぱりと告げると、男性は喉の奥でククッ
と笑い声を立てる。
政宗『そんなことを言っていられるのも、
今の内だけだ』
『そのうちあんたの方から、オレの元に
来させてやる』
男は再び私の顎を掴むと、自分の方に
向けさせた。
また口づけられそうになるのかと身構える
と、彼は唇の端を吊り上げる。
政宗『まあ……今日のところは、唇は勘弁
しておいてやろう』
そう言うなり、私の頬に軽く口づけ、まるで
反応を楽しむように私の顔をのぞき込む。
選択 A.わざと微笑む
希『ありがとうございます……なんて言うと
も思いましたか?』
わざと微笑みかけると、男性は僅(わず)か
に鼻白んだ。
政宗『フン……可愛げのない女だな』
『まあいい。次は唇にしてやるから、楽しみ
しておけよ』
選択 B.怒鳴る
希『な……何をするんですか!』
政宗『何だ?頬じゃ物足りないのか?』
希『そ、そんな訳ないでしょう!』
私は真っ赤になって怒鳴ると、男は愉快そう
に笑う。
政宗『ハハッ。まあ、唇は次のお楽しみだ』
選択 C.睨む
希『……随分、手慣れてるんですね』
政宗『フッ。そんな可愛い顔で睨んでも、
逆効果だぞ?』
私が思いきり睨みつけてもまったく堪える
様子もなく、男はもう一度、私の頬に口づけ
を落とす。
政宗『次は唇にしてやるからな。楽しみに
していろ』
希『誰が楽しみになど』
私は憎まれ口をさらりと受け流し、男は
馬上の人となる。
政宗『じゃあな。また近いうちに会いに来る』
希『結構です』
最後に私の顔を見て微笑むと、男は手綱を
握り、馬の首を返した。
(何なの……あの人)
黒い馬と男の姿は、みるみるうちに小さく
なっていく。
やがて見えなくなると、私はたとえようの
ない疲労感を覚え、深々とため息をついた。
希『何だったんだろう、あの人……』
城から戻ってからも、私はずっと同じこと
ばかりを考えていた。
知らず知らずのうちに、指先で頬をなぞって
しまう。
政宗『オレはあんたが気に入ったんだ。オレ
の女になれよ』
『そのうちあんたの方から、オレの元に
来させてやる』
(強引で傲慢(ごうまん)で、女慣れらしていて
……)
それなのに、なぜかあの男のことばかり
考えてしまう。
頬に触れられた唇の感触が、いつまでも
消えてくれない……。
抱きしめられた腕の力強さを思い出しながら、
私は眠れない夜を過ごした。
--数日後。
私は再び、あの男と出会った場所にやって
きた。
希『別に……また会えるなんて期待してる訳
じゃないけど』
独り言のように呟いた言葉は、まるで自分
自身に言い訳をしているようだった。
そのとき、向こうの方から見覚えのある馬
が駆けてくるのが目に入る。
政宗『また会えたな』
相変わらず人を小馬鹿にしたような表情で、
男は笑っていた。
希『私は会いたくありませんでしたけど』
政宗『そう言うな』
馬から下りて私の近くまで歩いてきた男は、
いきなり手を伸ばして私の頬に触れた。
政宗『オレは会いたかった』
ドキン、と心臓が大きく音を立てる。
私を見つめる瞳は、これまで見たこともない
ほど優しげだった。
政宗『そういえば、お前の名前を聞いてな
かったな。名は何という?』
『……人に名前を聞くときには、まず
ご自分が名乗るのが礼儀では?』
私は軽く睨むと、男は楽しげに笑う。
政宗『ハハッ。そのとおりだな』
『オレの名は伊達政宗』
(……やっぱり)
頭のどこかで、それを予想していた。
傲慢な態度、単騎で敵陣に乗り込むほどの
無謀さ、そして何より隻眼ーー。
すべて、父の城で密偵に聞いていた情報と
一致していたから。
政宗『それで、お前の名前は?』
希『……希、です』
政宗『希か。いい名だな』
素性を聞かれたらどうしよう……そう思って
悩んでいたのに、
彼--政宗はそれ以上は詮索しなかった。
(織田の姫だと知ったら、この人はどう思うん
だろう……)
敵の姫だと知って、憎しみの目を向けるかも
しれない。
きっと、こんな風に話すことはできなく
なってしまう。
希『私がどこの誰だか……気にならないん
ですか?』
気づけば私はそんなことを口にしていた。
政宗『え?』
希『いえ……私のこと気に入ったなんて
おっしゃっていた割には』
『私の家柄を気にされていないようなので』
政宗『そんなことか』
政宗『オレは、あんた自身が気に入ったん
だ。あんたの家柄を気に入った訳じゃない』
希『そう……ですか』
その視線と同様、あまりにも真っ直ぐな物
言いに、思わず胸が高鳴るのを覚える。
(これまでも殿方に求愛されたことはある
けど、それはあくまでも“織田の姫”に対し
てだった)
(織田の家名を抜きにして、私自身を好き
だと言われたのは、初めて……)
政宗『どうした?顔が赤いぞ』
希『えっ……』
我に返ると、目の前に政宗の顔があった。
選択 A.うつむく
希『な、何でもありません』
私は速くなる鼓動に気づかれないよう、
急いで顔を伏せる。
政宗『ハハッ。おかしな奴だな』
政宗は気にする素振りも見せず、私の頭を
軽く撫でた。
選択 B.目を逸らす
希『い、いえ、何でも……』
至近距離で見つめられて、私は慌てて目を
逸らす。
政宗『何だ、恥ずかしいのか?』
希『そんなんじゃありません!』
選択 C.突き飛ばす
希『きゃっ……!』
思わぬ近さにその顔があって、私は反射的に
政宗の胸を突き飛ばしてしまった。
政宗『わっ……』
希『あ……』
政宗『何も突き飛ばすことはないだろう』
希『す、すいません』
政宗『ところで、この辺りに川はないか?』
希『川ですか?確かあちらの方にあったと
思いますけど……』
政宗『こいつに水を飲ませてやりたいんだ。
案内してくれ』
政宗はそう言って、自分が乗ってきた馬の首
を優しく撫でた。
希『分かりました』
私も手綱を握り、自分の馬とともに歩き出す。
いつものよりも速く、大きく鳴っている
心臓の音を気にしながら……。
2話予告 『次は唇にすると言っただろう?』