私はいつものように馬を飛ばし、領内の
草原にやってきた。
希『どう、どう……』
ゆっくりと馬を止まられると、その首を
撫でる。
希『ちょっと疲れたね。休憩しようか』
馬が返事をするように、私の手に鼻先を擦り
つける。
私は馬から下りると、手綱を近くの木に
縛り、鞍に下げておいた竹筒から水を飲んだ。
政宗『おい、女』
その時、後ろから呼びかけられ、私は
振り向く。
そこには真っ黒な馬に跨(またが)った武士が
いた。
堂々とした体躯に加え、右目に掛けられた
眼帯がひときわ目を惹く。
希『私……ですか?』
政宗『そうだ。ほかに女がいるか?』
どこか人を見下したような態度、尊大な物
言い。
私は内心でムッとするのを堪え、武士に向き
直る。
希『何かご用でしょうか?』
政宗『あんた、この近くの者か?』
一瞬、私は迷った。私が織田の姫である
ことは、あまり公にされていない。
けれど、さすがに領地の者には顔が知られて
いるので、
素性を聞かれると言うことは、織田領の者で
はないということだ。
それなのに、ここにいるなんて……一体何者
なの?)
希『いえ……住まいはここから少し離れた
ところですが』
政宗『そうか……弱ったな』
希『あの、どうなさったんですか?』
政宗『いや。道案内を頼もうかと思ったんだ
が』
そう言った武士が、私の手元にある竹筒に
目を止める。

政宗『ああ、ちょうどよかった。喉が渇いて
いたんだ』
希『え?』
彼はそう言って馬から下りるなり、私が手に
した竹筒を奪い取った。
希『ちょっと……』
政宗『一口もらうぞ』
止める間もなく、彼は竹筒を煽り、水を飲む。
希『何をなさるんですか!』
政宗『助かった。礼を言うぞ』
悪びれる風もなく、武士は私に竹筒を返した。
政宗『長旅だったんだ。途中で竹筒が空に
なってしまって』
希『……そうですか』
見知らぬ男が口につけた竹筒から飲む気に
なれず、私はそれを再び鞍に取り付けた。
政宗『それしても、驚いたな。織田の領地
では、女が一人で馬に乗るのは当たり前な
のか?』
希『いえ……私くらいだと思いますが』
政宗『ハハッ。そうか』
男は私の愛馬に歩み寄ると、その鼻面を
そっと撫でた。
思いのほか優しい手つきに、馬も嬉しそうに
眼を細めている。
政宗『……いい馬だな。賢そうだ』
希『あ……ありがとうございます』
子馬のときから私が世話をしている馬だ。
褒められれば素直に嬉しくなる。
男はしばらく馬の顔を撫で、思いついたよう
に口を開いた。
政宗『そういえば……あんた、織田信長の
ことはよく知っているか?』
希『えっ……』
心臓が大きく跳ねた。
まさか父だと答える訳にもいかず、私は領民
を装って答える。

希『そんな、まさか……私にとっては雲の上
の方です』
政宗『そうか……』
彼が何を考えているのか、その表情からは
うかがいを知ることができず、
私は問いかける。
希『あの……こちらの城主様が、どうかした
のですか?』
政宗『いや……信長が近々引退するという噂
のがあってな』
希『えっ!?』
政宗『それが真実かどうかを確かめに来たん
だが……』
(もしかして、この人……どこかの武将なの?)
彼は私の馬を褒めてくれたが、彼が乗って
きたのも、かなり立派な馬だ。
しかもこの傲岸不遜(ごうかんふそん)な態度、
どこか人を圧するような雰囲気……。
名のある武将と言われれば、納得できる。
(でも、敵の領地に単騎乗り込んでくるなんて
……)
政宗『まあいい。今日のところは帰ることに
するか』
彼が急に振り向き、私は見つめていたことを
気づかれないように急いで目を伏せた。
政宗『予想外の収穫もあったしな』
希『収穫?』
私は首を傾げると、男はニヤリと不敵な
笑みを浮かべた。
政宗『ああ。……あんただよ』
希『え?』
-- 一瞬、何が起こったのか分からなかった。
気づけば私は彼に腕を引っ張られ、その胸に
抱きすくめられていた。
希『な……は、離してください!』
我に返って離れようともがくが、男の腕は
力強く、私がいくら力を込めてもびくとも
しない。
政宗『あんた……夫はいるのか?』
希『い、いませんけど……そんなこと関係
ないじゃありませんか!離してください!』

政宗『それは無理だな。オレはあんたが気に
入った』
希『えっ……』
政宗『オレの女になれ』
耳元で囁かれて、一瞬、背筋が痺れた。
希『な……何を……』
政宗『夫がいないなら構わないだろ』
希『そんな……困ります!』
政宗『どうして?』
希『だって、いきなり……』
政宗『オレは、気に入った物はすぐに手に
入れないと気が済まないんだ』
『一目見たときに決めた。あんたをオレの女
にするって』
男は私の顎を掴んで上向かせると、ゆっくり
と顔を近づけてくる。
(う、嘘……!)
反射的に、私は手を振り上げていた。
--パシン!
小気味いい音が響いて、男の手が緩む。
政宗『……ってぇ』
希『いい加減にしてください!』
男が赤くなった頬を押さえる。
その隙に私は彼の腕から逃れた。
政宗『……ハハッ』
きっと怒り狂って怒鳴り散らすに違いない……
そう思っていた私の予想を裏切り、
彼は頬を押さえたまま、笑い声を上げた。
希『な……何がおかしいんですか』
政宗『いや……あんた、面白い女だな』
『オレが口づけようとして喜ばない女は
初めだ』
 
                                   続く